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マガ9対談:第1回『森永卓郎さん×雨宮処凛さん/テーマ:格差と貧困と戦争。』

〈その2〉「国民はどこへ向かっていくのか」

私たちは今、構造改革のまっただ中に立たされています。
拡大する一方の貧困、自殺、格差問題。現状と未来について、
さらに語ってもらいました。

雨宮処凜 雨宮処凛●あまみや かりん作家。1975年、北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。「マガジン9条」「週刊金曜日」「BIG ISSUE」「群像」にてコラム連載中。『雨宮処凛公式ホームページ』

森永卓郎 森永卓郎●もりなが たくろう経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。1957年東京都生まれ。東京大学経済学部を卒業後、日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画曲(出向)、三和総合研究所(現UFJ総合研究所)を経て2007年4月独立。テレビ番組のコメンテーター、ラジオのパーソナリティーとしても幅広く活躍中。近著に『平和に暮らす、戦争しない経済学』(アスペクト)、『萌え経済学』(講談社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『構造改革の時代をどう生きるか』(日経BP)など多数。『つながるモリタクBLOG』でも日々発信中。「マガジン9条」発起人の一人。

●国民が熱狂し支持した小泉内閣

編集部

 前回は、なぜ日本が今のような格差社会、弱者切り捨ての社会になってしまったのか、というテーマで話していきました。「自分さえ良ければ良い」とする新古典派経済学が元になった新自由主義が日本に入り、政策に取り込まれ、構造改革はまさにそういった社会に組み替えるために行われたものだという話を伺ってきたわけですが・・・。

森永

 政策を考える、今の政府の審議会とか、政府税調のメンバーを見ていくと、全部勝ち組です。そういう庶民感覚を持っていない人たちが、自分に都合の良い政策をどんどん作っていってるんです。

雨宮

 それが急速に進んだのは、バブル崩壊後だったのでしょうか?

森永

 レーガン政権とサッチャー政権と中曽根政権はセットで始まりました。だから中曽根内閣のときに三公社の民営化をやるわけです。でも、日本は戦後民主主義の中で、平等や中流主義、公共福祉といった考えが根付いた社会だったので、英米に較べると随分と「構造改革」は、出遅れていたわけですよ。それを一気に小泉内閣のとき“取り戻し”にいったというわけです。

三公社の民営化…中曽根内閣のもとで実施された行政改革の一環。1985年から1987年にかけて、日本専売公社(民営化後はJT)、日本電電公社(同NTT)、日本国有鉄道(同JR)の三公社が民営化された。

雨宮

 6年間にわたる小泉政権が本当に大きかったわけですね。

森永

 小泉さんはある意味で独裁者でしたからね。あの、世論操作能力っていうか、アジテーション能力が、彼はものすごく高くて。私、今まで仕事してきて失敗はいっぱいやっているんですけれども、一番大きな失敗のひとつが、小泉さんが最初の総裁選挙に出る前の、テレビ番組でのことです。  ニュースステーションで候補者討論会があり、あのとき麻生さん、亀井さん、橋本さん、小泉さんって四人の候補者の闘いだったんですけど、橋本さんが圧倒的に有利だったんです。橋本さん、麻生さん、亀井さんらは、控え室にいて、すでに反体制批判をして盛り上がっていたんです。小泉さんは来なくて、本番直前に入ってきた。三人は盛り上がっちゃってるから、本番始まっても、そういう反体制派に対する悪口をがんがん言うだけで、くだらない話をしているわけです。私、司会の久米さんに云われてたのは、時間がないので今日はオレが仕切ると、最後に一回だけ質問するチャンスを与えるから、誰に何を聞いてもいいからと。ところが小泉さんは、途中ずっとしゃべらないんですよ。で私は小泉さんに質問する気など毛頭なかったんですけど、私は小市民ですから、ずっとしゃべってない小泉さんに、バランスとる意味でも聞かなくちゃっていう妙な責任感を感じちゃって。だから最後に、「小泉さん厚生大臣してましたけど、あなた年金問題の将来をどう考えているんですか?」って聞いたんですね。これ、今振り返っても、重要な質問を聞いたつもりだったんですが。それを受けて小泉さんがなんと言ったかというと、「こんなくだらねえ派閥争いなんかやってたらダメだぞ、構造改革だ!!」てところで時間が来ちゃって、コマーシャルですよ。

