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2010-09-08up

鈴木邦男の愛国問答

第58回

政治家の掟

 格闘家の前田日明(あきら)さんは今年の参院選に民主党から出る予定だった。じゃ当選間違いない、と思っていた。ところが民主党とトラブリ、立候補をやめた。残念だ。前田さんは勉強家だし、行動家だし、プロレスラー時代に築いた世界的ネットワークもある。僕は期待していた。政界でも大暴れしてくれるだろう。ところが直前になって、やめた。
 先月、ロフトプラスワンで会ったので、その経緯を詳しく聞いた。初めは、無条件で出てくれ。全て民主党で用意すると言っていたのに、途中から、「金はいくら作れるか?」と聞いてきた。民主党も以前の人気はないし、苦しいのだろう。前田さんの主宰する格闘技大会のスポンサーの金を当てにしていた、と言う。その他、いろんな事があり、あいそが尽きたと前田さんは言う。
 その代わりではないだろうが、柔道の田村亮子が民主党から出て当選した。オリンピックも目指すという。柔道を引退してからでもいいのにと思うが、「現役」で「今が旬」の田村を狙ったのだろう。小沢一郎が口説いたという。でも、当選してからは小沢の単なる「兵隊」だ。テレビで見る限りではそう思える。
 女子柔道のチャンピオンだった神取忍さん(自民党)は落ちちゃった。随分、頑張っていたと思うが、ダメだった。神取さんは柔道をやめた後、プロレスの世界に入り大活躍した。「田村亮子が政治家になるのなら、その前に“何でもあり”のリングで私と闘え!」と言ってたが、無視された。何でもありの総合格闘技で闘ったら、面白かったのに。
 元プロレスラーの大仁田厚はもっと前に消えた。その後、長崎県だと思うが、知事選に出たがダメだった。元プロレスラーとしては馳浩だけが残っている。だがこの人は、もともと、学校の先生だったし、実務能力もある。単なる〈知名度〉だけではない。
 いくら知名度があり、世界中に友人がいても、それだけではダメなようだ。アントニオ猪木が知名度とパフォーマンスだけで当選した時代とは違う。多分、田村亮子で終わりだろう。柔道家もプロレスラーも。いや、スポーツ界から政界に入る人は、もういないだろう。野球の江本孟紀だって落ちたんだし。頭のいい人だし、政治家としてのセンスもいいと思っていたのに。
 「スポーツと政治は別」と、選挙民が思ってきたからか。でも江本だって国民新党ではなく民主党だったら当選しただろう。
 プロレスラーや野球選手、柔道選手などは、外国の人たちと闘い、その中で友情も生まれ、〈政治〉のことを考える。その体験は大きいし、世界平和を考える上では重要だと思う。しかし、それを、うまく生かせる人がいない。生かせる場がない。

 そうか、須藤元気さんがいたか。と思った。格闘家で、世界平和を真剣に考えている人だ。スポーツ界の最後の希望の星かもしれない。時々会うが、現役引退の後は母校・拓大のレスリング部監督をしてると言っていた。「でも政治にでるんでしょう」と言ってたら、「考えてはいます」と言っていた。ただ、自民、民主といった既成の政党は眼中にないようだ。だから今年の参院選には出なかった。その次の大激動、再編後の政局を睨んでいるのだろう。
 須藤さんは、政治家志望(だと僕は思うが)なのに、テレビの政治討論番組には出ない。本人が自制しているのか。他の人が、須藤さんの才能に気付かないのか。ただ、以前、雑誌で対談した時、こんなことを言っていた。
 「いくら討論をしても決着がつかないでしょう。皆、理屈をつけて、自分の負けを認めないし」
 確かにそうだ。「朝まで生テレビ」などを見て、そう思ったという。だから、「まずは格闘技をやろう」と思った。格闘技なら、どっちが勝ったか、負けたか、はっきり分かる。そうしたら、言うことにも説得力がある、と。まず行動し、結果を出す。それで見てもらうのだと言う。
 須藤さんは現役レスラーだった時、勝つと必ずパフォーマンスをしていた。「we are all one」と書かれた横幕を示して、アピールしていた。彼なりの「世界は一つ」「世界平和」を訴える手段だったのだろう。ただ、観客にはどこまで伝わったか分からないが。
 須藤さんは、勉強家だし、戦略家でもある。インドに行ったり、四国の霊場巡りをしたりもする。スピリチュアルなものにも関心がある。「闘う哲学者」であるし、宗教家の素質もある。会うと、そんな話ばかり二人でしている。

