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2013-05-22up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第20回

実は決まっていない、
憲法改正国民投票の投票年齢

96条先行改正論は、「物置の奥」へ

 先日まで、意気揚々としていた「96条先行改正論」。96条1項が定める国会の改憲発議要件を「総議員の3分の2以上」から「過半数」へと引き下げることを、他の憲法改正より先に行うべきとする問題提起でした。

 しかし、国民の賛同が拡がっていません。いくつかの世論調査で明らかです。所詮、にわか仕込みだったのです。理論的にも深化していません。衆議院憲法審査会の自由討議(2013年5月9日)では、苦し紛れに、「"5分の3"が落としどころになる」との意見、「条項によって"3分の2"、"過半数"と発議要件に高低を付けてはどうか」というダブルスタンダードまで飛び出す始末…。

 現実観察として、96条先行改正論は、「物置の奥」に押し込められました。再登板の機会は、もはや無いでしょう。

18歳? 20歳? たな晒しの「国民投票年齢」

 96条先行改正論のように、一部の政治家のテンションが上がって、憲法改正問題として火が付くということがあります。政治現象としてはありえますが、法的な条件が整っていることはもちろん、政治的正統性に即した憲法改正論議でなければ、一過性の、単なる主義主張の表明で終わります。法的な条件が整っていない段階での憲法改正論議、政治的正統性から逸れた憲法改正論議は、実現可能性も何もない、欲求充足型の妄想です。55年体制以降、国民はこのことを学習済みのはずです。

 この点、憲法改正手続きに係る法的な条件に関し、ある"重大な問題"が長らく放置されていることを看過できません。それは、国民投票の投票年齢の問題です。

 現在、国会は憲法改正の発議をすることはできます。しかしその後、国民の承認を求めるための国民投票に付すことができません。国民投票年齢が、18歳以上なのか、20歳以上なのか、いまだに確定していないからです。手続上、これが障碍となることは自明です。今回は、問題の発端である国民投票法の制定経緯を振り返り、"国民投票年齢の未確定問題"を炙り出していきます。

国民投票法の立場

 国民投票法は2007年5月14日、参議院で可決、成立しました。同18日に公布、3年を過ぎた2010年5月18日に、全面施行されました。
 公布とは、法律の内容を国民に広く知らせることであり、施行とはその法律が効力を持つことです。内容によりますが、法律(新規、改正いずれも)は公布から施行まで、一定の周知・準備期間が置かれることが通例です。

 国民投票に参加できる年齢資格に関して、国民投票法3条は「日本国民で年齢満18年以上の者は、国民投票の投票権を有する」と定め、18歳国民投票権を明文化しています。

選挙年齢との一致を

 18歳国民投票権の採用は、公職選挙に参加できる年齢資格(選挙年齢)と一致させるという前提条件がありました。(1)国民投票に対する参加権、選挙に対する参加権、これら二つは参政権として同種のものであること、(2)海外でも国民投票年齢と選挙年齢を一致させている立法が通例であること、が主な理由です。

 選挙年齢は、公職選挙法という別の法律が定めています。ご存じのとおり、選挙年齢は満20歳以上とされています。もし、現状のままとすると、「国民投票年齢は18歳以上、選挙年齢は20歳以上」というように、年齢における不一致が生じ、私たち有権者の側に大きな混乱をもたらします。法制度上、これは適切ではありません。

 したがって、国民投票法は、附則に以下のような条文を置いて、選挙年齢を18歳以上とするための「法制上の措置」を、政府に命じました。

(施行期日)
附則第1条 この法律は、公布の日から起算して3年を経過した日から施行する。ただし、(略)、附則第3条第1項、(略)の規定は、公布の日から施行する。
(法制上の措置)
附則第3条 国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法(明治29年法律第89号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
2 前項の法制上の措置が講ぜられ、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間、第3条、(略)の規定の適用については、これらの規定中「満18年以上」とあるのは、「満20年以上」とする。

国民投票法は、18歳選挙権法の実現を求めていた

 法律が公布されて施行されるまでの間、一定の周知・準備期間が置かれることに、先ほど触れました。国民投票法は2007(平成19)年5月18日に公布され、3年が経過した2010(平成22)年5月18日に施行されました。3年間に及ぶ、周知・準備期間が用意されていたわけです。

 その間、附則3条1項が定めるように、選挙年齢を18歳以上とするための改正法(公職選挙法の一部を改正する法律。本稿では「18歳選挙権法」と呼びます)を実現するべく、政府に検討措置が命じられたという次第です。この義務は、附則1条により、公布の日から発生しています。18歳選挙権法の制定に向けて、早速取りかかろうという趣旨です。しかも、3年間という期限付きです。