雨宮

 あーそれはもう・・・。

森永

 それを機会に、圧倒的に小泉人気がきちゃって、総裁選で大逆転でしょう。そんときはもう自分に絶望でしたね。なんてことをしちゃったんだ、俺、って。全く悪意はなかったんですけれど。

編集部

 小泉さんって、チャンスを瞬時につかむ人なんですね。

森永

 そういう能力にかけては、彼は天才です。「改革」なんていうのは冷静に考えたら、日本は今、民主主義国家なわけですから、選挙でそれを支持するはずがないんだけど、支持しちゃう。

雨宮

 なぜあんなに小泉さんや小泉内閣をみんなが支持するのか、リアルタイムで全く私もわからなかったです。でもやっぱり何らかの閉塞感があるから、「自民党をぶっ壊す」という強いスローガンを掲げたああいう人が、支持されたんですよね。

●プレカリアート運動と大衆

雨宮

 働く人が労働者ではなく、単に労働力とみなされている、そういう状態が腹立たしくて、私は「プレカリアート運動」をやっているのですが、森永さんは、「プレカリアート」という言葉をご存知ですか? フリーターや派遣、ニートも含めた不安定な労働環境におかれた人たちを意味する「不安定なプロレタリアート」というイタリア生まれの言葉です。フリーターとかニートという言葉は、向こうから付けられた名前でしたけれど、プレカリアートというのはこちらから獲得した言葉として、広がっています。  今年に入ってから非正規やフリーターの労働組合がどんどん出てきたり、新しい連帯もできていて、みんなでデモをしたりしています。そのスローガンが「生きさせろ!」なんですね。働き方の問題というよりは、もう生存権の問題だと思っていて。で、日本でも貧困層におちいってしまった若い人たちが、自ら声を上げはじめたということが、私はすごくうれしくて、よく一緒にデモをしたり、集会に参加したりしているんですが、そういった動きについては、どう思いますか?

プレカリアート運動…プレカリアートとは、プロレタリアート(労働者階級)とイタリア語のPrecario(不安定な)という単語を掛けた造語。不安定な労働環境に置かれた人々を取り巻く状況の改善を訴える新しい形の労働運動として、日本でも広まりつつある。

森永

 本来はそうならないとおかしいんです。自分たちを搾取している経営陣や体制に対して、労働者や庶民が怒り声をあげないのは、おかしいんです。けれども・・・ただこう言っては、大変申し訳ないんですけども、(運動としては)まだたいへん小さいです。で、大部分のフリーター層というのは、逆になっているんですよ。

雨宮

 ええ、そうですね。

森永

 むしろ小泉さんが推し進めた構造改革を圧倒的に支持するし、戦争も支持するんですね。これね、人間ってね、すごーく不思議な性格を持っていて、弱れば弱るほど強いリーダーを求めちゃうっていう性があるんです。  私は、その顕著な例としてよく話すんですけれど、フランスでは、ルイ14世の時代に、パリからヴェルサイユに宮殿を移すんです。それで、王様とか貴族だけとかで放蕩三昧のものすごく豊かな生活をしていて、そのなかで彼らは暮らしているので、庶民の生活の貧しさなんか全然感じなくなっちゃう。そこでパリ市民が立ち上がるわけです。ヴェルサイユ宮殿に押し掛けてデモをするわけです。「自分たちばっかり贅沢しやがって、ふざけんじゃねえぞ」って。まあ史実かどうかよくわかんないんですけど、そのときに「オレたちにパンをよこせ」って“生存権”を言うわけです。そうすると、マリーアントワネットが、「パンがないならケーキをお食べ」なんて言うわけですよ(笑)。「てっめ、ふざけんじゃねえぞ!マリーアントワネット!出てこーいい!!」って。するとヴェルサイユのベランダにマリーアントワネットが出てきます。庶民はみんな怒っています。ところが、マリーアントワネットがスカートを広げて、スっとおじきをすると、民衆が「おおおおおおっーー」と大歓声に変わるわけ。それがね、悲しい庶民の性なんですよ。

