マガジン9

憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン。

「マガジン9」トップページへ立憲政治の道しるべ:バックナンバーへ

2013-06-05up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第21回

憲法改正問題に係る国民投票
―検討がまだ始まらない、もう一つの制度―

国民投票法「3つの宿題」をきっかけに

 国民投票法の附則3条、11条及び12条が定める、いわゆる「3つの宿題」に対して、政治の熱が上がってきました。明日(2013年6月6日)の衆議院憲法審査会で、1年3か月ぶりに議題となり、フリーディスカッションが行われます。安倍政権下では初めてです。

 「3つの宿題」は憲法改正の中身ではなく、もっぱら憲法改正手続上の問題です。

 “手続上”といっても、法制度の見直しというスケールの大きな話になります。宿題の解決には、かなりの政治的エネルギーが必要で、技術的な検討を要します。憲法改正の具体的な中身の方が論じ易く、政局的にも興味が惹かれるかもしれませんが、宿題が未解決では、憲法構造が連鎖して不安定になります。宿題をこれ以上放置するわけにはいかないのです(自然と解決はされません。論点として温存することに、何の意味もありません)。衆議院憲法審査会では、一過性の議論に終わらせないよう、“最終ゴール”を見据えた合意形成を行うべきです。

 「3つの宿題」とは何だったか。まずは確認です。

 1つ目の宿題(附則3条)は、選挙年齢、民法成年年齢等の18歳引き下げ等、年齢条項の見直しに関するものです。この検討が進んでいないことで、国民投票年齢が18歳か20歳か、いまだに解釈が確定していない問題があることは、前回(第20回)解説しました。

 2つ目の宿題(附則11条)は、国家公務員・地方公務員が行う国民投票運動(憲法改正案に対し、賛成又は反対の投票をし、又はしないよう勧誘する行為)を「原則として自由」とするため、これに制限を課す各種の公務員法の規定の適用を除外することです。法的には、公務員の国民投票運動に関し、許される行為と許されない行為を仕分ける作業が必要です。この問題は回を改めて解説します。

 3つ目の宿題(附則12条)は、「憲法改正問題に係る国民投票制度」を検討することです。

 憲法改正問題国民投票とは、一体どのような制度でしょうか。これが今回のテーマです。
 「今後、どのような制度設計が始まるのか」、「いつ、何を対象に国民投票を実施するのか」、「投票はどのような方式で行うのか」、「投票の結果に法的拘束力はあるのか」など、憲法96条が定める憲法改正国民投票との違いを明らかにしつつ、解説していきます。

憲法改正問題国民投票とは

 国民投票法の附則12条は、3つ目の宿題を次のように規定しています。

【附則12条】(憲法改正問題についての国民投票制度に関する検討)
 国は、この規定の施行後速やかに、憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題についての国民投票制度に関し、その意義及び必要性の有無について、日本国憲法の採用する間接民主制との整合性の確保その他の観点から検討を加え、必要な措置を講ずるものとする。

 まず、憲法改正国民投票制度とは、「憲法改正を要する問題」と「憲法改正の対象となり得る問題」を対象とするものです。憲法96条は、憲法改正の承認に係る国民投票を定めていますが、こちらは「憲法問題」を対象とする国民投票です。憲法改正に関するテーマ、個別論点と言ったほうが分かりやすいでしょう。野党時代の民主党が主張した「国政の重要問題に係る一般的な国民投票制度」の導入を検討するための条文ではありません。この点は注意が必要です。

 「憲法改正を要する問題」とは、憲法の条文を改正しなければ実現できない、政策テーマです。

01.一院制国会を導入すること
02.国会議員の任期を変更すること
03.国会の改憲発議要件を緩和すること 

 などが挙げられます。

 「憲法改正の対象となり得る問題」とは、条文改正までは必要ありませんが(憲法解釈、立法政策、運用で対応可能)、将来的には憲法改正のテーマにもなりうるものです。

04.女性・女性天皇等、皇位継承の範囲を変更すること
05.通年国会制を導入すること
06.道州制を導入すること
07.政党の位置付けを明確にすること
08.財政健全化条項を置くこと
09.複数年度予算制を導入すること
10.私学助成を明文化すること

 などが挙げられます。
 「憲法改正を要する問題」と「憲法改正の対象となり得る問題」の違いを、イメージしていただいたでしょうか(本稿は、01.~10.までの是非論に立ち入るものではありません)。

