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2011-03-09up
雨宮処凛がゆく!
生きるのが楽になる方法もろもろ。の巻
プライムニュースのパーティーで。
ちょっと前からメディアを賑わせている入学試験のネット流出問題だが、3月3日、19歳の予備校生が逮捕された。
一浪中の予備校生は高校三年生の時に父親を亡くし、母子家庭。母親は介護関係の仕事をしていたそうだが、生活は苦しく、学費の安い京大に合格したかったという主旨の供述が報じられている。
予備校生のしたことの善悪は別として、こういった事件の背景にある、この国独特のふたつの現象を指摘したい。
まずは、日本のひとり親家庭の貧困率は54.3%とOECD諸国中最悪であること。
そして日本の学費は世界的に見ても突出して高く、学費は親が負担するもの、という考え方は世界的に見ても「非常識」であるということ。66年、国連総会で採決された国際人権規約13条2項では、高等教育の無償化を漸進的に導入するとしており、これを留保している国は日本とマダガスカルの2カ国だけである(「季刊 児童養護」Vol.40 「貧困は社会の持続可能性への警鐘」湯澤直美)。
これらのことを、どのくらいの日本人が知っているだろうか?
先月、「就活」に疲弊する大学生の話を書いたがわけだが、「モラル」云々の話の前に、若者が追いつめられるような社会のあり方について、今一度、考えるべきことはたくさんある。
さて、本題。
この連載は今回で180回目を迎えるわけだが(すごいぞ私!)、連載100回目を記念した原稿で私が述べた「今後の抱負」「決意」を覚えている人はいるだろうか?
09年5月に書いたその原稿は要約すると、以下のようなものだ。
とにかくこの2年ほど、プレカリアート運動にかかわりながらも、私は生産性が高すぎ、社会に適応しすぎ、「ダメ度」が著しく低かった。「ダメな人間でも生きさせろ!」的な主張をしながら自らの「ダメ度」が低いというのは由々しき事態だ。ということで、これからは心を入れ替え、もっとダメな感じで生きていこう。もっと沢山寝て、もっと沢山の酒を消費し、仕事はあまりせず、社会にも適応せず、あまり人や社会の役に立たないような、そんな生き方を模索しよう――。そんな「宣言」をしたのである。
ということで、以来、自分の「ダメ」を積極的に肯定しながら生きているのだが(それでも貧乏性で小心者なので、まだまだ真の「ダメ」にはほど遠い)、以来、私は「内なる市場原理主義」的なものからは解放され、まぁ以前よりは「楽」な感じになっている。
そうやって自分のダメに開き直ると「自分に課すハードル」は恐ろしく低くなり、例えばビッグイシューの連載の新年号に書いた「今年の抱負」は「とりあえず1年間、死なないこと」。この1年、とにかく「生存」し続けることが大目標なのだから、今年中に死ななかった場合、年末には自動的に目標達成となる。これはいい。年末に「あれもできなかった」「これもできなかった」と思い悩む必要が一切ないからだ。
という感じで、連載100回を記念して「もっとダメに生きるぞ」宣言をしたのだが、3月6日、そんな私がどうやってダメに開き直り、ちょっと生きやすくなったかの秘策を詰め込んだ本が出版された。
その名も『小心者的幸福論』(ポプラ社)。
帯にあるのは以下のような言葉だ。
「生きづらさを極めた小心者代表・雨宮処凛が体を張って会得した、『ダメ』に開き直り、できるだけ『楽』に、幸せに生きていくノウハウ! 誰もが今すぐ実践できる、一生モノの幸福論」。
ということで、まずは「お前、全然小心者じゃないじゃん!」と突っ込んでくれた方には、本書の「キャラを変え、むりやり行動的になる」の章からでも読んでほしい。よく私は「どうしたら雨宮さんのように行動的になれるんですか?」と聞かれるのだが、本来はまったく行動的ではなく、意図的に、かなり無理してやってるのだ。いや、今はもう「行動的」が癖みたいになってるのだが、とにかく大掛かりな「キャラ変」を経てのことなので、その辺りの涙ぐましい努力については本書でぜひ。
その他にも生きやすくなるための様々な秘策について多くのページをさいた。
「できるだけ好かれないように生きる」「治外法権な存在として生きる」「猫に学ぶ」「友達より同志を作る」「自分より小心者としかつきあわない」「自分をむりやり正当化する」などなど。
