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2012-07-11up

鈴木邦男の愛国問答

第102回

僕のセンチメンタル・ジャーニー

 「古稀を祝う会」の案内状をもらった。ほう、古稀になった人がいるのか。「古来、稀なり」で古稀だ。そんなに長生きした人は稀だから、おめでたいという。「じゃ、僕らの先生かな」と思って主催者に電話した。「恩師の古希祝いですか?」と。「んでね」と主催者は言う。秋田弁で、「違う」という意味だ。「んだば、誰だ?」と私も秋田弁で聞いた;「オメだ!」と言う。「エッ? オラだが!」と、ビックリした。「オメだげでねえ。オラだも善人だ」と付け加えた。
 それで、案内状を読み返した。確かに、我々のことだ。「昭和33年度 湯沢中学校卒業生 古稀を祝う会」と書かれている。おかしいな、この前、「還暦の祝い」をやったばかりなのに。と思った。疑問に思いながらも、ともかく行った。同期会に。6月23日(土)から24日(日)だ。秋田県湯沢市にある「秋田いこいの村」に、130人の同期生が集まった。壮観だった。
 「おがしなや、まだ古稀でねえぞ」と皆、言い合っている。「オラなんて今年まだ68だぞ。もう2年もあるぞ」と言う人もいる。私もそうだ。主催者に聞いた。そしたら、「還暦の時は満でやりましたが、古稀からは、数え年でやります。今年、誕生日を迎えると皆、数え年で70才になるはずだから」と言う。えっ1才か2才の違いは大きいよ、今となっては。「でも、お祝いやめでたいことは早目にやった方がいいんです」と主催者。ちっとも、めでたくないよ。むしろ、何年か遅れてやってほしい。
 それに、湯沢に行くまでが大変だったな。前日、6月22日(金)の夜は、岡山市で、「レコンキスタ読者の集い」があった。「レコンキスタ」とは「失地回復」の意味で、一水会の機関紙だ。そこに、木村三浩・一水会代表と共に行き、講演し、夜遅くまで皆と話し合った。
 この日は、岡山に泊まるしかない。翌23日(土)は、秋田県湯沢市の生涯学習センターに午後2時集合だ。そこからバスで「秋田いこいの村」に行く。岡山から湯沢まで、日本縦断だ。朝一番の6時発の新幹線で岡山を発ち、東京で乗り換え、秋田新幹線で大曲に行き、そこから乗り換えて湯沢に行く。でも、これでは2時に着かない。それに秋田新幹線は満席だ。4時間近くも立ってるのはツライ。
 でも、それしかないか、と思ってたら、そうだ飛行機がある。と思った。しかし、岡山から秋田までの直行はない。じゃ大阪で乗り換えて行くか。いや、新大阪まで新幹線で行って、伊丹から飛行機の方が早いか。と考えた。西村京太郎の鉄道サスペンスのようだ。でも、十津川警部ではなく、私の場合は、犯罪を犯してアリバイをつくり、逃げる犯人の方だ。昔、こんなことを本当にやったような気がする。勿論、妄想だ。
 ともかく、苦労に苦労を重ねて、集合場所に辿りついた。しかし、20分遅れ、バスは行ったあとだった。タクシーなら6千円位かかるという。ここまで来て帰るわけにはゆかない。「タクシーを呼んでくれ」と言ったら、生涯学習センターの人が、「バスに戻ってもらいましょう。携帯に電話します」と言う。そんなことしなくていいよ。同級生にうらまれるよ。でも、いろいろ電話して、ひとりで乗用車で向かってる人に引き返してもらった。ありがたい。それでやっと、目的地に着いた。
 懐かしい人々がいる。私は生まれは福島県郡山市だが、そのあと父の仕事(税務署)の都合で、青森県の黒石、秋田県の横手市、秋田市、湯沢市、そして仙台と、転々とした。
 その中でも湯沢市が一番長い。小学校4年から中学2年までの5年間だ。ここでは中学を卒業してないが、同期会には特別に入れてくれたのだ。小学校から一緒の人も多い。全く同じ顔の人もいる。少し面影のある人もいる。全く分からない人もいる。糯田君など全く分からない。「本当に糯田が?」と皆に言われてた。「オメだば、犯罪犯して逃げても絶対捕まんね。顔が全く、変わってっから」と、皆にひやかされていた。
 「この前、テレビで見だぞ」とか、「ラジオ聞いでっぞ」と私は、何人かから言われた。申し訳ない。中学生の時は、ただのボーっとした田舎の中学生で、成績も悪かったのに。それなのに、今は偉そうに、政治のことを喋ってる。「皆さんの方が、ずっと勉強が出来たのに、すんません」と謝った。これは本当だ。中学生の頃、私は日本に天皇がいることも知らなかった。総理大臣の存在も知らない。自分が日本人だという自覚もない。無知な少年だった。きっと、その反動で、大学生になった時、「右翼学生」になったんだろう。
