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2011-06-01up
マガ9レビュー
本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。
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ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ
(ヤニック・エネル/河出書房新社)第2次世界大戦勃発後、ポーランドはドイツとソ連に分割占領され、世界地図から消えた。本書の主人公、ポーランド人のヤン・カルスキは、当初はパリ、後にロンドンに拠点を置く亡命ポーランド政府の密使として、祖国の動向を把握すべく、現地へ赴く。そこで想像を絶する凄惨な光景を目にする。
ワルシャワゲットーに閉じ込められていたユダヤ人は、ナチスによって家畜のように扱われていた。道端に転がる死体、糞尿に汚れた子供……。カルスキはアウシュヴィッツほか、ポーランド各地に建てられた強制収容所で組織的な大量虐殺が行われていることも知る。
カルスキは連合国に一刻も早くユダヤ人の救助に動くよう訴える。しかし、英米は黙殺。ソ連はポーランド将校たちをカティンの森で秘密裏に射殺していた。
数えきれない、見捨てられた死を目の当たりにしたカルスキは思い知らされた。連合国による戦争の勝利はユダヤ人に何ももたらさなかったことを、ユダヤ人が絶滅させられていくのを放っておいた世界が、自分は自由だなどと言えるはずがないことを、1945年には勝者など存在せず、加担者と嘘つきしかいなかったのだということを。
カルスキは戦後、沈黙を貫く。その彼に口を開かせたのは、ユダヤ人虐殺を証言のみで構成した『ショアー』の映画監督、クロード・ランズマンだった。
本書の第一部ではランズマンのカメラの前で動揺し、口ごもるカルスキの姿が再現される。第二部は彼が戦時中に何を見て、何をされ、何をしようとしたのかが語られる。そして第三部は著者の(カルスキの体験を踏まえた)フィクションだ。そこでは米国大統領のルーズヴェルトが、強制収容所の解放を訴えるカルスキの話にあくびを噛み殺すシーンなどが描かれる。
文章は読みやすくない。もちろん翻訳のせいではない。ショアー(著者は「ホロコースト」ではなく、ヘブライ語の「ショアー」を使う)という人間性から大きく逸脱した出来事を、言葉で伝えることができるのか──そのことを常に自問しながら綴られているためだ。第三部をフィクションにしたのは、それでも真実に近づこうとする著者の試みに他ならない。
本書の帯には「殺される人間に距離を感じたとき その距離が3メートルであろうと数千キロであろうと それは卑劣という名の距離である」とある。
全編に通底しているのは、読者に対する静かで厳しい問いかけだ。
(芳地隆之)
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