 憲法改正の発議権を有する国会が、01.~10.など任意で選ぶテーマに対して国民の賛否を問うのが、憲法改正問題国民投票なのです(これ自体、「憲法改正の対象となり得る問題」と言えなくはありません)。
 国会が憲法改正問題国民投票を発議するかどうかは任意(自由)です。諮問的国民投票の一類型で、設問はマスコミが世論調査で用いる方式と似ています。憲法改正案(条文案)に対するものではなく、例えば06.であれば、「道州制を導入することに賛成ですか、反対ですか」というような諮問を行います。
 憲法改正問題国民投票は当然、憲法改正国民投票(本番投票)よりも先行して実施します。その趣旨が、国会が国民の意向をあらかじめ調査するためだからです。
 国民投票の結果、賛成が過半数となったとします。その結果に法的な拘束力はありませんが(附則12条「間接民主制との整合性」)、憲法改正の発議という、次のステップの議論に進んでいきます(進まなくても憲法上の問題は生じません)。

*投票用紙の記載イメージです。賛成・反対のいずれか、投票用紙の空欄に「○印」を付します。
*いずれでもない場合には、空欄のまま、投票します。
*設問は複数に及ぶことが考えられます。

(設問) 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
賛成                    
反対                    

 この「3つ目の宿題」を検討した結果、憲法改正問題国民投票を実施することになったときには、現在の国民投票法とは別に、「○○(テーマ)に関する国民投票法」という時限的な法律を制定しなければなりません。想定されるスケジュールは、以下のとおりです。

憲法改正問題国民投票 →→→ 憲法改正国民投票 のスケジュール

【1】 憲法改正問題国民投票制度(国民投票法附則12条)の検討
国民投票法の公布日(2007/05/18)以降、宿題は放置されている。
    ↓
【2】 憲法改正問題国民投票を制度化することで与野党が合意
    ↓  
【3】 テーマの選定  
    ↓  
【4】 「○○(テーマ)に関する国民投票法」の制定  
    ↓  
【5】 ○○(テーマ)に関する国民投票の発議(各議院の出席議員の過半数)

先行投票
    ↓
【6】 ○○(テーマ)に関する国民投票 *結果の確定(法的拘束力なし) 

    ↓  
【7】 ○○(条文案)に係る憲法改正の発議(各議院の総議員の3分の2以上)

本番投票
    ↓
【8】 ○○(条文案)に関する国民投票 *結果の確定(法的拘束力あり) 

 憲法改正というと、いきなり【7】→【8】と進むものと一般的に理解されています。
 しかし、そうではありません。まず、憲法改正問題国民投票を先行実施することを検討するというのが国民投票法附則12条(3つ目の宿題)の趣旨です。道のりは長いのです。これからようやく検討が始まろうというのです。

 1つ目、2つ目の宿題とは違い、検討の期限が設けられていません。前回(第20回)紹介しましたが、附則3条(及び11条)には「この法律が施行されるまでの間に」との文言が入っているのに対し、附則12条にはありません。今後、憲法改正問題国民投票を政治的テーマに上げ、【1】→【2】と進むだけでも、さらに数年はかかるというのが私の見立てです。

 反対に、憲法改正(【7】→【8】)を急ぐあまり、憲法改正問題国民投票の検討を無視しても、院内の3分の2以上の合意が得られないリスク、憲法改正国民投票(本番投票)で過半数の承認を得られないリスクを抱え込むことになります。夜道で急アクセルを踏むようなものです。

 先行投票と本番投票。在職議員がどのような問題意識を持ち、展開を描いているのか、明日の衆議院憲法審査会でしっかりと確認したいと思います。

(補記)
 「成年被後見人の選挙権の回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律」が公布されました(2013年5月31日法律第21号)。政省令の一部改正とともに7月1日に施行されます。
 成年被後見人は、選挙だけでなく、憲法改正国民投票においても投票が可能になりました。

←前へ次へ→

「憲法改正」が一部の政治家から声高に叫ばれる一方で、
ここにもまた、放置されたままの「宿題」が。
南部さんも指摘しているように、
そこに見ないふりをして突き進んでいけば、
どこかで歪みが出てくることは避けられないのでは?
「改憲」を叫ぶ前に、考えるべきこと、やるべきことはたくさんありそうです。

ご意見.ご感想をお寄せください。

googleサイト内検索
カスタム検索
南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

「立憲政治の道しるべ」
最新10title

バックナンバー一覧へ→

南部義典さん登場コンテンツ
【この人に聞きたい】
南部義典さんに聞いた