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2012-03-07up

マガ9レビュー

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.192

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ゴーストライター

(2011年フランス・ドイツ・英国/ロマン・ポランスキー監督)

 夜の海から現れて港に着岸するフェリー、そのなかに残された運転手のいない乗用車、そして翌朝、浜辺に打ち上げられた男の遺体。死者は元英国首相アダム・ラングの側近で、ラングの自叙伝を執筆中の身だった。船中で泥酔し、海に落ちて溺死したという。彼の仕事を引き継ぐ者として、英国人のフリーライターが選ばれる。

 元首相の新たなゴーストライターとなった彼を取り巻く状況は複雑だ。ラングが首相在任中だったイラク戦争時、捕虜に対する拷問を命じ、彼らを秘密裏に米国へ移送したことが明らかにされた。その行為が戦争犯罪との厳しい批判を受けている彼は、身を隠すようにアメリカ東海岸の小さな島で居を構えている。英国労働党の同志だった妻、ルースとの関係は冷え切っている。

 そうした逆風を打ち負かすような自叙伝をどう仕上げるか。ゴーストライターは前任者から引き継いだ分厚い原稿の山と格闘するが、その記述から事故死したとされる者が残した謎かけの断片が見えてくる。

 ロマン・ポランスキーの新作は、オーソドックスな演出によるサスペンスだが、私たちはそのストーリーを現実と重ね合わせずにはいられない。どんよりとした曇り空、ときおり激しい雨が打ちつけるなか、真相に近づくゴーストライターは、それが自分の命を危険にさらすことを知るのである。

 元首相を演じるピアース・ブロスナンがいい。私たちには5代目ジェームス・ボンドで馴染みのある俳優だが、007では見られない元権力者の傲慢や孤独がうまく表れている。彼の行為が実は仕組まれたものであったということを知ると、なおのこと味わい深い。

 ロマン・ポランスキーは、見知らぬ土地で不条理で強大な力に翻弄される人物を描かせると、抜群の冴えを見せる。それには彼の出自が影響していると思う。ユダヤ系ポーランド人であった母親がアウシュヴィッツで虐殺されたこと、自らは戦後ポーランドからフランスへ国籍を替えたこと、アメリカに渡った後、最愛の妻であり妊娠中の身だったシャロン・テートを狂信者たちに惨殺されたこと、少女への淫行容疑を受けアメリカを脱出し、いまも同国への入国が許されないこと……。

 この物語は冷酷な政治的策略によって支配されていたことが明らかになる。「こんなストーリーを語るポランスキーのアメリカ入国は永久に認められないだろうな」と思わせる結末だった。

(芳地隆之)

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