雨宮

 フランスでもそうなんですね。日本人だからではないんですね。

森永

 だから藤原紀香さんの結婚式、ふざけんじゃねえーー!って思うんだけれども、みんなテレビ見ちゃう。で、小泉、安倍だったんです。
 堺屋太一さんが小泉・安倍政権の最大の問題は、日本のヴェルサイユ化だったって言っていました。しかしフランスでは、最終的にはフランス市民が立ちあがって、市民革命が起きたわけですね。でも日本の市民は、そこまでいくかどうかっていうのは、よくわからなくて・・・よくわからないというのは二つルートがあるから。要するに市民革命が起こってもう一度平等が見直されるという方向と、カリスマ的な人気を博したリーダーたちが、民衆の圧倒的な支持に基づいて戦争に引っ張っていっちゃう。で往々にして世界でもそっちの可能性の方が高いんです。

雨宮

 今だってきつい状況にあればあるほど、一発逆転の方法として、戦争を求めてしまったりすること、ありますからね。

森永

 でもね、そうやって戦争する方向へ安易に行くと、ほとんどの戦争に共通していることだと思うんですけど、被害を受けるのは、特権階級じゃないんですよ。女性と子供と貧乏人なんです。弱い者が全部犠牲になっちゃう。だから、そう流れないように、なんとか押さえなくてはいけないんですけれども。ただ病んできているなぁと思うのは、テレビ番組の「テレビタックル」で「私は戦争絶対反対です。人を殺しに行くぐらいなら、殺された方がましです」と言ったら、抗議というか、「おまえこそ死ね」というような、ファクスやメールがすごい数きました。全部でたぶん3000通は来たと思う。

雨宮

 ええっ! 殺すぐらいなら殺される方がましだというのは、ふつうの意見じゃないですか? それは、意気地なしということなのでしょうか?

森永

 電話もきました。右翼からは「月50万円払え」とか、得体の知れないアンプルがいっぱい送られてきて、「オマエは顔色が悪いからこれを飲め」とかいって中国語がいっぱい書いてあったり、という意味不明なものもきましたが・・・。

雨宮

 顔色は関係ないんじゃ・・・(笑)。しかしまるで“非国民”呼ばわりなんですね。その話はいつごろですか?

森永

 ちょうど三年前かな。そのあとも「戦争反対」とか言うたびにずっときてますよ。まあ、私のブログ見ていただくとわかるんですが、毎回炎上ばっかりですから。

●社会保障制度は、どこに向かうのか?

編集部

 小泉・安倍政権が押し進めた「構造改革」は、そのまま行くのか?それとも、福田政権になって方向変換はあるのか? そしてこの間の選挙で自民党が大敗したというのは、弱者切り捨て体制へのブレーキとなる割と大きな出来事だったんじゃないかと思うのですが、どうなんでしょうか?

森永

 ただそこで深刻なのは、自民が負けて民主党は勝ちましたが、社民党とか、共産党はぜんぜん勝ってないんですね。例えば社民党が掲げている社会民主主義 というのは、大陸ヨーロッパでは普通の考え方なんです。社会民主主義がむしろ主流なんですよ、ヨーロッパでは。
 私、サンデープロジェクトに出たときに田原総一郎氏に、「森永さんは社会民主主義者なんだって?」と聞かれたから、「はい、そうです」と答えたら、「へっ」って鼻で馬鹿にされたんですけど(笑)。  社会民主主義というのは、共産主義ではなくって、平和と平等を重視した経済政策、社会政策をやっていきましょうという考え方ですから、「へっ」じゃないんですよ、ほんとは。本来は、新自由主義と社会民主主義を掲げる政党が、きちんと対峙して、それぞれが政策を出し、それを選挙で国民が選ぶというのが、本来の成熟した社会の姿だと思うんです。
 で、民主党はもちろん社会民主主義の政党ではありませんし、いろんな人がまじっているんですよ。右翼の前原さんみたいな人から、旧社会党の人たちまで。国民は自民党にお灸は据えようとは思ったけれども、社会民主主義的な社会や政策を望んでいるわけじゃないですね。

