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2012-09-19up

雨宮処凛がゆく!

第242回

船橋のデモで、警戒区域の動物を思う。の巻

デモ出発!

 9月17日、船橋で開催されたデモに参加した。

 タイトルは「敬老の日は野田KOの日! 黄色い電車連合プレゼンツ脱原発デモin船橋」。

 「黄色い電車連合」とは、「中央線・総武線沿線の脱原発団体連合」のこと。「脱原発杉並」や「脱原発中野も」など、地域の有象無象が自らの地元でデモをブチ上げ始めたことはこの連載でも触れてきた通りだが、「杉並」「中野も」はもちろん、「原発やめろデモ」「怒りのドラムデモ」「脱原発船橋(仮)」などが参加しているという。

 船橋では、6月にも「野田退治デモ」が開催された。なぜ船橋なのか? それは、野田首相の地元だから。大飯原発の再稼働を決定し、「2030年までに原発ゼロ」と言いながらも新たな原発建設は続けると言い張る野田政権。そんな野田首相の選挙基盤である船橋で、脱原発を訴えようという企画である。

デモ中。

 ちなみに、船橋でのデモは二度目。一度目は6月に開催された。そのデモについてはこの連載の234回で書いたのでぜひ読んで頂きたい。

 そんな第二弾の船橋デモに参加したのは1100人。「杉並」「中野も」などローカルデモの特徴のひとつに「半端じゃない有象無象感」があるのだが、この日の船橋もすごかった。「ファミリーブロック」があるのは当然として、「敬老の日」にちなんで出現したのは「先輩ブロック」。「我こそは人生の先輩なり!」と思う人が自己申告で集うブロックだ。また、DJカーではラッパー・ECD、悪霊、ATSという最強の豪華メンバーが「原発やめろ」「総理をやめろ」と代わる代わるコール。DJの音楽にデモ隊は踊りまくり、ドラム隊の隊列で「再稼働反対!」と叫ぶ人々の中に、共産党の志位和夫議員がいたりする(志位さんの地元も船橋)。

 デモのあとには、「デモ割」サービスを実施している居酒屋・鮒忠で「デモに参加した人は最初の一杯半額」の生ビールでみんなで乾杯! 恥ずかしながら今回初めて「デモ割」の店に行ったのだが(今までは予定があったり原稿書かなきゃだったりで行けてなかった)、他の店も「デモに参加した」と言うといろんなサービスがあり、日本料理店では800円の「デモセット」があったり、ハイボール一杯無料だったり、しかも鍼灸院にまで「デモ割」があり、「デモ灸」(どんなの??)が500円だったりと、確実に船橋の人々に浸透しているところが素晴らしい。

デモ隊に普通に共産党の志位さんがいるのがカオス。志位さんを探そう!

 今、民主党代表選や自民党総裁選なんかでいろんなことが嫌な方向に進んでいきそうな予感に満ちているわけだが、こういう状況に抵抗するには本当に有象無象が勝手に繋がり、声を上げていくしかないのだ、という思いを強くしたのだった。

 そしてこの日、とても印象に残っているのは、解散地点の公園の「希望の牧場・ふくしま」の展示。

 原発事故によって取り残され、餓死した牛たちの写真、そして今も生きている牛たちの写真に、ただただ言葉を失った。

 「希望の牧場・ふくしま」は、原発から14キロの場所にある牧場。原発事故以前、警戒区域では3000頭を超える牛が飼育されていたのだという。しかし、警戒区域に取り残された多くの家畜が餓死したことはご存知の通りだ。そうして政府は殺処分を決定。が、「もう無意味な餓死や殺処分には耐えられません」として発足したのが「希望の牧場・ふくしま」である。このプロジェクトにかかわる人たちは、政府や自治体に対し、警戒区域の家畜を被曝の研究・調査に生かしてほしいと訴えている。「商品価値」がゼロになったからと言って、「殺せ」と言われることに納得できないのは当然だ。警戒区域内の牧場では、今も300頭の牛が元気に生きているという。牧場の人は、事故直後から被曝覚悟で家畜の世話を続けてきた。

「希望の牧場・ふくしま」のカンパ箱。

 3・11から、1年半。この節目を受けて、メディアでは多くの特集が組まれ、多くの人が改めて震災と原発事故を振り返ったと思う。

 だけど、悲しいことに人間は放っておいたらどんどん忘れていく生き物だ。

 そうして私自身、今この瞬間も警戒区域で生きている動物たちがいることに、だんだん想像が及ばなくなっていた。事故直後の悲惨すぎる映像があまりにも辛くて、一時は必死で忘れようとして、そして、できるだけ考えないようにしている自分がいた。

 でも、考えないようにしていると、時に本当に忘れてしまう。デモに行くたび、私は確実に何かを忘れていたことに気づかされる。

 今も、たくさんの動物たちが苦しんでいるということ。

 今回のデモで突きつけられたのは、そのことだ。

 それなのに、枝野経産省が原発の建設継続を容認したということ。もっとも弱く、声さえも上げられない立場からこの世界を見ることが、今、私にとってもとても大切なことだ。

警戒区域で餓死した牛。

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今も自宅に戻れないでいる人。
被曝を気にかけながら毎日を暮らしている人。
そして、警戒区域に取り残されたままの動物たち…。
1年半が経っても、何ひとつ「終わって」はいないのです。
今月29日には東京・渋谷で、
「希望の牧場・ふくしま」の今後を語る公開討論会があるとのこと。
Ust中継もあるそうですので、興味のある方はぜひ。
詳細はこちらにあります。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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