 ここで、附則3条1項の「法制上の措置」とは具体的に何を指すのか、附則3条2項はどういう意味があるのか、字面だけでは判りづらく、解釈の問題になります。
 18歳選挙権法は、どのような制定経過を辿るべきだったのかが、今回のテーマの核心部分です。文章だけの解説は難しいので、当時の立法担当者の考えをもとに、図で説明します。 

 (図1)は、18歳選挙権法が2009年4月1日に公布され、その施行が2年後、2011年4月1日であるという、立法者のシミュレーションです(説明を分かりやすくするため、日付は筆者が記しました)。少なくとも18歳選挙権法の公布が、国民投票法の施行日(2010年5月18日)よりも前に行われ、18歳選挙権法の施行は、国民投票法の施行日より後になっても構わないという前提です。

 この場合、国民投票法の施行日より後に、18歳選挙権法の施行日(2011年4月1日)が到来します。このわずか10か月間において、何も法的な調整を行わなければ、「国民投票年齢が18歳以上、選挙年齢が20歳以上」と、食い違うことになります。そこで附則3条2項は、やや解き難い表現ではありますが、国民投票年齢を18歳以上ではなく「20歳以上と読み替える」規定を置いて、(図1)のとおり、両者の食い違いを解消することとしているのです。

理想形との違い

 国民投票法の立法担当者の考え方は、(図1)のようなものでしたが、理想形をあえて示せば、(図2)のようになります。

(図2)は18歳選挙権法が2009年4月1日に公布され、2010年4月1日に施行されるというシミュレーションです。(図1)とは逆に、国民投票法の施行日の前に、18歳選挙権法の施行日が到来しています。国民投票法の施行日には、国民投票年齢と選挙年齢はともに18歳以上となり、両者が食い違う期間が生じません。この意味で、理想形なのです。附則3条2項のような読み替え規定を、そもそも置く必要がないことになります。

(図2)の理想形をご覧いただいたことで、国民投票法の立法担当者があえて、附則3条2項を置いた理由が明確になると思います。つまり「政府の責任において、国民投票法の施行までに18歳選挙権法を必ず実現する。18歳選挙権法の公布までは可能としても、それが国民投票法の施行日の直前になってしまうこともあり、18歳選挙権法の施行が国民投票法の施行よりも後れてしまうことも想定される。したがって、そのような万が一のときのために、国民投票年齢と選挙年齢の不一致を調整するために置いたのが、附則3条2項の読み替え規定である」ということなのです。

(図1)が2007年当時、採用されていた考え方です。(図2)と比較しながらご覧いただければ、理想形を採らず、一定のリスクに配慮した趣旨が理解いただけるでしょう。

今日まで実現していない、18歳選挙権法。
これが、すべての原因

 現在はどのような状況でしょうか。(図3)をご覧ください。

 18歳選挙権法は、公布、施行されるどころか、議論すら進んでいません。国民投票法の施行日をとっくに徒過し、さらに3年間が経っています。立法不作為は、今日までずっと続いています。立法担当者にとって、全く想定外の事態です。

 現在、選挙年齢が20歳以上であることは間違いありません。
 問題は、国民投票年齢です。早晩、改めて問われます。国民投票法がすでに施行されている中、憲法改正国民投票が行われるとしたら、国民投票年齢は18歳以上か、20歳以上か、いずれに確定するのでしょうか。

 まず、国民投票年齢を18歳以上と解釈する説は、本則3条の規定を重視し、原則的に扱うものですが、選挙年齢(20歳)との食い違いを正面から認めることになってしまいます。両者は一致させるべきとする、立法者の考えに反します。

 また、国民投票年齢を20歳以上と解釈する説は、附則3条2項の趣旨を広く捉え、選挙年齢と一致させることで上記の批判をかわそうとするものです。しかし、(図1)で先ほど説明したように、附則3条2項は、国民投票法の施行日までに、少なくとも18歳選挙権法が公布されていることを想定していました。18歳選挙権法が成立していない現状で、当条項をあてはめることはできません。

 したがって、本稿冒頭で述べたとおり、国民投票年齢は18歳以上か、20歳以上か、いずれかに確定することができないのが現状です。"立法上の想定外"というのは、実に恐ろしいことです。国会では今や、解釈を確定させようとする努力すら見られません。

