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2013-07-10up

2013年参院選前に「改憲」を考える

クレプトクラシー日本の完成ねらう96条改憲
―有名無実の憲法25条証明する医療現場―

埼玉県済生会栗橋病院 院長補佐
本田宏

(ほんだ・ひろし)
1979年弘前大卒後、同大学第1外科。
東京女子医大腎臓病総合医療センター外科を経て、
89年済生会栗橋病院(埼玉県)外科部長、01年同院副院長。11年7月より現職。
Twitter: @honda_hiroshi

【はじめに】

 7月の参議院議員選挙の争点の一つとして「憲法改正」が挙げられているが、連日流されるアベノミクス礼賛報道と、大手メディアを疑わない日本人の国民性を見ると、自民党を中心とする改憲勢力が勝利して、改憲の動きが進む危険性が高い。
 長年抑制されてきた日本の医療予算と医師養成の結果、未曽有の高齢化社会を目前に崩壊する医療現場。クレプトクラシー(収奪・盗賊政治)体制を許してきた私たち国民の責任は重いが、そこに為政者が憲法を変えやすくできる96条改憲が突き付けられている。

【憲法25条】

 日本国憲法 第25条は、日本国憲法第3章にあり、社会権のひとつである生存権と、国の社会的使命について規定している。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 さてこの生存権と国の社会的使命は、現在の日本で具現化されているだろうか。恐らくほとんどの国民は、フリーターやニートに加えて非正規雇用者増加、大企業は内部留保を蓄積しながら派遣切り断行による格差拡大社会、自殺大国、無縁死や孤独死等の報道に接して、日本国憲法25条はわが国では順守されていないことを実感しているはずだ。
 そもそも憲法の本質は基本的人権の保障にあり、国家権力の行使を拘束・制限し、権利・自由の保障を図るためのものであろう。言い換えれば憲法は為政者の暴走を食い止め、為政者が国民に果たすべき義務を規定するものだ。しかし日本では25条の現実を見れば明らかなように、すでに既存の憲法が有名無実となっている。その現実を私たちは危機感をもって認識しなければならない。
 一応、日本は民主主義(デモクラシー)国家の体制をとっているが、ブッシュ大統領が就任した当時、米国議会筋で日本はデモクラシーでなくクレプトクラシー(収奪・盗賊政治)と囁かれていたと聞く。この言葉を初めて聞いた時は衝撃だったが、医療崩壊の現場からその深層を突き詰め、さらに現実の日本社会が未曽有の少子・超高齢化社会目前に、保育所も医療も介護施設等の福祉体制も未整備のまま、巨額の血税を投入してオリンピック招致に血道を挙げる我が国を見るにつけて、クレプトクラシーという指摘は的を射ていると認めざるをえない。
 以下の医療現場からの報告が、96条改憲を含めて今後の日本の在り方を考える上で資することを祈りたい。

【医療崩壊の実態】

1、医師不足
 1981年、鈴木善幸内閣が設置した第二次臨時行政調査会(土光臨調)は「米・国鉄・健康保険」の赤字が日本経済の足を引っ張ると答申し、1983年には当時の厚生省保健局長が自身の論文で「医療費亡国論」を主張した。それに呼応して日本は医療費を抑制するために、医師養成抑制を開始した。
 その後世界は医療の進歩に伴って医師増員を図ったが、日本は抑制策を堅持して、ついにOECD平均と比較して10万人以上の医師不足となっている。全国で問題となっている医師不足の背景には日本の経済界と官僚による公的医療費抑制政策があったのだ。
 医師養成の見直しを目的として2004年には卒後研修制度が導入され、医師不足が一気に顕在化し全国で大問題となった。医師不足は偏在が問題としてきた政府も、遅ればせながら医師の絶対数不足を認めて、年間1300人程度医学部定員が増員した。しかし医師不足の原因は偏在としてきた厚労省や医師会さらに医学部長会議は、将来医師は過剰になるとして現在医学部新設、抜本的医師増員に反対している。
 現在、日本は医師数だけでなく、医学部卒業数(≒医学生数)も先進国最低レベル。グローバルスタンダードを無視した医師過剰論が誤りであることは、データを見れば明らかである。

