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2010-10-27up

中島岳志の「希望は、商店街! 札幌・カフェ・ハチャムの挑戦」

第4回
〜番外編〜

講演会『どうする!どうなる?民主党政権』@発寒商店街

 8月に夏祭り「夏だ!! ぶらり発寒商店街」のイベントの一環として行ったトークの概要を一部収録します。北大の落語研究会の寄席の後に、こんな「政治話」もちょっとやってみました。毎週1回行っている、トークイベントの拡大版みたいな感じです。

◆夏の参院選結果をどう見るか

 今年の夏の参院選挙は、民主党にとって非常に厳しい結果になりました。
 自民党が勝った、大勝したというムードもありましたが、実はこの選挙は、自民党にとっても負けの選挙だった。選挙制度に助けられて議席数を獲得できたというだけなんです。総獲得票数は自民より民主のほうが圧倒的に多かったし、都市部ではほとんど勝てていませんから、実質は大敗で、実は民主党よりも次はやばいんじゃないかというのが、政治学者から見た分析です。
 では、どこの党が勝ったと言えるのか。これは間違いなく公明党です。民主党が予想以上に議席を減らしたことで、国会で過半数を取るには公明党と組むのが一番手っ取り早い、ということになった。一方、自民党も次の選挙で勝つためには公明党との選挙協力が必要ですから、公明党にとっては、一番自分たちの存在感を発揮できる選挙結果になったわけです。これからは民主、自民両党が何とかして公明党と連携しようとするでしょう。公明党にとっては、もっとも「おいしい」状況です。
 一方、もう一つ議席を増やしたのがみんなの党ですが、今後与党である民主党が、国会で法案を通すために、みんなの党と公明党、どちらと手を組むのかには大きな違いがあります。
 みんなの党は、小泉構造改革をもっと続けていきましょうという政党です。もっと無駄を省いて、もっと政府を小さくして、税金は上げない。経済成長4〜5%をずっと続ければ、所得が増えて所得税が上がっていくからそれで国家をなんとかしましょう、という考え方なんですね。僕にはどう考えてもでたらめとしか思えないんですけど、これが人気を博したわけです。
 それに対して公明党は、今出てきている政策は小泉構造改革の反省を踏まえた「新しい福祉」、一定程度の大きな政府です。福祉を充実させるために一定の増税は仕方ないから金持ちから増税しようという、社会民主主義的な考え方が非常に強いんですね。
 これは民主党の本筋のところともかなり一致する考え方ですが、民主党にはいろんな人がいて、中には新自由主義的な、みんなの党に近いような人もいる。ですから、そのどちらの路線に民主党がくっついていくのがいいのか、というのがこれからの重要なポイントになるんだと思います。
 ちなみに、僕は公明党とくっつくのがいいという考え方です。小泉構造改革の延長をこれ以上続けていたら、日本は破綻すると思うからです。もちろん公明党には背景に濃厚な宗教色があるのは間違いないし、もっとしっかりと小泉構造改革を支えたことを深刻に反省しないといけません。いろんな問題点が公明党にはありますが、それを僕たちはタブーを恐れずしっかり論じていかないといけない。そういう時期が来ていると思うんです。