国民投票の行政実務はどうなっているか

 国民投票が実施される場合に、市町村は投票人名簿を調製しなければなりません(国民投票法20条)。国民投票年齢が確定しないのでは、要件を欠くことになり、名簿を調製することはできないはずです。
 国民投票事務に対する影響が問題となります。

 2008年度から09年度にかけて、国から全市町村に対する交付金事業として「投票人名簿システム構築事業」(執行ベースで約60億円)が実施されました。現在までに、事業はすべて完了しています。事業の「要件定義書」(2008年9月版)によると、「18歳以上、20歳以上、いずれも選定できるシステムとする」となっています。現状は即応可能で、18歳以上の投票人名簿も、20歳以上の投票人名簿も、調製することができます。
 もっとも、市町村は国民投票年齢を自由に判断できません。国会の責任で、国民投票年齢をできるだけ早期に確定させることが期待されています。

国民投票年齢と選挙年齢との、乱暴な「切り分け論」

 国民投票年齢の問題は、憲法改正発議のさい、法的な障碍になります。(図3)のように、想定外の事態が現実となっています。放置しても、自然解決には至りません。18歳選挙権法が実現しないことを、元来誰も想定していないわけですから、国民投票年齢を18歳以上とも、20歳以上とも、後付にも合理的な解釈を行うことができない(説明がつかない)のです。
 そこで、想定外と評価されないよう、法的な障碍を除去するべく、立法上の工夫をしようという動きが出てきています。

 日本維新の会は、国民投票法の附則3条を「削除」すること等を内容とする法案(国民投票法の一部を改正する法律案)を、衆議院に提出しました(2013年5月16日)。国民投票年齢と選挙年齢を一致させるという前提条件(2007年)のもと、18歳選挙権法の整備が今日まで行われていないことが解釈上の困難をもたらしているという問題意識です。附則3条を条文ごと削除してしまえば、国民投票年齢は18歳以上、選挙年齢は20歳以上と、法的連関は否定され、問題が一件落着するというわけです。

 維新案は、国民投票年齢を20歳以上とし、選挙年齢と無理やり揃えない点だけは、評価すべきかもしれません。しかし、実際には18歳国民投票権を貫徹するというより、憲法改正発議の手続上の障碍を取り除きたいという動機が優先されています。国民投票法の制定時(2007年)、18歳国民投票権が導入された背景の議論や18歳選挙権の実現に向けた立法者の意思を否定し、年齢条項見直し論議をゼロベースに戻してしまいます。

 維新案を容認すれば、18歳国民投票権はともかく、18歳選挙権法の立法機運が、数年、数十年単位で損なわれることになりかねません。乱暴な「切り分け論」です。

18歳成年ほか、さらなる国民的議論を

 本稿では、18歳選挙権法のみに着目し立論を進めてきました。ここで、附則3条1項を改めてご覧ください。
 下線を引かなかった部分に、「成年年齢を定める民法、その他の法令について見直しを行う」とあります。選挙年齢だけが対象ではありません。民法の成年年齢(一般に成人年齢といわれます)、その他の法令上のさまざまな"年齢条項"を体系的に整理することが意図されていたことが読み取れます。

 附則3条の「国政選挙に参加することができること等となるよう」という文言は、国民投票年齢が18歳以上となる、法的条件を示しています。どのような立法措置を行えば、条件が成就したといえるのか、「その他の法令」の具体的な範囲等、その時々の国会が、賢明な判断を下さなければなりません。本来であれば、国民投票法の施行日までに、法制上の措置を完了していなければならなかったわけですが、責任の所在がはっきりしない以上、過去を悔いても仕方ありません。この点に関しては、回を改めて論及します。

 「石の上にも三年」という諺(ことわざ)があります。熟議を重ね、合意を形成していくためには、一定の我慢と忍耐が必要です。そうは言っても、国民投票法の公布から全面施行まで3年、全面施行から今日まで3年、すでに6年が過ぎました。国民にとって、国民投票法にとって、この諺は3周期目に入っています。

 世界中どこを探しても、"国民投票年齢が確定しない"、そんなバカな民主国家は存在しません。この程度の議論が冷静、堅実にできないようでは、日本は到底、真の立憲国家とはいえません。96条先行改正論を惰性で続ける時間と余裕があるのなら、まずは国民投票年齢の問題の解決に向け、あらゆる努力を重ねるべきです。

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声高に「改憲」が叫ばれる一方で、
こんな基本的なことが放置されたまま、といういびつさ。
改憲議論が政局がらみに、国民を置き去りにしたまま、
十分な議論もなしに進められてきたことの証左といえるかもしれません。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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