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2013-05-15up
この人に聞きたい
谷口真由美さんに聞いた(その2)
自民党の改憲草案は、
上から目線の「オッサンの押し付け」憲法
自民党の政権復帰からまもなく半年。「改憲」を叫ぶ声が急速に強まりつつあります。「押し付け憲法だから」ともいうけれど、本当にそうなの? そして、自民党の改憲案の問題点は? 「全日本おばちゃん党」代表代行にして法学者の谷口さんが、鋭く突っ込んでくれました。
谷口真由美(たにぐち・まゆみ)
法学者。大阪国際大学准教授。(公財)世界人権問題研究センター研究第4部(女性の人権)部長。「全日本おばちゃん党」代表代行。小1から高1までの多感な時期、花園ラグビー場の中で、マッチョな男の中で揉まれて育つ。専門分野は国際人権法、ジェンダー法など。大阪大学では講師として、憲法の授業も担当し「DJマユミの恋愛相談」で人気を博している。著書に『新・資料で考える憲法』(共編著、法律文化社)、『リプロダクティブ・ライツとリプロダクティブ・ヘルス』(信山社)、『レクチャー ジェンダー法』(共著、法律文化社)など。
立憲主義の否定は、民主主義の破壊に等しい
さて、憲法の問題についてもお聞きしていきたいと思います。自民党の発表した「改憲草案」をはじめ、ここ半年ほどで「改憲」への動きが急速に強まってきました。特に、96条に定められた憲法改正発議要件の緩和を目指す声が目立ちますが、こうした流れをどう見ていらっしゃいますか。
たしかに現行憲法には、今の時代から考えたらちょっとしんどいな、という部分がないわけではありません。たとえば24条には、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し…」という文言があって、そのために同性婚がなかなか認められず、同性愛者の人たちが事実婚に押し込められてしまっているという状況がある。学者さんによっては、男性と男性、女性と女性でも「両性」だ、という解釈をされる方もいますけど、やっぱりちょっと厳しいと思うので、そういう部分を変える必要はあるかもしれないと思います。
でも同時に、むやみやたらに変えればいいというものでもありません。国民的な議論――というか、日本という国の土地に住む人みんなで議論した上で、「制定から60数年経って、当時はなかった人権の概念とかも生まれてきてるし、ちょっとくたびれた憲法になってるから補強してリニューアルしよう」とか、そういう形で改憲への機運が高まってくるのならまだわかるんですが…。
今はむしろ、政治家が――権力側が主導して「改憲」を叫んでいるという感じですね。
改憲案の内容も、そうして時代とともに変わってきた人権の概念に合わせる方向、よりリベラルな方向に行くものかというと、どうやら違うらしい。しかも、ちゃんと憲法の理念を理解したうえで「改正しましょう」と言っているのかと思いきや、出るわ出るわいいかげんな話。自分の政権中に改憲を是々非々でやらなくてはいけない、と言い切っている首相自身が、芦部信喜や佐藤幸治の名前を知らなかった(*)とか…。「私は憲法のゼミでもなかったし専門家でもないので」とのことでしたが、悪いけどちょっとでも憲法について勉強したならあり得ない話ですよ。
* 芦部信喜や佐藤幸治の名前を知らなかった…2013年3月29日の衆院予算委員会において、民主党の小西博之議員が安倍首相に対し、芦部信喜、佐藤幸治、高橋和之(いずれも著名な憲法学者)の名前を知っているかと質問、首相は「知らない」と返答した。また<「個人の尊厳」、「包括的人権」、「幸福追求権」を定めた(憲法の)条文は何条か>との質問(正しくは13条)にも回答しなかった。
自民党の新憲法起草委員会の事務局長だった礒崎陽輔議員も、ツイッターで「立憲主義なんていう学説は聞いたことがない」とつぶやいて問題になりました。
立憲主義というのは、憲法は権力者を縛るもの、権力をコントロールするためのものであって、決して国民を縛るものではないという前提ですよね。自民党の改憲案では、そこが完全にすっとばされてしまっています。
自民党は「現行憲法は権利ばかりが主張されすぎている」といって、義務規定をたくさん加えてますけど、憲法は「国家権力を縛るもの」なんだから、そこには本来国民の義務規定なんて必要ないんですよ。それから、「家族はこうあるべき」みたいな説教くさいことも必要ない。「家族にもいろんな形態があるわ、ほっといてくれ」という話で、そんなことを憲法に書き込まなくていいんです。いわば自民党草案は「オッサンの押し付け憲法」なんですよね。
立憲主義を否定するというのは、近代国家の否定であり民主主義への挑戦ですよ。自民党のいう憲法改正に賛成やというのは、民主主義を破壊していいと思っているということ。賛成やという人は、そこまで分かってて言ってるんか? と思います。
白洲次郎は「かっこ悪いオッサン」だった!?
