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2012-10-17up
この人に聞きたい
孫崎享さんに聞いた(その2)
中国、韓国、日本の市民は
本当のことを知らない
孫崎享さんの近著『戦後史の正体』は、日本の戦後史を対米関係の観点から読み解く、衝撃的な内容でした。領土をめぐって日中・日韓関係が緊張し、一方、沖縄や岩国では、反対の声が高まる中でオスプレイ配備が強行。こうした状況は、どんな背景から生まれてきているのか。じっくりとお話を伺いました。
まごさき・うける
1943年生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。今年7月に上梓した『戦後史の正体』(創元社)が話題になり、20万部を超えるベストセラーに。ツイッター(@magosaki_ukeru)では約5万人のフォロワーを持つ。『日米同盟の正体―迷走する安全保障』 (講談社現代新書)、『日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土』(ちくま新書)、『不愉快な現実―中国の大国化、米国の戦略転換』(講談社現代新書)など著書多数。
鳩山政権はなぜ潰されたのか
孫崎さんの『戦後史の正体』(創元社)を読むと、民主党がなぜダメになったかを改めて考えさせられます。民主党として政権を取って最初にできた鳩山政権を潰したのは、官僚やマスコミ、声をあげない市民だと思いますが、政権の中にいる人は応援しなかったのでしょうか?
まず閣内に鳩山さんを応援する人が全くいませんでした。2010年1月のはじめ、私は鳩山さんのところに「(普天間基地の移設先は)最低でも県外」ということを進言しに行ったことがあります。長崎県の大村湾に移転するという案を持っていたのです。私としては、まず大村湾に決める。しかし、実際には実現できないわけですから、「じゃあ、国外に行くより仕方ない」となる形を考えていました。その話をしたとき、鳩山さんは一生懸命に、わかりました。検討させてください」と言っていました。
しかし、それから少し経った3月下旬、普天間県外移設のために動いていた数少ない議員である川内博史議員と近藤昭一議員と3人で、鳩山さんを応援しようと再度首相官邸に行ったのですが、その時はすでに外務省も防衛省も、さらに官邸も鳩山さんのために動いていない状況でした。官僚やマスコミは、鳩山政権では日米関係が壊れると言って、みんなが鳩山さん追い出しの方向に動いていた。
日米関係が壊れるのが怖くて、党内の人も鳩山さんを支持できなかったということですか?
そうですね。しかし、本当はそんなことで日米同盟が壊れるはずはないのです。私が鳩山さんに言ったのは、「日本には米軍基地がたくさんあるけれども、普天間はそれほど重要性が高くない」ということでした。仮に普天間をなくしても、ほかに横須賀や佐世保、嘉手納、横田にそれぞれ基地があります。海兵隊も、絶対に日本にいなければならないものではありません、と伝えたのです。しかし、結局鳩山さんはそのまま2010年の6月に辞任してしまった。
それも、鳩山さんは、「学べば学ぶにつけ、海兵隊のみならず沖縄の米軍が連携して抑止力を維持していると分かった」ということを言って辞めたわけですが、辞任するにしてもあの時の最善のシナリオはそうじゃなかったはずです。「世論が必ずしも理解してくれない中で、私が頑張ると将来の日本の政治にマイナスの影響を出すかもしれない。だから一旦、私は辞める。けれども、自分の言っていることは正しいと思う。国民の皆さんで考えてみてほしい」と言っていたら、その後の状況も違っていたと思うのですが。
あれで鳩山さんにはすっかり弱々しいイメージがついてしまいましたが、最初に掲げられていた民主党のマニフェストや理念、例えば「日米地位協定の改定」「米軍再編や在日米軍基地の見直し」「東アジア共同体の構築」には、多くの人が期待していたはずです。