雨宮

 きびしい状況に陥っているフリーターとかも、社民党とか社会民主主義とかいやがる人多いですね。自分自身がきびしく辛いと、もっと下への発散がなされるというか、例えば生活保護の人をバッシングしたりとかあります。

●自殺と貧困問題の深い関係

雨宮

 さっき生活保護の話がありましたが、今フリーターで例えば鬱病とかで働けないと、家賃を滞納して電気やガスが止まって、リアルに餓死が迫ってきます。でも生活保護の受給をしようと思っても、若いからって受けられないという状況があって、それで裏技としては、障害者年金、障害者手帳をもらって急場をしのぐというやり方もあるのですが・・・。私の知り合いなんかでも、そんな中で生活が困窮して、餓死しそうになって、結局は自殺しちゃっているんですね。あと一人暮らしができない、継続できない状況になり、実家にもどっても、鬱病で働けないことを親に責められて自殺してしまったという人も、この十年くらいでかなりいたんですね。  そういう人たち、実は貧困が原因の自殺ではないかと思うんです。社会保障制度の貧困は、当事者にはリアルな貧困として現れます。だから生活保護でもいいんですけど、国の最低限の保障制度として「社会保障制度」がもっと充実されるべきだと思います。でも、今はどんどん削られている。シングルマザーもそうですし、障害者への保障もそうですし、もうほんとにどんどん削られていくばっかり。このままいくと、どんな社会になってしまうんだろうと。

森永

 おそろしい話なんですけど、政府税調委員のある東大の教授が、「なぜ今、お金持ちとか大企業とかどんどん減税するのに、庶民だけどんどんどんどん増税していくんだ」って聞いたら、政府担当者は何って言ったと思いますか? 今世の中にはフリーターだとか、ニートだとか働かねえやつがいると、なんであいつらはきちんと働かないかっていうと、やつらは生活に余裕があるからだと。だからそのフリーターとか、親たちをどんどん増税して生活追いつめてやれば、働くはずだって。そういうこと、表向きは言わないんですよ、でも本音なんですよ、彼らの。

雨宮

 ええっ、ほんとに余裕があると思っているんですね。

森永

 現場を見てませんからね。

雨宮

 じゃあ、どっと若いホームレスが増えるとか、若いフリーターがどんどん餓死するという風にならないと、政府は気がつかない?

森永

 それでも根性がないからだって言い出しかねないですね。

雨宮

 私は、フリーターの問題を始める前はずっと自殺の問題を取材していて、若い人の自殺の話なんですけど、2002年からの20代の死因の一位が自殺で、背景を調べていくと、ネット心中でもそうですけど、仕事がなかったり、就職氷河期世代の自殺率が高かったり、私のところに相談に来る、死にたいという人の話を聞くと、就職試験で100受けて落ちたとか、私の周りでも20代でフリーターで生きてきたけども、30代になって、ちゃんと就職しようと思ったら、まったく受皿がなくて自殺してしまったとかも多くありました。  そういったことを見てると、自殺した人の背景にある生活は、日本全体の経済の問題がすごく関係しているなと思ったんです。でも本人の弱さのせいだけにされている。勝ち組の人からは、努力が足りないし、能力もないと言われてしまってますけれど、細かく見ていくといろんな問題が絡み合っていて、本人の問題だけじゃないですよね。そして、すでに死者が、自殺も含めすごく出ているのに、ぜんぜん省みられてこなかったという、ほんとにきびしい社会です。