 それに、中学生の時は、裏の川で泳いだり、冬はスキーをしたりして、遊んでばっかりいた。本なんて一冊も読んだことがない。教科書だって、ロクに読んだことがない。それなのに同級生の女の子たちは、「アンドレ・ジイドを読んだぞ」「ロマン・ローランもいいんでねが」と言い合っていた。何だ、それ? と思った。
 そうか、その反動で、大学生になってから、「読書人」となったのかもしれない。それに、学校の休み時間は、いつも相撲ばっかりしてたな、廊下で。携帯も、ゲームもないし。メンコはもう卒業してたし。住谷とよく、相撲をとっていた。私は右ききなのに、住谷は左ききだ。すばしっこい奴で、いつも左を差されてしまう。それで、いつの間にか私も左四つになってしまった。この時の相撲体験があったんで、格闘技全般に興味を持った。大学に入ってから、合気道をやるようになり、プロレス評論をやるようになったし、柔道をやることにもなる。
 その意味では、私の原点は湯沢だ。格闘技に関心を持ち、いろんな格闘技をやるようになる。「右翼」だって格闘技だ。左翼と闘い、警察官と闘い。又、本を読まなくて、ボーっとしていたが、後にその反動で、本を読むようになった。又、中学生の時に、「日本人だ」ということも知らずに、「愛国心」も全くなかった。その反動で、後に右翼になる。そうか、中学生の時は、天皇も、愛国心も、国家も知らなかった。そういうものを全く超えていたのだろう。いや、ただの馬鹿で無知だったのか。
 だが、自然の中で、自然に育ったのはよかった。美しい景色と、きれいな空気。それに粗食だ。それで皆、健康に生きられたのだ。33年度の卒業生は、9クラスで400人近かったという。「そのうち40人ほどが亡くなってます」という。じゃ、「生存率90%」か。70近くなって、90%はいい方だろう。これじゃ、白寿(99才)の時も、生存率は高いだろう。
 それに、同期会では長寿、健康のためのおはらいもやってもらったし。そうだ、忘れてた。住谷に会ったんだ。中学時代に毎日、相撲をやってた住谷だ。「久しぶりにやっか!」と、いきなり組んだ。55年ぶりの相撲だ。あの頃は、いい勝負だったけど、その後、私は格闘技をやった。柔道3段だし合気道3段だ。サンボも習った。右翼運動の中で左翼、警察官相手に「実戦」も積んだ。住谷になんか、片手でも勝てるさ、と思った。ところが組んでみて驚いた。腕の筋肉が強い。胸も分厚い。なかなか勝負がつかない。
 あれから、ずっと相撲をやってたのかと思ったら、全くやってないという。「時々、カガア(奥さん)とやってるけど、すぐ寝技に持ち込まれる」と言ってた。何言ってんだ、こいつは。でも、雪下ろしで鍛えてるからだという。そうなのか。と、楽しく同期会の夜は更けました。でも、案内状を読み返したら、ちょっと暗い。
 <さてこの度、昭和33年度・湯沢中学校を卒業した私たちは、古稀を迎える事となりました。戦後の混乱期に学び舎を共にした私たちは、15の春にはそれぞれの道を歩み始め既に50有余年、身に病を抱えたり、運命に非なるものを共にしつつも、今日まで一生懸命生きてまいりました。今日までのお互いのご健闘に拍手を送りたいと存じます>
 そうだ。多くの人が亡くなった。「生存率」なんて言ってる場合じゃない。亡くなった人に申し訳ない。それに、いい人ばかりが亡くなっている。「おめも、好ぎな人が二人とも亡ぐなって、ショックだべ」と言われた。そうなんだ。好きというより、尊敬してたし慕っていた。美人だし、優しいし、勉強は出来たし。どうして、そんないい人から死んじゃうのか。さらに「運命に非なるものを共にした」人たちのことも聞いた。かわいそうでかわいそうで、眠れなかった。私は何も助けてやれなかった。卑怯者だよ。いい人ばかり先に亡くなり、私のように、いいかげんに生きて来た人間が、生きのびた。申しわけない。すみません、と懺悔した。
 人生って何だろう。人間は何のために生きてるんだろう。神様はいるのか。と、考え込んでしまいました。そんなセンチメンタル・ジャーニーでした。湯沢行きは。

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きっと誰にでもあるだろう、
自分にとっての「原点」の時代。
ちょっぴり「センチメンタル」な鈴木さんですが、
そのころの学友たちと今もつながり続けていること、
ちょっと羨ましくも感じます。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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