2、低医療費
 日本は世界に先駆けて、1961年に国民皆保険を達成したが、すでに1950年から厚生省には中央社会保険医療協議会(中医協)が設置され、現在まで日本の医療は中央政府の統制下におかれている。
 この間、中医協の一貫した医療費抑制策によって、日本は世界の経済大国にもかかわらず、医師数に加えて医療費も先進国最低に抑制されてきた。さらにサラリーマン自己負担を上昇させることなどによって、窓口自己負担は世界最高レベルとなっている。
 この重大な事実が伝えられず、財政赤字の元凶として必ず医療費がやり玉にあがってきた。先の野田内閣は「社会保障と税の一体改革」と称して消費増税先行を断行し、現政権でも「骨太の方針」等と称して社会保障費のさらなる削減が検討されている。

【憲法25条が守られない歴史的背景】

1,クレプトクラシーの起源
 日本資本主義の神様といわれる渋沢栄一(天保11年2月13日~昭和6年11月11日:1840~1931)は「論語と算盤」(国書刊行会)で「道徳経済合一論」の真骨頂である「金儲けだけでは駄目だ、論語に立ち返って社会貢献も考えなければならない」と経済人に訴え、さらに「時期を待つの要あり」の部で「官尊民卑」について述べている。
 『私は日本今日の現状に対しても、極力争ってみたいと思うことがないでもない、いくらもある、なかんずく日本の現状で私の最も遺憾に思うのは、官尊民卑の弊がまだ止まぬことである、官にある者ならば、いかに不都合なことを働いても、大抵は看過されてしまう、たまたま世間物議の種を作って、裁判沙汰となったり、あるいは隠居をせねばならぬような羽目に遭うごとき場合もないではないが、官にあって不都合を働いておる全体の者に比較すれば、実に九牛の一毛、大海の一滴にも当らず官にある者の不都合の所為は、ある程度までは黙許の姿であるといっても、あえて過言ではないほどである。これに反し、民間にある者は、少しでも不都合の所為があれば、直ちに摘発されて、忽ち縲絏(るいせつ)の憂き目に遭わねばならなくなる、不都合の所為あるものはすべて罰せねばならぬとならば、その間に朝にあると野にあるとの差別を設け、一方は寛に一方は酷であるようなことがあってはならぬ、もし大目に看過すべきものならば、民間にある人々に対しても官にある人々に対すると同様に、これを看過してしかるべきものである、しかるに日本の現状は今もって官民の別により寛厳の手心を異にしている。』
 公共事業や原発予算は世界一。一方医療費亡国論で医療費は抑制し窓口自己負担は増大させてきた日本。21世紀になった現在、アベノミクスの基本を見ても、日本の官僚と経済人は変わっていない。まさにこれが、憲法25条が名ばかりとなっている歴史的背景である。

2,大手メディアを簡単に信じる従順な国民
1)戦前・戦中
 渋沢栄一とも親交が深く、世界でも有名な歴史学者に朝河貫一がいる。朝河(1873-1948)は福島県二本松市出身で、福島県尋常中学(現福島県立安積高等学校)から1895年東京専門学校(現早稲田大学)を首席で卒業。1936年日本人初のイェール大学教授に就任、1942年同名誉教授となった人物だ。
 朝河は第二次世界大戦中もアメリカに残り、日米開戦の回避、戦争の早期終結のためにフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領に働きかけるなどの努力を行った(フリー百科事典:ウィキペディア)。
 朝河は第二次世界大戦前から日本の態度について「国際感覚の不足が、日本の将来に禍いをもたらすのではないか」と厳しく忠告し、「戦いのことについての日本の記事は当地の新聞より短く、本国の日本人には何も知らされていないのではないかと心配です。(事情がよく知らされていない日本では)罪のない忠実な一般の人民が最も気の毒であります。」と苦言を呈していた。
 さらに日本の国民性について、歴史的な流れをもとに「愚かな指図や悪い指揮にも簡単に従ってしまう傾向がある」と嘆いていた。

2)現在の日本は
 私は福島県の郡山で育ち、弘前大学医学部を卒業して外科医になった。長年目の前の患者さんの治療で精一杯で、大手メディアで流される情報は正しいと信じ、自分が医師として一所懸命働いていれば、「まさかお上が悪いようにはしない」と40歳頃まで信じていた。
 しかし米国の医療現場を垣間見た経験、そして日本の医療崩壊の現場に疑問を持って、日本の医療をグローバルスタンダードと比較して驚いた。国内では無駄が多いと非難される医療費は先進国最低、偏在が問題とされてきた医師不足も絶対数が不足していた。

