ホームへ
もくじへ
教えて!山田先生
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回
その「実力」の程度は?
7月5日の北朝鮮によるミサイル発射騒動で、
日本国内では「敵基地攻撃論」や「先制攻撃論」、そして「核武装論」など
日本の防衛をめぐる議論が活発になりました。
この連続講座では、あの騒動から浮かび上がった日本の防衛に関する
素朴な疑問について、一つひとつ具体的に探っていきます。
山田先生 やまだ あきら 1956年大阪府生まれ。愛知教育大学卒後、東京都立大学大学院博士課程を経て、明治大学文学部教授。日本近現代史、軍事史、天皇制論、歴史教育論が専門。おもな著書に『護憲派のための軍事入門』花伝社『軍備拡張の近代史-日本軍の誇張と崩壊』吉川弘文館『歴史修正主義の克服-ゆがめられた<戦争論>を問う』高文研

本題に入る前に、北朝鮮が現在持っているミサイルの数や性能について最低限の基礎知識としてまず教えてください。
 北朝鮮が正式に公表していないので、100%正しいデータはもちろんわかりませんが、防衛庁の外郭団体である(財)ディフェンス・リサーチ・センター『国際軍事データ2006』(朝雲新聞社、2006年1月刊)によれば、次のとおりです。
各ミサイル性能
ミサイルの名称 射程距離 配備数 発射方法
スカッドB 300km 120 地下サイロから※車載可能
スカッドC 500km 180 地下サイロから※車載可能
ノドン 1,300km 200 地下サイロから
テポドン1 1,500km 開発中 地下サイロから
テポドン2 6,000km 開発中 地下サイロから
しかし、『防衛白書』などもデータを使っている『ミリタリーバランス2006』(各国の軍事情勢や地域情勢をまとめた英国シンクタンク国際戦略研究所の年次報告書、2006年5月刊)によれば、ノドンの配備数は10基以上(あるいは90基以上)、スカッドBとスカッドCは合わせて30基以上(あるいは200基以上)とかなり幅を持たせた推定になっています。テポドンについては、実戦配備されていないため全く言及していません。
 スカッドB、Cは韓国を、ノドンは日本を、そしてテポドンはアメリカをそれぞれ攻撃対象にしていると言われています(図1参照)。日本向けのノドンは10基以上、90基以上あるいは200基と推定値もバラバラです。『ミリタリーバランス』は北朝鮮や中国など実態のよく分からない国の戦力について、詳しいデータがない段階でも実戦配備されているとみなしてカウントする傾向がありますが、防衛庁筋(ディフェンス・リサーチ・センター)の推計はさらにそれに上乗せをした数字になっています。したがって、ノドン200基というのは、かなり過大な推定だと思われます。
発射方法で「地下サイロから」とありますが、これは地下に基地があって、発射口が左右に開いてミサイルが発射されるという……たとえば「サンダーバード」などで見るような方法だと思えばいいのですか。
だいたい、そのような感じのものを想像していただいてけっこうです。
車載可能というのは?
 北朝鮮の軍事パレードを伝えるニュースなどで、ミサイルを搭載した大型トレーラーの映像がよく流れます(あれは実際にはほとんどが地対空ミサイルです)が、スカッドミサイルはあのようにトレーラーに乗せて移動し、その場から発射することも可能です。
7月5日のミサイル発射騒動の報道では、宇宙ロケットの発射台のようにやぐらを組んで、発射に備えるテポドンの映像が何度も流れましたが、あれはテポドンに限ったことなんですか。
 今回のミサイル発射はあくまでも実験ですから、あのようにやぐらを組むのであって、実戦用に配備されたノドンやテポドンなどがあるとすれば、軍事偵察衛星などに発見されないように、また簡単に破壊されないように、それらは地下サイロにあります。また、スカッド級ミサイルは地下サイロに配備するか、トレーラーに積んでいるでしょう。
このあいだはテポドン2を含む7発のミサイルが発射されました。それにしてもあの時期にミサイル発射実験をすることは北朝鮮に何のメリットもないように思えますが?
 やはり北朝鮮の通常戦力が全体として老朽化しているので、アメリカなどにあなどられてはならないという思いがあるのでしょう。それから米軍再編も大きな理由だと思います。在日米軍がグアムに移転することで日本国内の米軍は減りますけど、グアムの米軍自体は増強されていますし、空母機動部隊を増やすなど西太平洋というレベルで見ると米軍はかなり増強されつつあります。これは北朝鮮にとっては相当な圧力です。なので、日本からグアムに米軍が下がっても、「テポドンで攻撃できるぞ」という姿勢を示す必要があったのでしょう。

