麻生太郎副総理大臣の「(憲法改正のためには)ナチスの手口を学んでみたら」発言に対する怒りの声が国際社会に広がっています。麻生氏は「私の真意が正しく伝わらなかった」とし、発言を撤回しましたが、日本での自身によるこれまでの失言と同じレベルでとらえていないでしょうか。
「真意が正しく伝わらなかった」という釈明を聞いて、「なるほどこちらの誤解だったのか」と話をちゃらにするほど国際社会は甘くありません。ロサンゼルスに本拠をもつ国際的なユダヤ系人権団体、サイモン・ヴィーゼンタール・センターは抗議の声を強めています。
さらに驚くべきは、橋下大阪市長が麻生発言を「行き過ぎたブラックジョーク」と称したことです。ナチスとユダヤ人の問題について「ブラックジョーク」と言う場合、多くの人は強制収容所での大量虐殺に関する、聞くに堪えないユダヤ人蔑視の小話を連想します。橋下氏はそこまで想像力が働かなかったのでしょうか。
麻生氏の発言に関しては、アメリカだってユダヤ人を差別し、ナチスのやり口を踏襲したことがあったではないか、という声を聞きます。戦時中、アメリカの自動車大手フォードはドイツに工場をもち、当時、強制収容所から労働力としてユダヤ人らを働かせたことがありました。連合国はポーランド亡命政府の密使がアウシュヴィッツで何が起こっているのかを伝えても、真剣に受け止めようとはしませんでした。
しかし、「こっちも悪いが、あんただってやったじゃないか」という論法は、日本国内はともかく、国際社会で受け入れられるものではありません。橋下氏が、自身の従軍慰安婦容認を巡る発言に対する国内外からの批判を受けて、「欧米だって同じようなことをやったじゃないか」という趣旨の反論を展開した際、とりわけ女性の人権に敏感なアメリカに深い失望や怒りを植え付けました。
それにしても、どうしてこんなに「国益」を傷つけるような発言が続くのか。麻生氏は東京五輪招致委員会の特別顧問です。4月には猪瀬直樹東京都知事のイスラムを侮辱する発言があったばかり。ユダヤ系のIOC委員は今回の麻生発言をどう受け止めているのでしょう。
いみじくも日本政府は集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更を目指しています。日本の場合、集団的自衛権を巡る議論はもっぱら対米関係に限られたものに終始し、日本が独自で平和構築のために貢献できることは何かといった視点を欠いたままですが、そんな日本の副総理がアメリカ訪問さえ憚られる立場にある。
先の戦争が終わって68年目を迎えようとしています。世界がグローバル化に向かって進んでいるなかで繰り返される、日本の政治家の妄言に眩暈を覚える夏です。
(芳地隆之)