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2012-01-11up
〈マガジン9×グリーンピース〉コラボ企画:シリーズ「3・11以降を生きる vol.5」
「憲法と3・11」
伊藤真インタビュー(その2)「憲法は、国や経済のためでなく、一人ひとりのための復興を保障しています。」
憲法の根本的な意義と役割は「権力に歯止めをかけることである」という憲法学の本質を繰り返し説いている伊藤真さん。だとすれば憲法は、国、政府、そして原発マフィアという「権力」の暴走に歯止めをかけることができるのでしょうか? そしてどう復興に取り組んでいくべきなのでしょうか? …など大きなテーマについて、グリーンピーススタッフとマガジン9編集部がインタビュアーになり、お話をお伺いしました。個人の尊重・幸福追求権(憲法13条)と生存権(憲法25条)、平和的生存権(憲法前文2項)が脅かされている今、私たちは憲法を生かすべく行動することが求められています。自分たちの足もとの問題として、「憲法と3・11」について家族や友達と話しあってみませんか。
●憲法前文2項:「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
●憲法第13条:「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追及に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政で、最大の尊重を必要とする。」
●憲法25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
伊藤真(いとう・まこと)伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。弁護士。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)など多数。「一人一票実現国民会議」の発起人。
■「助けろ、生きさせろ」と国に求めることは、
生存権として憲法が保障していること
編集部 2012年は復興が本格的に進む年になるでしょうが、特に福島原発事故で汚染された地域に関しては、住民の意見が割れ対立しているなど、困難さを感じています。そして時が経つことで、問題解決はしていないのに忘れられていくという恐れもあります。
伊藤
憲法は、想像力、共感力を持つことを私たちに要求しています。今回は大変な震災です。死者行方不明者が約2万人、避難をしている人は30万人を超えるとも伝えられています。
しかしそれでも全国民の1億2千700万人からしたら、たったの30数万人なのです。被災者の方々は少数者であり、大多数の人は私たちを含めて、こうして普通の生活を送ってきています。本当に被害を受けている人は少数者。だからこのままだと忘れられていく運命にもあるでしょう。福島原発の事故の復旧作業に当たっている現場の人も、大きな負担を強いられています。被曝しながらの労働を、ほとんどは非正規雇用や日雇いの労働者たちが現場に入って担っているわけですから、さまざまな保障から抜け落ちている社会的な弱者がさらに犠牲になっているという現実を、ちゃんと受け止めておく必要があります。
「ニッポンみんなでがんばろう」とか、「ニッポンみんなの問題だ」という言葉には本当に違和感があります。私たちは何でもない、でもだからこそ何でもない人が、虐げられている人たちに対して何ができるのかを、考えなければならない。
そして、憲法はそういう少数者を守るためにあるんだということを再認識してもらいたい。これは、今起こっているこの国の全ての憲法問題と同じことです。
編集部 沖縄普天間の問題、高江の問題、薬害の問題、アスベスト被害の問題・・・本当にそうですね。
伊藤
憲法は、個人のための国家を要求しています。国家のための個人ではないし、国のための復興ではない、経済界のための復興でももちろんない。一人ひとりの自立のための復興でなければ、誰も救えないと思います。そのためには、被災地の地元の一人ひとりが自ら立ち上がって、人間のための復興を考える。被災者は国に、復興のための権利として私たち一人ひとりの復興を、私たちが考える復興を手助けしろ、と言っていいのです。
