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2010-09-08up
久しぶりに興奮を覚えたノンフィクション作品だ。
戦前、日本が現在の中国東北部に造った傀儡国家・満州国の都市ハルビンに実在した「ハルビン学院」の創立から廃校までを、克明に追った物語である。そう、まさに「物語」と言うに相応しいドラマに満ちている本なのだ。
これは、ただのノンフィクションではない。映画や演劇の手法で言えば、「群像劇」である。
ロシア語教育を主たる目的とするこの学院に学んだ若き学徒たちとその教員たち、そして彼らを取り巻く人々の希望と苦難に彩られた時代の諸相が、まことに見事に描き出されている。
著者は、ハルビン学院に関するあらゆる資料を入手し、それらを撫でさするような手つきで読み込み、さらに関係者からの聞き取り調査も行ったらしい。そして、ひとつひとつをおろそかにすることなく、私たち読者の前に鮮やかに並べてみせる。
ロシアときちんと向き合うことが、日本の将来にとって最重要課題であるという理想を持って、このハルビン学院創設に奔走した人たち。その理想に呼応してはるばる内地から満州の地にまではせ参じた若者たちの、これはたった25年間の短い奇跡のような輝きの物語なのだ。
学院内での学習や生活だけではなく、学徒らが行なった小さな旅や、食事に出かけた街の様子までもが、著者の文章によって私たちの眼前に甦える。だから、行ったこともない満州の不思議な街の姿が、匂いまで伴って立ち現れてくるのだ。
匂いを感じさせる文章、それは素晴らしいノンフィクション作品の絶対条件だが、ここにはそれがある。ロシア料理や中華料理の匂い、白系ロシア人の家庭の匂い、そして苦力(クーリー)と呼ばれた中国人労働者たちの汗の匂い…。
しかし、学院を取り巻く環境は、日本軍部とそれを統御できない政府のでたらめな動きによってさまざまに揺れ動く。
さらに1945年夏、突然のソ連軍の参戦。状況は一変する。
学院生をも含む満州の日本人(朝鮮人も日本人とされていた)たちは、日本軍部・関東軍に見捨てられる。自ら命を絶っていく学院長たちの悲劇。さらに、そこから始まる逃避行。そして戦後処理に奔走する学院卒業生たち。まさに、波乱万丈の物語が展開される。
多くの学徒たちの動きを一人ひとり書き分ける著者の力量はなかなかのものだ。また、6千人のユダヤ人の命を救ったとされる外交官・杉原千畝の物語(「命のビザ」として有名になった)なども挿入され、読者の興趣は尽きない。
これは、もうひとつの知られざる第2次大戦史であると同時に、歴史の闇に埋もれた、現在の日ロ関係の基礎となるはずの重要な一面を発掘した書でもある。戦後の日ロ関係にとって、このハルビン学院が果たした役割は、著者の意図どおり再評価されなければならないだろう。
これほど見事な著書を、貿易に携わる社団法人職員としての過酷な日常業務の合間を縫って書き上げた著者に、敬意を表する。
(鈴木力)
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