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2011-08-24up

鈴木邦男の愛国問答

第81回

映画『南京!南京!』を見た

 問題の映画「南京!南京!」の上映会が8月21日(日)午後12時半から行われた。中野ZEROホールだ。右翼の街宣車が抗議して来るかと思ったが、それはなかった。ただ、警察官は随分と多い。映画が始まってから抗議に来るのかもしれない。中に入ると満員だった。入りきれない人は次回(4時45分上映)にしてもらっている。盛況だ。
 僕は一番前に座らされた。前列3列は「関係者」席だ。何か事件が起こったら、ここの人たちが楯になる為だ。「こんな反日映画は許さん!」と言って、スクリーンを切る人が出たら大変だ。前に、南京の映画が実際切られたことがある。その時は、体を張って阻止しなくては、と悲壮な決意を固めていた。
 この危ない映画の上映会をやったのは、「史実を守る映画祭実行委員会」だった。その実行委員会の荒川さんが、上映前に挨拶する。今日は陸川監督も、わざわざ中国から来てくれたので、上映後に話を聞きたいという。「このような試みは2回目です」と、前回の報告をする。09年12月13日(日)に、世田谷区民会館ホールで、南京映画の上映とシンポジウムをやった。今まで南京事件を扱った映画はスクリーンを切られたり、上映拒否されたり、災難続きだ。ところが、この日は、四本一挙上映し、その後シンポジウムをやった。
 一本だって切られたり、上映中止になったりと大変なのに、一挙に四本やるという。武田倫和監督の『南京・引き裂かれた記憶』。英国人ジャーナリストが命懸けで中国の戦争孤児を救った実話の映画化『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道』。そして『アイリス・チャン』『南京』だ。長時間だ。その後のシンポジウムには僕も出た。
 この日は早く行って、「会場防衛」のアドバイスをした。会場整備係も30人いるし、弁護士さんも腕章をして立っている。外には警察官が大勢いる。だから、街宣車が数台来ただけで、帰っていった。中に入ることはない。その時の話をZEROホールで荒川さんは話す。そして言う。
 「あの時は鈴木さんにお世話になりました。“何かあったら僕が楯になります”と言ってくれました」。エッ、そんなことまで暴露するのかよ、と思った。もの凄いプレッシャーだ。今回も、しっかりガードしてくれ、という意味が込められている、と思った。
 09年の時だって大丈夫だったんだ。今度も大丈夫だろう。そう思ってはいても、「許せない!」と思い、襲撃する人間が出るかもしれない。そんな人が走ってきたら、壇上に登る前に阻止できるか。スクリーンを切る目的だったら、大きなナイフを持ってくる。タックルしてもいいが、こっちの背中がガラ空きになる。上からナイフを背中に突き立てられたら大変だ。
 僕は合気道三段だ。合気道ではナイフを持った人間の突きをかわし、関節を極め投げ飛ばすという技が沢山ある。そんな練習を随分とやった。でも、実践では無理だろうな。こっちが無傷で、ナイフを持った人間を取り押さえることは難しい。じゃ、ズボンのベルトを外して、それで立ち向かうか。それとも、カバンで防いで、すぐに蹴りを入れるか。頭の中でシミュレーションをやった。そうだ、傘があった。小雨が降ってたので傘を持ってきていた。よし、これで闘おう。そう心に決めて、映画を見た。
 「もし暴漢が来たら一緒に闘って下さいよ」と、隣の宇賀神寿一さんに言った。昔、連続企業爆破事件で捕まり、20年も刑務所に入っていた人だ。アパートに地下室を掘り、「爆弾工場」を作っていた。今は刑期を終え、救援連絡センターに勤めている。「ナイフだったら僕が対応しますから、手伝って下さい。爆弾を仕かけられたら宇賀神さんが対応して下さい。プロなんだから」と言った。「エッ、そんなこと出来るかな」と言ってる。シャイな人なんだ。謙虚な人だ。人前に出るのが苦手で、だから、家にこもって爆弾を作っていた。宇賀神さんは、この上映会の関係者ではないが、満席で、ウロウロしてたので、僕が声をかけて、隣に座ってもらったのだ。

 しかし、何事もなく映画の上映は終わり、監督の話も終わった。ホッとした。それに、映画は素晴らしかった。「反日映画」か、と思っていたが、違う。南京大虐殺を描いているが、一方的なプロパガンダ映画にはなってない。監督は40才と若いが、よく調べ、勉強している。日本側の記録や、日本軍兵士の日記などを読み、日本側の視点に立って映画を作る。なぜ事件は起こったか。そして、日本側の苦悩も伝えている。さらに、中国側の葛藤もある。こんな映画は今までなかった。
 又、ドイツ人(ナチス党員)が南京の人民を助けようと努力し、日本軍と衝突する。「同盟国」同士の争いも描かれている。僕らの知らなかった事実も多い。南京の女性の中から、「100人を出せ!」と迫るシーンがある。日本兵の慰安婦にするのだ。出さなければ皆殺しだ、と脅されて、女性たちは一人、二人と手を上げ、「志願」する。いくら何でも、こんなことはないだろう。映画的な演出だろうと思ったら、日記にも書かれていたし、資料があるという。
 戦闘シーンもリアルだし、厖大な人間が戦うシーン、南京の街並みも実にリアルだ。単なる戦争映画を超えた〈歴史〉がここにあると思った。今までのように、人間的感情を持たない「鬼」の日本軍が、鬼の虐殺を繰り返すというのではない。いろんな日本兵がいる。歌をうたったり、酒を飲んだり。こんなことでいいのかと悩み、苦しむ将校もいる。そして最後はピストル自殺する人間もいる。
 勿論、大虐殺は描いている。これでもか、これでもか、と描いている。その一方、日本兵の苦悩も描いている。だから、中国で上映されると爆発的なヒットをしたが、同時に、「日本人の目線だ」「許せない!」という批判も多かった。親を殺された人もいる。遠い昔の話ではない。陸川監督のもとには、「殺してやる!」という電話や脅迫メールも沢山来たという。
 これには驚いた。勇気があると思った。だって、今までのように、日本人は「鬼」と画一的に描いて、中国人に圧倒的に支持される映画を作った方が楽だし、そうも出来た。でも、40才の監督は、あえて楽な道を取らなかった。歴史に耐える映画を作った。ZEROホールで見た人の中には、「ここまで中国は成熟したのか」「中国の映画は変わった」と評価する人が多かった。僕もそう思う。
 その監督の勇気に対して、日本でも応えるべきだと思った。監督に紹介してもらったので、直接、そう言った。だが、上映会はこの日だけだ。映画館での上映は決まってない。「南京映画は危ない」「いつ襲われるかもしれない」と腰が引けてるのだ。それと、『創』(9、10月号)に書いてるが、映画の中の音楽著作権の問題などもある。それはクリアーして、ぜひ日本でも上映してもらいたい。歴史として南京大虐殺を冷静に語り合える。そのためのいいテキストになってると思う。そうでないと、いつまでも不毛な衝突ばかりが繰り返される。そして、戦争の反省もない。これでは進歩もないだろう。そんなことを感じた。

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一度は日本公開の動きもあった『南京! 南京!』ですが、
現時点では一般公開の予定はないようです。
日本でも、中国でもたくさんの人たちが見て、
賛否両論をまじえながら意見を闘わせる。
そこには、大きな意味があるように思うのですが…。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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