「日本維新の会」が、党綱領で現行憲法を「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め」た占領憲法、として「改憲」を明確に謳うなど、「占領軍による押し付け憲法だから変えるべき」という声も相変わらず目立ちます。
よく学生にも言うんですが、そう主張している人はそもそも、押し付けやとか押し付けじゃないとかを判断できるくらい憲法の成立史について勉強したんか? と聞きたいですね(笑)。もちろん、私もその制定の場にいたわけじゃないから知らないことはいっぱいありますけど、関係者の書いた本を読むだけでも、単純に「押し付け」なんて言えるものではないことがわかるはずです。 維新の会の石原(慎太郎)さんも、「占領下でつくられた憲法なんて無効、そんなの誰が承認したんだ」とかよく言いますけど、承認したのは最後の帝国議会ですよ。現行憲法は、別に大日本帝国憲法を破棄して新しくつくられたわけじゃなくて、改正によってできたものなんですから。
ちゃんと法的な手続きを経て、当時の国会で承認されているんですよね。その内容の多くが、GHQによって作成されたものであるのは事実でしょうが…。
でも、それは日本側の出した案――当時の閣僚である松本烝治や幣原喜重郎がつくった案が、「天皇ありき」で国民の人権はないがしろ、立憲主義の考え方もないし君主統治の維持が前提という内容だったから、GHQが「それはあかんやろ」と言った、というだけのことですよね。本当に「押し付ける」つもりやったら、最初からGHQだけで作ったでしょう。
例えば、憲法起草にかかわった1人、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが書いた『1945年のクリスマス』という本がありますけど、そこに出てくる関係者の不眠不休のやりとりを読んで、それでも「押し付けや」というんやったら、それはそのときその場にいた人たちに失礼ですよ。そのとき憲法担当国務大臣やった松本は、首相やった幣原は何をしてたのか、白洲次郎は何のためにそこにいてたのかということになってしまう。
「押し付けられる」のを止められなかった役立たずと言われてるようなものですね…。
そう。みんな白洲次郎がかっこいいとか言うのやめたほうがいいですよ。その場にいてたのに何もできなかったかっこ悪いオッサンやということになるじゃないですか(笑)。
さらに言うなら、戦後にも日本は一度、GHQ――というか極東委員会から、「憲法を変えてもいいよ」と言われてるんですよね。それでも変えなかったのは日本の選択でしょう。
1947年の時点で、極東委員会は「施行後1年を経て2年以内に新憲法を再検討する」という決定をしていた。けれど日本は動かず、49年4月には当時の総理大臣である吉田茂が「憲法改正の意思は目下のところもっておりません」と国会答弁。これを受けて、極東委員会も憲法改正要求を断念するんですよね。
だから、麻生太郎さんに至っては、自分のおじいさんも全否定してることになるわけですよ。押し付けや押し付けやというけど、もしそうならそれはあんたのじいちゃんがちゃんと「変える」って言えへんかったからやんか、と言いたい(笑)。
せめて、「いやー、すいません。うちのじいさんがミスったためにこんなことになってしまって。ついては修正しようと思うんでちょっと話を聞いてもらえませんか」とか言うならまだ話の筋は通ってるんですけどね。そういう歴史的な経緯とか前提条件を隠したままで議論が進められてるでしょう。そこはもっと批判されるべきですよ。
「戦争に行く」とは
「かっこ悪く泥の中を走り回る」こと
そう考えてみると、今「改憲」を言い出してる自民党政治家の多くって、結局「お殿様」なんですよね。昔から支配者階級にいてた人たちの子々孫々。前に麻生さんが自分の支持者に呼びかけるときに「下々のみなさん」って言って批判されましたけど、結局彼らの根底に流れてる感覚は「支配者」なんじゃないでしょうか。だからプロレタリアートの感覚なんて理解しようがないし、『蟹工船』読んでも意味がわからへん(笑)。
だから、彼らが立憲主義をわからない、わかりたくないというのは、ある意味筋が通ってますよね。憲法で「縛られる」側なわけですから、それが邪魔でしょうがないわけで…。わからないのは、なぜそこに「下々の者」が乗っかってしまうのか、自分たちの権利を奪うはずの憲法改正になぜ賛成するのか、ということなんですが。
直接的には、韓国と中国が「のさばってる」のがうっとうしいから、でしょうか。そういう「近所の国とは仲悪い」っていうのは世界共通ですよね。個人と個人でもそうですけど、近親憎悪みたいなもので。そして、その「近所」を悪者にして、仮想敵をつくって反感を煽ることで一致団結するというのも、国際政治の伝統的な常套手段です。