とはいえ、北朝鮮側もちゃんと考えていて、イラクが泥沼化している今ならミサイル発射実験をしてもアメリカが本気になって攻撃してこないという計算もあったはずです。だから、あらかじめ発射することをアメリカに伝えるためにも、いきなり地下サイロから撃つのではなく、わざわざやぐらを組んだり、燃料注入に時間をかけたりして、「これは実験ですよ」とアピールしていたわけです。
あの実験自体は北朝鮮にとって成功だったのですか。
 今回の実験では、北朝鮮が想定した(事前に警告していた)三角海域に全てのミサイルが落下しているので、ミサイルの精度は実戦配備段階に達したという評価が一部ではあります。ただ、短い距離に向けての発射実験ですからアメリカを狙うことを想定しているテポドンの実験としては不十分です。本当にアメリカを狙ったミサイルを開発するのであれば、最大の射程距離まで飛ばす実験を何回かしなくてはなりません。中国もかつて、ICBM(大陸間弾道弾)を完成させるために中国から南太平洋にミサイルを撃ちこむ実験をしました。当然、テポドンクラスになればそういう実験が必要になります。ですので、アメリカはこのあいだの実験結果をそれほど恐怖に感じていないと思います。

 ただし、日本の場合は別です。ノドン級ミサイルで日本まで十分届くのですからね。実際の配備数はよく分からないにしても、北朝鮮が日本に向けてノドンを同時に何発も飛ばす実力をすでに持っていることを現実として認識しなくてはなりません。

そこで、額賀福志郎防衛庁長官をはじめ自民党議員を中心に「日本も敵基地攻撃能力を持つことを検討すべきだ」という意見が出てきたわけですね。簡単に言えば、北朝鮮がミサイルを発射する前にミサイル基地を叩いてしまえということですが、そもそも現在の日本にその能力はあるのですか。
 日本単独で敵基地を攻撃するということであれば、その能力は現状ではまったくありません。敵基地を攻撃するには、長距離射程のミサイル、戦略爆撃機、空母などが必要ですが、憲法9条による「専守防衛」という縛りがある日本は、そのいずれも持っていません。他国を攻めない、日本を守るための武力を持つというのが「専守防衛」ですから、当然これらの武器は必要ないですよね。

 それだけでなく、日本が保有している戦闘機などにも「専守防衛の縛り」はきいています。たとえば、自衛隊が203機保有する戦闘機F15は航続距離が5,000kmあり、北朝鮮のどこにでも行って日本に帰ってくることができます。でも、地上攻撃用のミサイルは積んでおらず、戦闘機を迎撃する対空用兵器しか積んでいません。つまり、海に囲まれている日本を守るための兵器としては、侵略してくる艦船や航空機に対する武器があればいいのであって、地上を攻撃する武器は必要ないということなんです。
F2&F3
 また、日本にはF2という支援戦闘機が61機あり、この戦闘機には対艦ミサイルが積めます。対艦ミサイルは射程距離が短いのですが、飛距離を延伸させれば立派な対地攻撃用ミサイルになります。日本の対艦ミサイルは小型ですが、非常に良好な誘導性能(アクティブレーダーホーミング、赤外線画像誘導などの技術によるもの)を持っていると言われていますので、これを改良すればピンポイント攻撃が可能な空対地ミサイルになります。しかし、このF2にも現状では「専守防衛の縛り」がきいています。F2はアメリカのF16(航続距離4,000km)を改良した戦闘機ですが、航続距離をF16の約半分(2,000km)にしています。つまり、F2は少しの改良で対地攻撃ができるので、航続距離を短くすることで、それをできないようにしているのです。
となると、敵基地攻撃なんて今の日本には全く無理な話なんですね。
 はい。ただし、F2に搭載した対艦ミサイルのように、ほんの少しの改良で敵基地を攻撃する能力を持つことができますので、現状の武器が全く役に立たないということではありません。手っ取り早くその能力を持とうとするならば、F15に対地攻撃用のミサイルを積むだけで済みます。北朝鮮が日本向けに配備しているノドンの射程は1,300km。これに対してF15の航続距離は前述のように5,000kmですから、日本から北朝鮮のミサイル基地まで2往復近くできるわけです。

 また、先ほど話したF2にしても、航続距離を延ばすような本格的改良をしなくても、空中給油機によって途中で燃料を補給すれば北朝鮮のミサイル基地まで行けるわけです。それから護衛艦から発射する対艦ミサイルも使い方や改良の仕方によっては地上攻撃用に使えます。だから、ほんの少しの改良・工夫をすれば、日本の現状の兵器でも敵基地攻撃が可能になります。アメリカの協力がもちろん必要になりますが、やろうと思えば半年以内に敵基地攻撃用の装備を応急的に完了させることができるでしょう。

ですので、現状の日本の兵器を格段に増やすことや性能を飛躍的に向上させることなく、当面の脅威であるノドンの発射基地を攻撃することは技術的には可能なのです。むしろ現状は、「専守防衛による縛り」によってそれがギリギリできないのであって、やろうという意志が強まれば簡単にその方向に進むことができるのです。
北朝鮮のミサイルの威力があなどれないこと、そして
日本の軍事力も使い方次第では相当なものだということがよく分かりました。
次回は、アメリカの攻撃力はどの程度のものなのかについてお聞きします。


ご意見募集!
ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