【21世紀日本が目指すべき国家像は】

●日本は小さな政府(低負担・低福祉)?
 李 啓充氏(「小さな政府」が亡ぼす日本の医療⑥、週刊医学界新聞 08.4.14)によると、OECDの統計(2000年)では、すでに日本の経済成長率は加盟国中最低、貧困度はビリから第三位、さらに貧困層の共稼ぎ世帯割合が突出している。このような現状に対して、李氏は今までの日本の「小さな政府」のあり方に問題を提起している。 
 日本政府が目標としてきた米国ではどんなに所得が低い人でも、日本の国保と同等の民間保険を購入しようと思ったら年額約240万円の保険料負担が必要なのに対して日本では所得が10億円を超えるような大金持ちでも、国保保険料負担は上限60万円だ。「応能負担の原則適応の余地あり」これが李氏の指摘で私もまったく同感だ。
 さらに李氏は、英国レスター大学の「幸福度調査(日本は世界88位)」についても言及し、英国のテレビ番組で同調査幸福度世界1位のデンマーク(しかし国民負担率72.5%とOECD加盟国1位)の若者が「税金は少し高いけれども、医療費も大学の授業料も無料だし、有給休暇も最低年5週。何も不満はない」と証言していること、さらに「大きな政府」の西欧諸国ではこれが当たり前と紹介している(緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療⑧、週刊医学界新聞 08.5.19)。 
 日本は医療や福祉・介護さらに教育費も大きな国民の負担となっている。ヨーロッパでは無料に近い医療・福祉・介護・教育等の日本人の支出を現在国民が支払っている税金や保険料に加えれば、すでに日本は世界一の国民負担率になっている。

●ポイントは教育
 なぜ北欧では高負担高福祉を実現できたのか。08年7月12日医療制度研究会の「デンマーク医療介護制度の実際について」と題する小島ブンコード孝子氏の講演を聞いて疑問が解決した。
 デンマークでは幼児や初等教育で重要視されているポイントは、第一に「よく遊べ」(レゴという名の玩具はデンマーク製でレゴは遊ぶという意味)、第二には「自立と民主主義」を教えることだ。「自立」と「民主主義」を達成するためには、医療・福祉・介護・教育などの高度な公共サービスは高負担で支えられ、一方で「税金の無駄使いを許さない」が常識となる。
 税の無駄遣いがあったら国民が黙っていないデンマーク。一方官尊民卑の日本では、今でも高級官僚は特別待遇(天下り)を当然と思い込んでいる。

【改憲で医療はどうなる】

 明治に渋沢栄一が嘆いた官尊民卑と社会貢献意識が乏しい経済人が、現在はクレプトクラシーとなって日本を牛耳っている問題を、医療崩壊の現場から指摘した。
 クレプトクラシー国家体制のままの96条の改憲は、基本的人権を保障し、国家権力の行使を拘束・制限し、権利・自由の保障を図る憲法を、為政者の都合がよいように変えることができる魔法の杖となる危険性が限りなく高い。
 改憲によって25条を含めて国民の生存権はさらに軽視され、国の社会的使命は放棄されるだろう。具体的にはさらなる社会保障予算(医療・福祉・介護・生活保護等々)が削減され、自己責任が叫ばれることになるだろう。
 現在でも形骸化している国民皆保険制度は、実質的な混合診療導入によって、金がないものの医療サービスは限りなく縮小、一方民間医療保険会社市場は拡大するだろう。
 クレプトクラシーは収奪・盗賊政治という意味、国民の生存権より、官僚や大企業の利益を優先させる市場原理最優先の医療体制になることは間違いない。

【おわりに】

 東日本大震災で、日本の被災者の落ち着いた対応は世界から称賛されたが、その日本人の国民性が、海外からクレプトクラシーと揶揄される現在の政治体制を許してきた。クレプトクラシーからデモクラシーへの転換は一人一人の国民のメディアリテラシーを高めることが必要最低条件ということを痛感する。
 幸い私たちはツイッタ―やフェイスブック等のSNSを手にし、大手メディア以外の幅広い情報に接することが可能となった。
 来る参院選は日本の将来を決める。日本再生の志を持つものが、幅広く情報を収集・拡散し立ち上がることを心から期待したい。

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