憲法25条が保障している生存権は、一人ひとりの人権を保障しています。国にはその義務があり、国民はその権利を要求することができます。「健康で文化的な最低限度の生活」が送れなくて困っている人をみんなで相互扶助して支えましょう、慈善事業で何とかしましょう、ということではないのです。そして「助けろ」と自分が主張することは、ずうずうしいことではありません。自分が保護の客体ではなく、声をあげる主体である、というそのことをしっかりと被災地の皆さんに自覚していただきたいのです。でもこれはある意味、とてもきびしいことを言っています。被害を受け家も流され家族が亡くなり、仕事も失って呆然自失の状況の人たちに、「だまってじっとしているだけではダメですよ」と、言うわけですから「現場を知らなすぎる。残酷で無責任だ」という批判を受ける覚悟で言っています。
グリーンピース(以下GP)
「助けろ」と要求する(主体は自分たちだという)ことを自覚してもらいたい、ということでしたが、私たちも福島の人たちの「避難する権利」の確立を求めて、政府交渉を続けてきました。政府が言う避難区域の線引きの不透明さや、それ以外の場所についての保障が十分でないなど、高い線量があるのに避難したくてもできない人たちが大勢いますから。(参考:対政府交渉 in 福島~「避難の権利」の確立を求めて)
でもこの話を私の身内にすると「権利」と言ってしまうと、日本人はそれを振りかざすことがどこか恥ずかしい、だから口をつぐんでしまうのではないか、と言われ家庭内で議論をしたことがあります。
伊藤 権利という日本語は、英語ではRightであり「正しいこと」という意味を持っています。ドイツ語、フランス語においてもそうですね。日本もこの言葉が入ってきたばかりの時は、権理という翻訳になっており、理性の理があてられていました。今は利益の利、利己主義の利のため、どうしても「権利ばっかり主張して、義務の方はどうなの?」という風潮がありますが、もともとは「正しいこと」「正義」という意味なんですよ。ですから堂々と主張したらいいことですし、主張していかないと権利は維持できなくなってしまうものです。ただ今の福島の避難の権利については、当事者はなかなか地域の人間関係もあり、言いづらいこともあると思うので、その時はまわりの人が声を上げていく、直接の被害を受けていない人たちが、代わりにやってあげることは必要だと思います。
編集部 憲法も法律も、それが作られるに至った背景の事実「立法事実」がある、と聞きました。例えば、日本国憲法の立法事実は、太平洋戦争であり敗戦です。とすれば、今回の大災害に際し、私たち主権者は新しい「法」を持ち、未来を作っていくのが自然なように思いますが、どうでしょうか?
伊藤
「立法事実」はたしかにそうです。決定的な敗戦によって、憲法9条は作られた、受け入れられたと言えるでしょう。日本軍の上層部や司令部には、「強い軍隊がないから負けたのだ。今度戦争をやる時はもっと上手くやれるようがんばる」という人たちもいたと思います。しかし「今後一切戦争はしない。軍隊も持たない」という9条はかなり特異なものですね。一般市民の被害の体験が膨大で、被害者としての当事者意識が共通して持てたから、国民みんなが9条を受け入れたということがありました。それゆえに国として加害者の面を薄めてしまった、という弱点はあるのですが。
ただ残念ながら、先ほどからの繰り返しになりますが、今回の出来事は国民の大多数にとっては、「人ごと」であり、本当に被害を受けた人は少数者ですから、彼らを救済するような画期的な法が制定されるということを期待するのは、なかなか難しいと思います。
自分たちは被害者ではない。しかし、「共感」をいかに広げていくことができるか、自分自身の危機感につなげられるか、ということが大事ですね。子どもを持つお母さんたちには、そのような動きが広がっているように感じています。
■原発と核を憲法は許していない
編集部 伊藤先生は、以前から原発には反対だったと、twitterで発言されていました。それは具体的にどのような体験があったのでしょうか?
