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2013-06-05up

雨宮処凛がゆく!

第264回

大阪の母子餓死事件。の巻

 この連載で、何度「餓死」という言葉を書いてきただろう。

 そのたびに、「今の日本で飢えて死ぬ、ということが起こり得るなんて・・・」と絶望に近い気持ちに包まれた。そして、もう2度と「新たな事件」として「餓死」という言葉を書きたくない、と思ってもきた。

 しかし、またしても、餓死事件である。

 5月24日、大阪市北区で母子の遺体が発見された。死亡時期は2月頃。発見されたのは、28歳の女性と、3歳の息子。二人の胃に内容物はなく、死因は餓死とみられている。口座に残されていたお金は十数円。電気、ガスは止められ、部屋にあった食料は食塩のみ。「最後におなかいっぱい食べさせられなくて、ごめんね」という内容のメモが残されていたという。

 ただただ言葉を失うばかりだ。

 そして遺体発見から現在に至るまでの間で、様々なことが明らかになってくる。

 女性は数年前、夫のDV被害に遭っていたこと。別居したものの、夫に居場所を知らせないようにするためか、実家にも自らの居場所を伝えていなかったこと。住んでいた大阪市北区には住民登録もしていなかったこと。そうして昨年7月には、当時住んでいた大阪府守口市の役所に、生活保護の相談に訪れていたこともわかった。

 一人の人間が餓死にまで追い込まれる背景には、あまりにも多くの「原因」が、まるで多重債務のようにのしかかっている。

 まずは、DV。

 私自身、これまでの取材を通して、DVはあまりにも容易く被害者側の人間関係を破壊するという現実に触れてきた。命からがら夫から逃げ出したものの、実家や友人に頼れば、夫に居場所がバレてしまうかもしれないし、待ち伏せしているかもしれない。ここでまずは「人間関係」という最大の「溜め」から排除されてしまう。

 また、この段階で生活に困窮し、生活保護の申請をしたところ、役所が夫に連絡してしまったという悲劇を耳にしたこともある。最近では大分配慮されるようになったというが、ここで気になるのは、生活保護法の改正案だ。現在、「扶養義務」を強化する方向で話が進んでいるわけだが、「家族だから助け合え」というのは、DVなどの実態をあまりにも無視した暴論としか言いようがない。

 また、今回の事件では、電気やガスが止められていたわけだが、「ライフラインの滞納」に関して、行政がなんらかの形で対応できないかということは、昨年、さいたまで親子三人の餓死事件が起きた時にも触れた記憶がある。行政側は「個人情報の壁」という言葉を使うわけだが、「個人情報が守られた果てに人の命が失われました」というのでは、本末転倒だと思うのだ。

 この件に関しては、韓国の取り組みが参考になるだろう。韓国では、ライフラインの滞納や、周囲から孤立している家庭があると通報を受けると、政府の委託機関がその家に行き、「こういう制度(韓国版の生活保護)があるけど利用していますか」と勧めるのだという。

 また、「住民登録がされていなかった」という点も、さいたまの親子三人餓死事件と共通している。

 生活が困窮している人は、様々な事情を抱えている。

 DVはもちろん、借金などの問題を抱えて住民登録をしていない人はたくさんいるし、不安定労働によって住居も不安定という理由から、いちいち住民票を移動しない人も多くいる。こういった「行政では把握できない」層が、ある意味でもっとも支援を必要としているのに、今の制度のままではなかなかすくい上げられないという現実。

 制度として、できることはたくさんある。しかし、時にそんなことを書きながらも空しくなってしまうのだ。

 なぜなら、どれほど素晴らしい制度を準備しても、当事者が「助けを求めていいのだ」「困った時は声を上げていいのだ」「弱音を吐いていいのだ」と思えなければ、制度に辿り着くことは不可能だからだ。

 現在の生活保護バッシングをはじめとする「弱者」を攻撃するような空気は、おそらく、多くの人のSOSの声を封じ込めている。そして、その空気は時に、具体的に人の命を奪っている。そんな空気を、現政権が積極的に作り出しているとしか思えない状況に、時々、たまらない無力感に包まれる。

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生活困窮者支援を続けるNPO「もやい」の稲葉剛さんも、
「生活保護を受けることが恥だと思わなくなったことが問題」といった発言を、
与党政治家らが繰り返している現状に警鐘を鳴らしていました。
充実した制度があって、それがきちんと運用されて初めて、人は助けられる。
それとは真逆の悪循環が人を追いつめているこの状況を、
どう捉えればいいのでしょうか?

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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