私はこれまで4回ほど鳩山さんに会っていますが、彼がしゃべっていることがおかしいと思ったことはありません。極めて論理的です。ただ、何と言うか、ここぞというときに「政治家として負けてもいいから頑張る」というようなものがちょっと感じられません。
鳩山さんが辞任したあとは、民主党代表選を経て副総理だった菅直人さんが首相になったわけですが、2010年9月には再び代表選があって、菅さんと小沢一郎さんの一騎打ちとなりました。もしもあのとき代表に選出されたのが小沢さんだったら、今の状況もまた大きく違っていたでしょうね。
そうですね。小沢さんは、その前年「米国の極東でのプレゼンス(存在)は、米海軍の第7艦隊だけで十分」(09年2月24日)と、在日米軍削減論ともとれる発言をして、その約1週間後に公設秘書が政治資金規正法違反の疑いで逮捕されています。小沢さんはかなり前から検察に睨まれていましたから、何かあったらすぐ動く態勢になっていたのでしょう。
代表選のさなかにも「(陸山会事件で)小沢逮捕か?」などとメディアは大々的に報じました。結局、10月には検察審査会による起訴議決が行われ、翌年1月に強制起訴されました。
普通に考えて小沢さんは無罪でしょう。一審無罪のあと控訴されましたから、今後どうなるかわかりませんが、少なくとも検察はこれまでに2度は「不起訴」にしており有罪にできませんでした。
これは、田中角栄のロッキード事件のときと極めて似ています。日本の法体系では有罪にできないからと検察がわざわざ渡米して、日米の捜査協力という特別の合意文書を作りました。その後、アメリカの検察に嘱託尋問させて証拠を提出しましたが、新しい仕組みを作ってまで有罪に持っていくという意味で、検察審査会による強制起訴と似ています。
政治の「ブレーキ」にならなくなった憲法
民主党の「脱原発」路線が骨抜きになりつつあるのにも、アメリカの意図が反映されているのではないかという声もありますが、アメリカは日本の脱原発路線を警戒しているのでしょうか?
そうだと思います。アメリカ国内にも原発がありますから、日本が完全に脱原発になったら、アメリカ国内の世論も脱原発に動くことでしょう。最低限、日本のどこかの原発が動いていてもらわなければ困るのです。
日米原子力協定(1968年発効。日米間で原発や核燃料サイクルなどを進めることを定めた協定)がいわゆる「原子力ムラ」や官僚に大きな影響力を持っているのでしょうか?
いえ、日米原子力協定については、それほど重要なものとして捉える必要はないと思います。ただ、原子力についても、鳩山さんの言葉を使うと、米国の意向をいろいろと「忖度」して動く形になっているということですね。
しかし、現状を見ていると、そういった「米国の意向」によって日本の政治がすべて動いているようにも思えてきます。例えば日米地位協定は、すでに日本の憲法よりも上位のものとして存在しているのではないか、と。
官僚も政治家も、憲法と日米地位協定のどちらが上なのか、といった法律論議には踏み込まないでしょうが、とにかく協定で決まったことは実施しようとする。すべて粛々と実行するだけです。
本来、国会で法律を審議する際は、憲法に違反していないかを法務省が判断するわけですが、そうした部分も、今は正常に機能していないように感じます。
提出された法案が憲法に違反していても、あまり関係なく成立へと至ってしまうというのが現状ではないでしょうか。解釈改憲が進んでいますし、憲法そのものに日本の政治を規制する力がなくなっていると思います。例えば1人1票の問題も「違憲状態判決」が出たまま放置されているし、イラク戦争に自衛隊を派遣するということも、憲法は全く想定していないわけですが、実際に行われていますから。
孫崎さんの『戦後史の正体』を読むと、それでもこれまで何人かの政治家がアメリカに対して、「軍事的な協力はできない」と言っていたことがわかります。福田康夫首元首相は、アメリカから要求された大規模な陸上自衛隊のアフガニスタン派遣と巨額の資金提供を拒否して辞任したそうですが、そうして日本の政治家がアメリカの軍事的な要請に「ノー」を突きつけるとき、憲法9条が後ろ盾になってきたのでは? と思うのですが。