伊藤
英語では両方ともnuclearなのに、日本語では原子力と核という、言葉の使い分けがそもそもおかしいですね。厳密に原子力発電でなく、核発電という言い方をして欲しいと思います。原発を稼働することで、核兵器の元になるプルトニウムをどんどん蓄えていきます。また原発を持つことは、テロリストの格好の標的にもなるわけです。しかし今、日本の国土の上にそれを大量に持ってしまっている。それはまさに平和の中で生きるという、平和的生存権に真っ向から反する状態を作り出しているわけです。このような状態を憲法は許していない、と私は考えています。
具体的な体験としては、伊藤塾では15年前に、平井憲夫さんの講演会を持ちました。平井さんは元原子力プラントでずっと働いてこられた方で、現場を辞めた後、被曝労働者の支援をされていましたが、ご自身も癌で具合が悪くなっていました。この時の講演も、お話をされている時ははっきりとされていましたが、講演の前と後はぐったりされていて、その数ヶ月後にお亡くなりになってしまったのです。私は、原発は被曝労働者の犠牲の上に成り立っているということを、平井さんの姿から実感しました。被曝労働者の方々は、非正規雇用だったり日雇いだったり、社会的にも弱い立場のみなさんが多い。高度な溶接技術を持っていない人たちがやる、という危険性もそうですが、社会的少数者、弱者の上に成り立つ原発は許してはダメだと思いました。当時はまだCO2の議論はなかったけれども、平和的で持続的なエネルギーに代替させていくことの必要性を感じました。憲法はそれを求めています。
GP グリーンピースでは、原発にも化石エネルギーにも頼らずに自然エネルギーでやっていける、それが2012年から可能であるという試算を出しています。このレポートは、ドイツの政府機関であるドイツ航空宇宙センター(DLR)および環境エネルギー政策研究所(ISEP)の協力を得て作成しました。ドイツの話を聞くと、地方自治のレベルからエネルギーの自立に10年前ぐらいから本格的に取り組んできて、当初は4つぐらいしか電力会社はなかったのですが、今では全国で800社以上の電力会社があります。そして3・11後、国として2022年までに脱原発することをはっきりと打ち出しました。
伊藤 ドイツの対応は早かったですね。経済的な効率ということからではなく、倫理会議を開いて、倫理的に原発の問題を後の世代に押し付けるわけにはいかない、という結論を出したわけです。物理学者のメルケルさんがそれを決断したのですから、大きなインパクトがありました。
編集部 最後にお聞きします。成熟した議論のできる民主主義、市民社会を作るためには、グリーンピースのようなNGOと協力していく場面も多々あると思います。伊藤先生は、グリーンピースの活動をどうご覧になっていますか?
伊藤 グリーンピースは、もともと核廃絶、核実験阻止からはじまった団体ですよね。でも日本だと「クジラ団体」だと思われていますよ(笑)。
GP はい。グリーンピースの最初のプロジェクトは、当時アメリカ政府が行っていたアムチトカ島での核実験に反対するために、現地に船を出し阻止を世界に呼びかけよう、ということでした。そのための資金を集めようということで、ジョニ・ミッチェル、ジェームス・テイラーらに協力を呼び掛け、「今日、みんな立ち上がろう」というロックコンサートを1970年に開いたんですね。反核実験運動は若者を中心に盛り上がり、72年についにアメリカ原子力委員会は「政治的、そして他の理由のため核実験を中止する」と発表した、という経緯があります。 (参考:グリーンピースの誕生)
伊藤 まさに、こういう時に立ち上がる団体なのですね。福島の現地に行って調査されていますが、データや事実に基づいての活動やチェルノブイリの経験に基づくアプローチなど、とても説得力があるし多くの人の共感を得られるでしょう。ですからグリーンピースの原点は「核廃絶」である、ということをもっと打ち出していかれたらいいと思います。あとは、もっと法律家がスタッフとして中に入って、法的な支援やアドボカシーをやっていってはどうですか?
GP そうですね。グリーンピースは本部にリーガル(法律)ユニットを持っていたり、ブリュッセルやワシントンD.C.にアドボカシー専門のスタッフを有しています。日本でも、個別の分野で法律家のアドバイスをもらいながら活動していますが、ぜひスタッフとして法律家を雇えるようなNGOに発展していきたいです。
編集部 市民と国際NGOと法律家が協力して、2012年、より良い市民社会を作っていきたいですね。長時間、ありがとうございました。
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