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2010-09-08up

雨宮処凛がゆく!

第159回

中国人だから? アルバイトだから?「女」だから? 〜あるセクハラ裁判を巡って〜その2。の巻

 川崎さんは70年、中国の北西部の甘粛省で生まれた。
 専門学校を出てからは家族と一緒に四川に移り住み、銀行で働いていたという。
 日本に来たのは14年前の96年。日本人と結婚した妹が出産することになり、その手伝いのためにやってきた。初めての日本の印象を彼女はこう語る。

 「成田空港に降りて、そこから福島に行くことになってたんですけど、外国人だからわからない。空港の女性たちがすごく親切に教えてくれました。それで福島についたら緑がいっぱいで、水も美味しい。中国の空気と比べたら、日本の空気はすごく新鮮ですね」

 そうして日本が気に入った彼女は一度中国に戻り、仕事を辞めて福島の妹のところに移り住む。日本語は、本を読んで勉強した。
 福島では、保険の外交員やレジ打ちの仕事をしていたという。
 そんな彼女が現在は「被告」である会社・東京美装興業で働き始めたのは02年5月。もう一人の妹が中国で大学を卒業し、日本語学校に行くために来日したことがきっかけだった。東京で暮らし始める妹が心配で、川崎さんも東京に移り、妹と二人暮らしを始めたのだ。
 会社は、妹の友達の留学生の紹介だったという。時給は千円。仕事内容はオフィスビルやホテル、病院やデパートの清掃など。川崎さんは朝7時半から午後4時半までの勤務となった。
 最初に配属されたのは目黒のオフィスビルだったが、ビル自体が古くてそこの仕事はなくなり、次に配属されたのは病院。ここでまず問題が起きる。50代くらいの男性上司が「食事に行こう」としつこく誘ってくるのだ。

 「最初はすごく優しかった。だけど、食事の誘い何回か断ると嫌がらせ。私の給料減らしたり。あと、私だけ休憩させない。(休憩時間が近づくと)『そこ終わってから休憩して』って。休憩は15分しかないから、終わったらもう5分6分しかない。しょっちゅうありました」

 更には「お前は正社員になりたいか。なりたいんだったら俺の言うことを聞け」「言うこと聞かないとビザ更新する時の書類を出さない」などと言われる。
 そんなことが重なり、働き始めて2ヶ月の時、川崎さんは本社に「上司のこういう行動をやめさせてほしい」と伝え、異動になる。そしてこの異動先のビルで待ち受けていたのが、現在会社とともに川崎さんが訴えている上司・A氏だ。
 初日、本社の人に連れられて異動先のビルに行った川崎さんの前に現れたA氏(50代後半)は、第一印象からして最悪だったという。

 「私のこと指して『アレ』って言ったんです。『アレ結婚してるのかしてないのか』って。本社の人は『アレ』はダメって。アレって失礼だよ。日本語そんなにわからなかったけど、アレ、コレって物指す言葉でしょ。人はあの人、この人でしょ。この人失礼な人って、すごく印象悪かった」

 そんなA氏だが、やはり前の職場の上司と同様、しつこく食事に誘ってきたのだという。川崎さんは「これは日本の会社の習慣なのか」と考えたものの、二人きりは嫌なので、「みんなで行くんだったら行きますよ」と答え、仕事が終わってからみんなの前で「Aさん、今日みんなでごはん食べに行くって言いましたよね」と言った。すると「馬鹿! そんなこと言ってないよ!」と怒鳴られたのだという。
 当時、川崎さんは30代前半。同じ職場でただ一人の正社員はA氏のみで、他の3人はすべて50代、60代のパート女性だった。
 そうしてA氏の行動は「食事に誘う」だけでなく、エスカレートしていく。
 川崎さんが担当している給湯室に来て胸やお尻を触る。「ブラジャーのサイズいくつ?」などと聞いてくる。人のいないところで腕を掴んで「チューして、チューして」と迫ってくる。「私の言うことを聞かないとビザ申請の書類を出さない」と強迫する。エレベータで2人きりになった時には「1回だけ、1回だけ」と言いながら力任せにキスを迫ってくる。エレベータの隅まで追い込まれた川崎さんが思わず足のすねを蹴ると、A氏は激昂し、頭を殴ってきたのだという。

 その後も頭を叩かれることはあり、指輪をした手で叩かれたため、帰ってシャワーを浴びようとすると頭に血の塊がついていることもあったのだというからもはや暴力事件ではないか。
 川崎さんはセクハラ行為を、ビルにテナントとして入っている会社の女性に相談していたのだが、今回の裁判で、この女性は以下のような陳述書を提出している。一部引用しよう。

 「実は私は任さん(川崎さんの帰化する前の名前)からセクハラのお話を聞く前からAさんの行動に少し不信感を抱いておりました。任さんと給湯室で洗い物をしている時音をたてずに2人の後ろにいたり(よく私は驚いていました)、私が1人で洗い物をしている時も後ろからじーっと見てきたり」

 ちなみにA氏は自分がモップをかけている時などにも、女性の胸をずっと見つめていることがあったという。
 そんなセクハラに耐えかね、川崎さんは支店の係長がビルに来た日、「毎日胸とかお尻触られる。なんとかして下さい」と訴えた。係長は「それはセクハラです。注意します」と言うもののA氏の行動はまったく変わらない。その次に課長に相談するものの、課長は「セクハラは個人と個人の問題」と言い放つ。その次、支店長に泣いて訴えると、こう言われた。

 「あんた若いから。他の女性は50代、60代でしょ。あんた30代で若いんだから魅力的で触りたいのは男の本能」

 その次に訴えた本社の部長には、「それは日本のコミュニケーション」と言われたという。

 「02年に会社に入って、04年にこのビルに来て、06年まで。2年間ほぼ毎日こんな感じでした。だから、日本の会社ってすべてこんな感じなんだって思ってました。私、中国で銀行で仕事してました。中国では男女平等です。男性もお茶汲むし掃除もするしご飯も作るし子どもの面倒も見る。男性と女性で給料も同じです。男性も出世するけど、女性も能力があれば出世できる。でも、日本はこんなに違う。日本に来て、日本は中国より男女差別がすごくひどいと思いました。びっくりしました」

 これには私も驚いた。「男女平等」とか「男性と女性と給料差があまりない」などと聞くとすぐにヨーロッパなどを思い浮かべてしまうが、中国がそんな「男女格差のない国」だと知っていただろうか? また、中国ではセクハラなんてトンデモないことだという。

 「みんなの前で仕事の途中に男性が女性の身体触る、お尻や胸触るとか手を握るとか、そんなことしたらクビか大変なことになる。中国では見たことも聞いたこともないです。だからびっくりしました」

(続く)

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川崎さんが語る、あまりに露骨なセクハラ体験。
男女平等以前の問題では? と思えるその背景には、
やはり「外国人だから」「非正規雇用だから」という、
差別的な視点が見え隠れします。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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