以前はそういうこともあったと思います。しかし今は、アメリカのアーミテージ元国務副長官さえ「(集団的自衛権を行使するために)何も日本は憲法を改正する必要はない」「憲法9条の解釈を変えればいい」と言っています。要するに、今の9条のまま何でもできてしまい、日米同盟を妨げるものはないのだということですよ。
アメリカからの軍事協力要請において、今の政治状況では憲法は、何らブレーキになっていないと。問題ですね。こうした状況はいつから始まったのでしょうか。
政治的にアメリカべったりになったのは、湾岸戦争以降です。その流れを止めるものは、ほとんどありませんでした。
武器輸出三原則の緩和も、国会での議論がなく閣議決定のみで決定されました。集団的自衛権の行使を認めるべきという話も、今やアメリカというより、自民党や民主党の中から出てきています。
安倍首相のときにつくられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」はその報告書の中で、集団的自衛権を4つの類型に分類し、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を求めました。しかし、安倍さんの後首相になった福田さんは、その4つの類型の中の「PKO等で活動する他国軍が攻撃された場合の駆けつけ警護」などは認められないとして反対した。それで、集団的自衛権に関する議論はいったん止まったんです。
それが今、また出てきていますね。
自民党の人たちは、みんな「(集団的自衛権の行使容認に)賛成」と言っています。国連憲章に集団的自衛権があることを口実に、「我々がそれを使わないのはおかしい」という主張なのですが、秘密保全法のところでもお話ししたように、そもそも国連憲章でいう集団的自衛権とは、相手が"攻撃してきたとき"に集団的に守りましょうということです。今アメリカがやっているように、相手の政権が好ましくない、だからそれを変えるんだといったオペレーションではないのです。それが、すり替えられて議論されています。
日本の場合は国連軍ではなく、アメリカ軍と行動を共にする可能性が高いですよね。
そう、日本とアメリカの有志連合ですね。今、世界を動かしているのは国連の指示による行動ではなく、有志連合による行動になってしまっています。一応は「国連憲章に基づいて」ということは言うけれど、国連が「軍事行動をしていいよ」と言っているわけではない。
そんな中で、日本は世界から何を求められているのでしょうか。
「日本は"普通の国"にならないと世界で評価されない」とは、よくアメリカが言うことです。しかし、世界の世論調査(BBC世界世論調査2012) では、「世界に最も良い影響を与えている国」の第1位が日本だとされています。驚くことに、これが世界の基本的な流れなんです。「軍事力がないから日本という国は重要ではない」なんてことを言うのはアメリカだけ。それ以外の国は、日本経済が悪くなった今でも「日本は今までどおり軍事を使わない国として発展してほしい。それが、1つの世界モデルになってほしい」としているのです。
国は都合の悪いことを国民に隠してきた
アメリカ以外の国々との関係でいうと、先日ある韓国人の知人にこんなことを言われました。「日本人がここまで竹島の問題について知らないということを、韓国人は知らない」と。韓国では領土問題についてかなり教育されているのに、日本では竹島のことを知らない人も多いことに違和感があるようでした。
逆に言うと、韓国も日本と同じように、自国に不利なことは何も教えていないんですよ。そして、国際司法裁判所で決着をつけましょうよといっても、韓国は決して賛成しません。日本が間違っていると言うのなら、国際司法裁判所で日本人を諦めさせたらいいわけですが、「国際司法裁判所は信用できない」と言って応じないのです。しかし、国際司法裁判所はどんな政治家よりも信用できる機関です。ちゃんと資料をまとめ、それを把握しながら判断するのですから。
それでは、尖閣諸島の問題も国際司法裁判所に持っていけばいいのではないでしょうか?