特に今北朝鮮が、金正恩体制になってから暴走しているから、「ここで日本も軍事力を持ってなかったら何をされるかわからへん」という感覚が強まっているんでしょうね。でも、それこそ市ヶ谷の防衛省にPAC3が配備されてるとか、攻撃こそできなくても一定の迎撃体制は日本はすでに持っているわけで。「今すぐ武装しないと大変だ」と焦らせること自体がおかしいです。
そして、考えなきゃいけないのは、そうした政府の煽りに乗って憲法改正に賛成する人たちが、本当にその意味が分かってるんか? ということです。
自民党の改憲案には「国防軍の創設」が書かれていますし、4月初めには自民党憲法改正推進本部が、「徴兵制導入の検討」を示唆する内容を含んだ「論点」を公表しましたね。
インターネット上でも、「いや、(危機のときには)自分は戦争に行く」とか言ってる人がいます。でも、ゲームの世界ではやり直したら済むかもしれないけど、現実はそうはいきません。みんながトップガンになれるわけでもプラトーンになれるわけでもない。憲法改正改正と威勢よく言ってるオッサンは絶対戦争には行かないし、「下々の者」はかっこよく指揮を執るんじゃなくて、泥の中を鉄砲担いで走らないとあかんはめになる。それをわかってるのかと。
「戦争に行く」というなら、先に1回、アフガニスタンかどこかの難民キャンプにでも行ってこい、と思います。毎朝爆撃音と地響きで目が覚める。バケツ1杯の、きれいでもない水だけで1日を過ごさないといけない。そういう状況を想像もせんと、何が戦争やと。
だから、政治家も支配者目線、上から目線ですけど、そこに乗っかってる若い子たちも上から目線なんやと思います。支配される側じゃなくて、する側の目線でものを見るから「憲法改正して軍隊や!」となる。
なぜそうなるんでしょうか…。
わかりませんけど、いつも思うのは、日本人の、特にオッサンって、「尊敬する人物」にやたら歴史上の人物が多いでしょう。坂本龍馬とか織田信長とか。よく「会うたことあるんかい!」って突っ込みたくなるんですけど(笑)、おばちゃんで尊敬する人物に小野小町や北条政子を挙げる人なんて聞いたことあります?
まあ、女性はそもそも歴史上にあんまり名前が出てきませんよね。つまり、今に伝わってる歴史というのは、オッサンの歴史であって勝者の歴史なんですよ。そこに憧れるっていうのは、やっぱり勝者、権力者に対する憧れが強いんやと思います。自分を権力者にして下々を支配したいというか。「サムライジャパン」っていう言い方とかも私は嫌いなんですけど、「いや、日本人の8割は農民で小作人やったから!」と突っ込みたくなる(笑)。
「日本に誇りを取り戻す」みたいな言い方も、その流れにあるような感じがしますね。
「今まで誇りがなかったん? かわいそうに、気の毒やなあ」と思いますね。「そらみんなで"よしよし"してあげなあかんわ」という感じです、おばちゃんとしては(笑)。しかも、これで本当に憲法を改正して軍隊を持つなんてことになったら、それこそ「アメリカの犬」になるようなものでしょう。
押しつけ憲法を改正してアメリカの犬になる、みたいな自己矛盾を引き起こしてまで、何かを改正して存在をアピールしたいんやったら、憲法より先に変えるべきものはたくさんありますよ。例えば民法には、相続のときに非嫡出子は嫡出子の半分しか権利がない(900条4号)とか、女性だけに離婚後の再婚禁止期間が設けられている(733条)といった、差別的な規定がいくつもあります。刑法で定められている「堕胎罪」が、母親だけを罪に問う規定になっているなんていうのもおかしすぎますよね。民法も刑法も、基本のところは明治時代にできた産物ですから、憲法どころじゃなく「時代に合わない」部分がたくさんあるんです。
それを放置していながら、少々時代と合わなくなってきていても、まだ解釈でなんとか対応できている憲法を変えたがるって、ほんまに何がしたいんや? と思います。「憲法を今すぐ変えないとすごく困る」人がそんなにいるとは思えませんが、民法や刑法の前時代的な規定については、それで実害を被っている人たちが実際にいるわけで…。「ええことやった」「偉かったねえ」って褒められたいんやったら、そっちに先に手をつけたほうがええのになあ、と思いますね。
(構成:仲藤里美 写真:白井基夫)
「時代に合わないから」「押し付けだから」変えるべき、といわれると、
「そうなのかも」とも思ってしまいがち。
でもその前に、「ほんとにそうなの?」と疑って、考えてみる習慣をつけたい。
これ以上、「オッサン政治」に好き放題されないために、
「おばちゃん党」仕込みの「ツッコミ力」、重要です。
谷口さん、ありがとうございました!
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