森永

 政府担当者が、能力のないやつ、努力をしないやつは、死ねって、いっているんですから。

雨宮

 今の政治は、ニートやフリーターとか、役立たずで市場競争に勝ち残れないヤツは、今すぐ政府に迷惑かけずに死んでくれってことですよね。

●再チャレンジやセーフティネットの嘘

雨宮

 去年くらいから漫画喫茶とかネットカフェとかで、20代や30代の元フリーターだと思われる人たちが、所持金10円や15円の状態で逮捕されているんですよ。一ヶ月ずっと滞在していてネットカフェの使用料が15万円とかになってしまって支払えなくて、逮捕されるような事件がちょっと頻発するようになってきている。これはどうしたことなんだろうと思って調べてみると、もう日本全体の都市が寄せ場になってきているというか、スラム化が始まっているように見えるのですが、それが特定のある地域に現れるのではなく、漫画喫茶だったり、深夜のマクドナルドだったり、スラムが点在化してそういった場所にもう現れているんですよね。  こういう事態にすでになっているにもかかわらず、「再チャレンジ」とかいってすごく予算使っちゃうわけですけど。あれって、「お金が一円もなくなったフリーター」みたいな人には、一円も援助しないんです。困窮している本人に渡るお金って、一円もないんですよね。
 やる気と能力と、時間とお金にまだ余裕のある人は、ピンポイントで救うけれども、現在所持金が100円とかになっちゃっている人は、もう知りませんよっていう、ことだろうと思って。そういう状態になって、福祉事務所行ってもやっぱり生活保護は受けられないし。

森永

 再チャレンジ政策というのは、格差を縮小させる政策じゃないんです。弱肉強食にしていって、どんどん落としていくから、再チャレンジが必要なんですよ。ただその再チャレンジというのは、上から蜘蛛の糸をたらして、さ、上がってこれる子だけ上がってきなさい、っていうしくみで。大部分の人は掴まれもしないんですね。でもこれはもう小泉内閣ができた頃から竹中平蔵がセーフティネットが重要だといっていたのと同じなんですよ。セーフティネットってサーカスで綱渡りする時の下に張ってあるやつのことをいうんですけど。落とすから必要なんですよ。

雨宮

 落とすから必要なんですね。でもそのわりには、もうそのセーフティネットってないですよね。

森永

 昔の雇用政策というのは、雇用調整助成金というのを、わりと幅広く長い期間使える仕組みになっていて、だから経営が苦しくなってもリストラしないでください。お金あげるからなんとか雇い続けてくださいといって、正社員の雇用を守ってきたわけです。そこをガラッと変えたわけです。どんどん首切ってくださいと、そのかわり職業能力開発とか、受けさせますよ、とね。

雨宮

 それがセーフティネットだと? それって違うと思いますけれど。

森永

 だからみんな勘違いしているんです。格差を縮小するとか、下支えするんじゃないんです。

雨宮

 またそこで競わせるというだけの話ですよね。どこまでいっても「弱肉強食」の世界が続くわけですね。

森永

 今なかなか景気回復できないのは、消費が出てこないからなんです。でも、出てこないんじゃなくて、所得が増えていない、というか減ってるなかで増税しているから、ますます庶民層にはお金がなくなっているわけですよ。今、四世帯に一世帯は一円も貯金を持っていないというデータがあります。  これ、普通の経済学の常識から、どういう政策をすればいいのかというのは、もう明らかなんです。一部で働いてなくてとんでもなくお金を持っている資本家階級がいますね、そこから税金を徴収して、庶民に配ればお金を使うわけです。食うや食わずのところに追いつめられているフリーターとかにお金を渡せば、100%使いますね。そうすることが、経済全体として好循環を生むことは、当たり前の理屈としてあります。しかし、絶対にそれは嫌だって、(政界も財界も)言うんです。

●このままでは社会の再生産ができなくなる

編集部

 そうなるといよいよ格差が開くばかりの気がしますが、しかしこういう「弱肉強食の社会」って、日本人には馴染まないという気がします。自分が貧困に陥っていなくても、嫌だと思っている人だって、少なくないと思うのですが、どうなんでしょうか?