特にこの連載を読んでいる人には、「比較しても意味のない人としかつきあわない」の章をぜひ読んでほしい。よく人間は「あの人に比べて自分はダメだ・・・」などと「他人と自分を比較する」ことによって落ちこんでしまうわけだが、私自身も20代までそんな「比較地獄」の中にいた。いつも周りの女友達なんかと持ってる物や着てる服、デートで行く店や奢ってもらった金額に至るまで、今思えば「誤差」のようなことで張り合い、比較しあっては疲れ果てる、という意味のないことを繰り返していたのだ。
しかし、そんな頃、私の目の前に現れた二人のオジサンがいた。それはマガ9でも連載中の鈴木邦男氏と、元赤軍派議長の塩見孝也氏。私の父親より年上なのに「革命」とか真顔で語る塩見さんや、そろそろ還暦を迎えようというお年頃(出会った頃)なのに「みやま荘」というアパートに住み、マトモな大人の生き方とはほど遠い感じで生きてる鈴木さん。そんな二人と出会い、何か私は鮮やかに「比較地獄」から解放されたのだ。まぁ簡単に言うと、「マトモな大人」ではないけれどもなんだか楽しそうに生きている右翼のオジサンと左翼のオジサンに救われたのである。その上、二人のオジサンとは「張り合いどころ」がまったくないところがかすりもしない。ちなみに塩見さんは獄中20年で、逮捕理由は凶器準備集合罪や破壊活動防止法違反など。こんな人と、私は何をどう張り合えばいいのだろう。ということで、「比較しても意味のない人としかつきあわない」日々を送り、気がつけば右翼団体に入ったり北朝鮮に行ったりと、人生がワケのわからない方向に行っていたのである。
また、「社会運動・政治運動などに邁進してみる」の章もオススメだ。私自身、十代の頃からリストカットをしてきた歴史があるのだが、どんなに精神科に通ってもカウンセリングを受けても収まらなかったリストカットがある日突然、一発で「治った」経験がある。それは「右翼団体に入ったこと」。それまで、生きづらいのは全部自分が悪いからだと思っていたのだが、見沢知廉氏に連れられていった右翼団体の集会で、団体の人は「悪いのは全部アメリカと戦後民主主義なのだ!」と断言。「戦後民主主義」という言葉の意味もわからなければアメリカのどこがどういうふうに悪いのかもわからなかったものの、「なんだ、悪いのは私じゃないんだ」と思った瞬間、私のリストカットはぴたりと止まったのだった。人はこれを「右翼療法」と呼ぶ。
まぁその右翼団体は2年ほどでやめ、その後リストカットがぶり返したりしてはいたのだが、以来、私はずーっとなんらかの運動にかかわっている。
911テロのあとは、アフガン攻撃に反対するデモに参加したり、03年のイラク戦争1ヶ月前には「反戦」を訴えて現地入りしたり。で、今はプレカリアート運動・反貧困運動にかかわっているわけだが、時々「あいつは右翼団体にいた時と同じ動機で、自分の生きづらさを誤摩化すためだけに運動してる」などと言われることがある。が、その通りと言えばその通りなのでまったく反論する気はない。私自身、ある意味で「病気の症状」として運動にかかわっている気もするし、目的は完全に「自分のため」だ。それが時に二次災害のように誰かの役に立てば万々歳だ。
なぜなら、私の「生きづらさ」の少なくない部分を占めているのは「無力感」だからである。自分が何をどう思おうとも、何をどうしようともこの矛盾と不条理だらけの世界を絶対に変えられないのではないか、という無力感。だからこそ、それに抗うために運動にかかわり続けている。そうすれば、無力感や絶望感、「何もしない」罪悪感に蝕まれ続けることはない。というか、確実に減る。これは私の精神にとてもいい。
ということで、「自分の個人的な健康法」として運動にかかわり続けているのだが、そんなこんなについて書いた『小心者的幸福論』、ぜひ、読んでほしい。
小心者的幸福論(雨宮処凛/ポプラ社)
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雨宮さんが、傷ついたり苦しんだりもしながら、
体当たりでつかんできた「生きるのが楽になる方法」。
真面目でついつい頑張りすぎてしまったり、
「頑張れない」自分が許せなくて苦しかったり。
そんな人にこそ手にとってほしい一冊です。
雨宮処凛さんプロフィール
あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」
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