◆「中ぐらいの政府」を目指そう

 こうした「大きな政府と小さな政府」という議論をするとき、僕たちは「もっと行政改革をやって、無駄を省いて政府を小さくしていかないといけない」と強く思いこんでいる部分がありますが、これは実は間違いです。日本は先進国の中ではほぼトップに近いくらい、すでに「小さな政府」の国になっているんです。
 例えば、GDP(国内総生産)の中で国の歳出が占める割合は、先進国の中でほぼ最低。つまり、国が国民に対するサービスのために使っているお金がものすごく少ない国だということです。一方で、国民の租税負担率も先進国の中でほぼ最低に近い。実は日本は、先進国の中では非常に税金の安い国なんです。
 ところが、すでにそれだけ「小さな政府」なのに、さらに無駄を削ると言って、いろんな公共施設を閉めたり、行政機関の正規雇用職員を非正規雇用に変えたりしているのが今の状況です。そうなると、住民に対するサービスは低下するし、非正規の弱い労働者がどんどん増えるという悪循環になる。僕が勤務しているような国立大学の予算も大きく削られましたが、それを埋め合わせるためには、授業料を値上して私立並みにしないと保ちません。そうしたら、子どもを大学に行かせることのできない家庭がどんどん増えていきます。そんな自己負担、自己責任社会にこれ以上していっていいのか? ということです。
 一方の「大きな政府」、社会民主主義は税金を金持ちから取って、国や行政が再分配をするという考え方ですから、それをやろうとすればやはり増税は言わなくてはならない。菅首相の「最小不幸社会」というのも社会民主主義的な発想の理念ですから、菅さんが「増税」と言ったのも間違いではないでしょう。ただ、なぜ消費税を、どういう目的で上げないといけないのか、という「内訳」を見せずに増税だけを言ったから、国民がカチンと来たということだと思います。
 ただ、僕は何でもかんでも国家や行政がやってくれる社会がいいとも全然思いません。やはり一定程度、僕たち市民が公共の空間を担っていくという方向でないと、少子高齢化もありますからものすごい増税が必要になる。それに、増税でハード面だけを整えても、それが幸せな社会だとは思えません。
 多くの人にとっては、「人のためになっている」という実感が、アイデンティティとか生きている実感につながっています。それなのに、全部を行政に、あるいはマーケットに任せるのがいいとは思えないんですね。そうではなくて、コミュニティが一定程度の役割を担っていく。つまり、もっと地域社会の中で、人がそれぞれ「出番」や「居場所」を持っている、「生きている」という意味を見出せるような社会をつくっていくほうが安上がりだし、みんなが生き生きと暮らせる社会になるんじゃないかと思うんです。
 つまり、大きすぎる政府でも小さすぎる政府でもない、その間の、中ぐらいの政府、中ぐらいの国家を今後は目指していく。ただ、そう考えたときに今は政府の規模があまりにも小さすぎるものになっていますから、もう少しセーフティネットと言われるものを整えていかないといけないでしょう。同時に、社会における絆やつながり、そして「居場所」というものをもっと強化していかないと、この社会は保たないのではないかと思います。

◆ジェットコースター化する世論

 もう一つ、お話ししておきたいのが、世論についてです。最近、世論というものが、どんどんジェットコースターのようになってきている。特に今世紀に入ってから、非常に乱高下が激しくなっているんですね。
 例えば、戦後の各内閣が発足した当初の支持率についてのデータがあるんですが、実は上位6位のうち5つまでが、小泉内閣や鳩山内閣など、今世紀に入ってからの内閣です。しかも、今世紀に入ってからの内閣はほとんど、発足から3カ月以内に急に支持率が下がっているんですが、その下がった理由も僕たちはほとんど覚えていない。理念とか政策ではなくて、ある種の「気分」に左右される「世論」によって内閣がコロコロ替わる、そういうことがずっと続いてきているわけです。
 我々は、あるいはメディアは政治家に対して「ブレてる」と言いますけど、一番ブレているのは国民であり世論です。2005年の「郵政選挙」では自民党が大勝して、「小泉構造改革素晴らしい!」という結論になりました。しかし昨年の、政権交代が起こった衆院選では、構造改革とか新自由主義は格差問題を引き起こすからまずいよね、ということで、「新自由主義はノー」という選挙だった。ところが、そこから1年も経っていない夏の参院選挙では、みんなの党が票を伸ばし、片山さつきなど小泉チルドレンと言われた人たちが復活するなど、また「新自由主義・イエス」ということになってしまった。
 世論が「気分化」して、政治の理念や理屈がまったく通じない世界になってしまっている。このことを僕が一番痛切に感じたのは4年前、2006年の夏でした。小泉首相が8月15日に靖国神社を公式参拝したんですね。このとき、その直前まで世論調査では40%以上の人が「行くべきでない」と答えていた。「行くべきだ」という人は20%強に過ぎなかったんです。
 ところが小泉さんが参拝した後には、この数字が逆転した。「行ってよかった」という人が4割強になったんです。小泉さんが記者会見で「僕のやることに何でも反対する“抵抗勢力”がある。僕はそれには屈しません」と言った。これに世論がわっとなびいたんですね。
 僕は、現在の靖国神社については、首相の公式参拝は控えるべきだと思っていますが、そうしてがらっと意見を変えた人よりは、一貫して「参拝すべきだ」と言っている人のほうを信用します。そういう人たちとは互いの意見を闘わせて議論ができるし、どこかで合意できる可能性がある。ところが、意見をコロコロと変えてしまう人たちというのは、その時の「気分」とか「テンション」ですから、議論にならないんですね。靖国参拝という「問題」を考えているのではなく、「小泉さんよくやった」でなびいてしまう。おそらく、戦前の日本で全体主義を支えたのはこういう層なんだろうと思います。

