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2012-03-07up
3月3日より渋谷アップリンクほか全国で順次公開されている本作品が完成したのは1999年である。
プリピャチとは、チェルノブイリ原子力発電所の半径30キロメートル内の立ち入り禁止区域、通称「ゾーン」(住民の多くはこの言葉を忌み嫌う)に位置する、原発で働く従業員とその家族が住んでいた町、そしてそこを流れる川の名称だ。
このドキュメンタリー映画に登場するのは、「ゾーン」内のものを域外へ搬出させないよう監視する検問所の男性職員、ここ(プリピャチ)には100年、いや150年は人が住めないだろうと語る女性の放射線量検査官、政府から放射能に関する具体的な情報を何も提供されないと語る女医など。シビアアクシデントを起こした4号炉以外の稼働している原発で安全管理を担う男性は、自らの仕事の意義を笑顔で語るが、インタビューの最後に「ここの給料では家族も養えない」と本音を漏らす。原発について必ずしも自由にものが言えるわけではない(と思われる)ウクライナにおいて、これだけの映像と証言を引き出せたのは、監督をはじめとする取材する側とされる側の信頼関係があったからだろう。
プリピャチの集合住宅の背後に立つ観覧車は止まったままだ。従業員のためにつくられたサッカー場は草木が伸び放題で、観客席のコンクリートもめくれあがっている。1986年4月26日を境に時間が止まってしまったかのような風景がスクリーンに広がるが、福島原発事故を抱える私たちにとっては、すべての映像が現在進行形といえる。
効果音は一切使われない。聞こえるのは放射能を運んでくるといわれる風の音、水質検査をするために凍結したプリピャチの川面を割る音、廃墟となった住宅地へ向かうため雑草をかきわける音……。カメラは取材対象者を真正面から見据える。彼らの言葉だけではなく、ほんの小さなしぐさも見逃すまいと余計な動きはしない。
一度は避難したものの、生まれ故郷のゾーンに戻ってきた老夫婦がいる。森のキノコをとり、魚を釣り、川の水を酌む2人。ゆっくりと歩く夫婦の後姿のラストでスクリーンが閉じた後も、モノクロ映像の数々が脳裏に焼き付いて離れない。
(芳地隆之)
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