私はそれが一番いいと思いますよ。尖閣問題と竹島問題の両方を国際司法裁判所に持っていけばいいんです。今、一番問題なのは、日本も中国も韓国も、自分たちの不利な情報を出さずに国民を煽っていることです。本来であればプラスの面と同時にマイナス面についても説明しなければなりません。
こういうことは、領土問題だけじゃなくて原発の問題においても同じです。もっとも肝心なのは、原発がどこまで命に影響を与えるのかという問題なのに、それをすっ飛ばしてエネルギー総合安全の観点だけで原発依存度を何%にしようかという議論しています。官僚や政治家は、大事な問題について全ての情報を出して判断するということをしなくなりました。
近年、ずっとそういうことが行われてきたんですね。
だけど、今回の原発問題で国民はそのことに気がついたわけです。『戦後史の正体』も、日米安保の事実をわかりやすく書いたところ、驚いて読んでくれる人が大勢います。
この本にも書かれていますが、TPPのことも大きな問題ですね。
TPPの一番重要な問題は、医療保険制度が壊れることです。もし日本がTPPに参加したら、現在は禁止されている混合診療(保険診療と自由診療を組み合わせて行う医療のこと)が解禁され、医療における自由診療の割合が大きく上がるでしょう。みんな民間の医療保険に入らざるを得なくなり、それを狙ってアメリカの生命保険会社が進出してくる。彼らからしたら、日本は大きなマーケットですから。そうなったら、今の国民皆保険制度が崩れてしまいます。
そうなると、今のアメリカのように、お金のない人は無保険で、診療費が払えないから病院に行けない、ということにもなるわけですよね。
そして、そうした米国企業の進出を担保するのが、TPPに含まれる「ISD条項(投資家対国家の紛争解決の条項)」です。これは、インベスター(投資者)が、国家の政策によって投資の利益が保護されなかったと感じたときに相手国家を訴えられる制度。生命保険だけではなく農産物でも何でも、国内法のさまざまな規制によって投資者が「期待値を損なわれた」と思ったら訴訟を起こし、日本に罰金を課すことができるのです。しかし、これはほとんど知られていません。
TPPの問題については、農業の問題くらいしか注目されていませんが、ほかにも大きな影響があるのですね。しかし今、TPP参加に反対を言っている政党は、「国民の生活が第一」など少数です。
そう。だから、本当に政治家が劣化して、ものを考えずに自分の地位を得るための存在になってしまったと思います。
外交をうまく進めるには
「相手の利益」を考えること
さて、孫崎さんはずっと外交官でいらっしゃいましたが、「外交」というのは非常に幅広いお仕事ではないかと思います。例えば外交官の力によって、外国との間に何か取り決めをするときの条件が大きく変わる、結果として国益にも大きな影響を及ぼすといったこともあるのではないでしょうか?
私が外交官だった時、情報収集衛星の導入についてアメリカと交渉したことがありました。1998年に北朝鮮の「ミサイル」発射実験がありましたよね。それを機に日本は、情報収集のために独自の衛星を持とうとしたのです。ところが、アメリカは「我々が情報を渡すから、日本は別なところに資金を使え」と拒絶しました。私はなぜアメリカがそういうかを把握し、交渉を重ねて、結果的に情報収集衛星の導入を実現できたんです。外交をうまく進めるには、「私たちはこう思っている」というだけではなく、「相手が何を思っているか」を知り、自分のやりたいことが「相手の利益にもなっている」ことを伝えるのが重要だと感じました。
外交というのは強く自分の立場を主張すればいいんだという人がいますが、そんなことでは絶対に合意できません。常に、相手の利益に立って、自分の意見を主張することが大事です。
領土問題における「棚上げ論」にも通底する考え方ですね。
そういうことです。総取りはしない。50/50でいいじゃないですか。
他国といい関係を築いていくために、そうした高度な「外交」ではなく、市民ができることもあるのでしょうか?
一番は、事実を理解していくことです。事実がわかれば、日本人は動きます。今まではあまりにも事実ではないことを信じてきましたから、それを解きほぐさなければなりません。
やはり自分で情報を得て自分で考えるということなのですね。日本人が、今まで最も苦手としてきた部分かもしれませんが、3・11を機にそこが一番変わりました。希望は捨てないでいたいですね。本日はありがとうございました。
(聞き手 塚田壽子 写真・構成 越膳綾子)
先週UPした「その1」をお読みになった方からは、
「原発も領土問題も、すべてはつながっているんだと納得した」
とのご意見もいただきました。
さまざまな問題が山積みの中、
「アメリカと」ではなく「世界と」向き合い、
よい関係を築いていくために、私たちは、日本はどうしていくべきなのか。
3・11を経て見えてきた「自分で情報を得て考える」ことの重要性を、
より強く感じます。
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