 今は、そうした「気分」に政治家がなびき、それが政治の根本を動かしている。こういう状況で一番怖いのは、「カリスマ待望論」が出てくることです。例えば、菅さんの次にまた首相が替わったとしましょう。それでまた支持率が下がってくると、多分世論はそろそろ「飽きる」。そして、「誰がやったって駄目だ」というシニシズムが蔓延して、とにかく不満を受け止めてくれる、すっきりさせてくれるリーダー、日本を救ってくれるような政治家が出てきてほしい、となるわけです。
 そのときに、僕が危ないと思っているのは、大阪府知事の橋下徹という人です。彼は、大阪市役所に対して「税金をむさぼるシロアリだ」と言ったように、短い言葉でぱっと敵をつくって叩くのが非常に——小泉元首相以上に——うまい人です。そうやってわーっと人気を勝ち取る。
 宮崎の東国原知事は、昨年の衆院選のときに「俺を自民党総裁にしろ」と言って反発を買いましたが、橋下さんはそんなおっちょこちょいなことはしません。自分の支持率が圧倒的に高い地元で地域政党を立ち上げて、まずはそこを固めた上で「橋下待望論」が出てくるのを待っている。みんなに「橋下さんが出てくれないと、この国はまとまらない」と担ぎ上げられるのを待っているんです。
 橋下さんが首相になるなんて、極端な話だと思うかもしれません。でも、思い出してみれば、小泉元首相だってかつては「変な人」「極端なことを言う人」という位置づけで、誰も首相になるなんて思っていなかった。今、国会にもう人材がいなくて、総理大臣になってほしい人というのがぱっと思い浮かばないような状況だし、そういうときにこういう人がドーンと出てくるという現象は起きかねないと思います。
 そうなれば、身近な敵をどんどんつくってバッシングして、それによって支持を集めていくという政治のやり方が、どんどん拡大していくという可能性もある。僕は、これは日本の政治の一番大きな危機なんじゃないかと思います。

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夏の参院選からは少し時間が経ってしまいましたが、
中島さんが指摘する「世論の危険性」は今も全く変わっていないと言えそう。
「気分」に流されるのでなく、しっかりと考え、判断する。
私たち一人ひとりに、その自覚が求められます。

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中島岳志さんプロフィール

中島岳志 なかじま たけし1975年生まれ。北海道大学准教授。専門は、南アジア地域研究、近代政治思想史。著書に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)、『中村屋のボース─インド独立戦争と近代日本のアジア主義』(白水社)、『パール判事─東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社)、西部邁との対談『保守問答』(講談社)、姜尚中との対談『日本 根拠地からの問い』(毎日新聞社)など多数。「ビッグイシュー」のサポーターであり、「週刊金曜日」の編集委員を務めるなど、思想を超えて幅広い論者やメディアとの交流を行なっている。近著『朝日平吾の鬱屈』(双書Zero)

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