森永

 だからみんなが気づかないといけないです。どういう政策が押し進められ、どういう社会になろうとしているのか、ということに。ただね、金融の世界は、「弱肉強食」じゃないともたないという部分もたしかにあります。だから私は、ドイツみたいな国をつくろうと言ってるんです。ドイツってね、フランクフルトとかミュンヘンとか都市がありますが、その周りを深い森が取り囲んでいますね。だから、例えば山手線の内側とかにね、そういう金の亡者、煩悩の塊みたいな人をみ〜んな詰め込んで、そこを森で取り囲むんです。列車で森を抜けると、そこにはやさしい人たちの暮らす町があるという(笑)。っていうのが、一番いい国のあり方なのかなって。

編集部

 ドイツってそうなんですか?

森永

 ドイツは日本に較べれば弱肉強食ではないんですけど、それでも例えば投資銀行とかはやられちゃうんですよ、金の力で。金融はしょうがない部分があります。ただ、まともですよ。ドイツのベストセラーに『優雅な暮らしにおカネは要らない 貴族式シンプルライフのすすめ』という本がありますが、没落貴族ってヨーロッパにはいっぱいいるんです。彼らは年収300万くらいなんですよ。本読んで、あぁ素敵だな、って思うのは、要するに金の力で楽しむのは、それは教養がないからだ、と書いてあることです。彼らの楽しみは何かというと、おかずとか持ち寄ってみんなで食べるんですけど、そこでね、ちょっとウィットのある、みんながクスッって笑えるようなトークができる人が一番評価されるわけです。高級ワインもないし、フルコースの料理もないんだけれど、みんなで集まって話をする。  私、前回も話した昔一緒に仕事をしたテレビ神奈川の出演者たちと、なぜずーっとつきあっているかというと、すっごく楽しいんです。テレビ神奈川は、お金がないので、お弁当も買えないんです。それで局で用意できるのが、ノリもまいてないおにぎり。一人二個。でもね、普段そのおにぎりの中に入っているのは、高菜とおかかと昆布なんですよ。でもおにぎり屋が気を使って二ヶ月にいっぺん明太子入れてくるんです。
 ぱっとおにぎりあけて、やったあ明太子だあって。それを分け合って、ぼくたちしあわせだよねって。私、勝ち組の人たちとも付き合っているので、自分では支払わないんですけど、1食何万円というのもたくさん食べています。でも、その明太子のおにぎりの方がおいしいんですよねえ。文句ばっかり言いながら、料亭でぐちゅぐちゅやっても、美味しくも何ともない。

雨宮

 そういう意味では、私もフリーター層の人たちとよく飲んだりするんですが、お金がないから、公園や路上での飲み会になるんですね。居酒屋とか行っても2000円くらいかかるから、その2000円がないという人がいるので、コンビニでビール買ってきて、カンパ制にして公園で飲み会をするんです。それはすごく楽しい。だけど、それを変なかたちで利用されてしまって、なんかフリーターは貧乏でも自分たちで楽しく生きていけるからいいじゃん、って言われてしまったり、それを政治的にやられちゃうのは、いやだなっていうのもあります。

森永

 それはそうです。300万〜500万くらいのね、ほどほどのところでそれをやるのが一番いいと思うのであって、それ以下だと社会の再生産ができませんから。それ以下の年収のフリーターの人たちって、子供を安心して持てないんですよ。だから生めないということにもなる。AIU保険会社で「現代子育て考」という教育費の調査を数年にいっぺんずつやっているんですけど、子供一人を大学にやるまで、一番安い公立コースでも3000万円かかるんですね。絶対、今のフリーターには無理なんです。

雨宮

 フリーターの生涯賃金5800万円という、そういう数字もありますからね。

森永

 健康で文化的な最低限の生活というのは、結婚ができて、子供が持てて、ちゃんと育てられるというところが、ほんとは最低ラインだと思います。それを国が、社会保障制度でやらなくちゃいけない。国というのは、そのためのものなんですから。

次回は、いよいよ最終回。
「市場経済と戦争の関係性」、「貧困層は兵士予備軍」、
「憲法9条がどう役にたつのか?」などについて、お二人の話が展開していきます。お楽しみに!

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