 須藤元気という名前もいい。昔、ボクシング漫画があった。小山ゆうの『がんばれ元気』だ。それを思い出させる。「親父がその漫画が好きで元気とつけたんです」と言う。子供の頃は、実際に、ボクシングも習ったという。でも、怪我をして、アマレスに転向し、その後、プロレスラーになった。
 「この名前は政治家になる時も有利ですね」と僕は言った。おぼえやすいし、分かりやすい。
 父親が漫画やアニメキャラクターに憧れてその名前を子供につけることがある。5年前、『天皇家の掟』(祥伝社新書)を、佐藤由樹氏と共著で書いた。その時、お世話になった編集プロダクションに星飛雄馬さんがいた。『巨人の星』の主人公だ。お父さんが熱烈なファンだから、そう付けた。でも、誰が見ても、ペンネームに見える。だから名刺には名前のあとにカッコして(本名)と書いていた。でも、苦労が多かっただろう。「選挙に出たら一発で通りますよ」と、その時、僕は言った。
 でも、時代は変わったし、「飛雄馬」と漢字で書けないかもしれない。じゃ、「星ひゅうま」にするか。これも変だ。NHKの大河ドラマにあやかって、「星龍馬」にするか。二人のヒーローを合体させるのだ。これで当選だろう。(そんなに甘くはないか)

 今の子供の名前は、ちょっと難しく、格好いいのが多い。一郎、太郎なんて、シンプルな名前はいない。こんなのは昔の名前だ。
 でも、政治家にはいる。今だっているし、そんな人は子供にもシンプルな名前をつける。小沢一郎、麻生太郎、河野太郎… と。おぼえやすいように、そうつけたのだ。この人たちは世襲議員だ。親が、生まれる前から「議員にしよう」と思い、こうしたシンプルな名前を考えたという。上杉隆の『世襲議員のからくり』(文春新書)に出ていた。そうだったのか、と納得した。
 鳩山家は徹底していて、邦夫の祖父が「一郎」、父が「威一郎」。邦夫の長男が「太郎」、次男が「二郎」、長女が「華子」だという。さらに、太郎の長男、つまり邦夫の孫が「一郎」だという。
 そうなると、「その徹底した姿勢に感銘すら覚える」と上杉は言う。鳩山家は、「一郎」と「太郎」をずっと使い回しにしてきたのか。それほど、選挙のことを考えて、おぼえやすい名前をつけているのだ。
 そういえば、公明党や共産党には難しい名前の人がいて、よく平仮名にしている。世襲議員がいないからだ。政治家にしようと思って親が名前をつけないからだ。その方が、本当は自然なのだ。
 9月3日に、ロフトプラスワンで上杉さんに会った。『世襲議員のからくり』を読みました、と言った。「政治家に、太郎、一郎が多いわけが分かりました」と言った。「なかには、わざわざ改名する人もいるんですよ」と上杉さんは言う。それも、父親の名前に変えるという。まるで歌舞伎役者の襲名だ。いくら何でも、そこまでは、と思ったが、本当にいたんだ。中村喜四郎は旧名は中村伸だ。ところが選挙に出る時、父親の喜四郎と同じ、喜四郎に改名した。法的にそうした。
 しかし、こんなのいいのかな。選挙民の中には、父親がまだ生きてると思って投票する人もいるだろう。ちょっとずるいな、と思う。
 ヨーロッパやアメリカでは、こんな世襲はない。ケネディ家で少しある位で、全体の5%くらいだという。日本だと、たとえば自民党なら、地方政治家まで含め、50%以上だという。これは何も政治家だけの責任ではない。「後援会組織の世襲」「政治資金管理団体の非課税相続」などにも問題があると上杉さんは言う。「血の純粋性」を求めるのだという。こうなると、各々が小さな天皇制のようだ。
 世襲は弊害ばかり言われるが、いい点もあるのだろう。少なくとも、「血の継承」を期待し、そのことで安心する国民が多いのだ。だから、いくら批判されても世襲議員はなくならない。それにしても、自民党の半分以上か。いくら何でもこれはない。だったら、世襲議員の「枠」をつくるか。2割までにするとか。あるいは、いっそのこと、参議院は全部、世襲議員だけにするとか。選挙や金に苦労せず、生まれた時から、じっくり政治の勉強をし、長い眼で、日本と世界のことを考えることが出来る。いいかもしれない。そうしたら、参議院は、真の「良識の府」になるかもしれない。

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使命感からではなく、「家業」として「政治家」という職業を選ぶ。
「世襲否定は職業差別だ」という意見もありますが、
かつての与党の半分が世襲政治家、という状況は、
やっぱりどう考えてもおかしいのでは?

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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