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2013-01-23up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第11回

内閣による憲法解釈の実際(前編)
-集団的自衛権行使をめぐって-

▼憲法第9条の解釈変更に着手?

 昨年12月26日、第2次安倍内閣が発足しました。その施政方針は1月28日に召集される通常国会冒頭、衆参本会議での演説で明らかになります。安倍カラ―がどう滲み出てくるのか―なかでも、政府解釈として禁止されている「集団的自衛権の行使」を容認する方向で、2月に訪米する前にも、有識者会議で議論する意向であるとの報道があります(*1)。その真意は、施政方針演説のなかで触れられるはずですが、首相が是とする解釈のあり様(内容的には、自由民主党「日本国憲法改正草案」第9条及び第9条の2の規定を“傘”にして、集団的自衛権行使の類型が追加されていくことでしょう)に対しては、国会、そして国民自らが痛棒を加えることが必要です。国民に対して説明責任を尽くしていない“独創的な憲法解釈”は、立憲政治の現場において、到底許されるものではありません。

 集団的自衛権の行使を容認するということは、当然、憲法第9条第1項に係る政府解釈を変更することを意味します。確認の意味で、現在の政府解釈を紹介します。

 「憲法第9条第1項は、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものではなく、個別的、集団的を問わず、自衛権を有することは主権国家である以上、当然である。憲法第9条の下で許される自衛権の行使は、わが国を防衛する必要最小限度にとどまるべきであり、集団的自衛権の行使は、その範囲を超え、許されない」
 また、政府解釈を変更することに関して、一般論として「政府の憲法解釈は、それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたものであり、自由に変更できる性質のものではない。政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更することは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させるものであり、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なうおそれもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見て問題がある」(*2)

 この政府解釈は、戦後政治のなかで培われ、維持されてきた考え方です。数回の政権交代があっても変わることなく、支持されてきました。それにもかかわらず、安倍首相は憲法第9条の改正をしばらく横に置くかたちで、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈を180度反転させようとしている(つまり、解釈改憲)のです。安倍さんだから仕方ない、というムードがあるのかもしれません。政権発足から1か月が経ちますが、その意図するところに対して、まだ誰も追及できていません。

 憲法論として解釈改憲という手法を是認できるかどうか、外交防衛政策上、集団的自衛権の行使の是非及びその範囲をどうするかという議論は、様々ありうるところです。
 しかし、そもそも論として、政府(内閣)は、どのように憲法解釈を行っているのか、どのように憲法解釈を確定し又は変更しているのか、その手続面についてはあまり知られていません。
 そこで今回は、内閣による憲法解釈の実際を検証するとともに、歯止めをかける術があるのか、あるとすればそれはどのような手段か、論じていきます。

(*1)東京新聞「集団的自衛権 行使容認 訪米前 有識者で再議論」2013年1月18日配信
(*2)第136回国会衆議院予算委員会(1996 年2月27日)における大森政輔内閣法制局長官の答弁(会議録第19号p.30)、「衆議院議員島聡君提出政府の憲法解釈変更に関する質問に対する答弁書」(2004年6月18日)等参照。内閣法制局が解釈の変更を行ったのは、「文民」(憲法第66条第2項)の意義について一度だけです。

▼内閣による憲法解釈の実際

 内閣はいつ、どのような憲法解釈を行うのか。その内容をどうやって知ることができるのか。内閣による憲法解釈の実際は、突き詰めてみれば、国民に対するかなりの説明不足があります。実は、多くの国会議員もその制度ないし構造を理解していないおそれがあります。

 この点例えば、「内閣は○年○月○日、憲法第○条に関する解釈を次のように行いましたので、お知らせいたします」というような告示がその都度行われれば、国民はその内容を文書で知ることができます。他の国家機関(国会、裁判所)も、その告示内容を参考にすることができます。
 しかし、このような憲法解釈に関する告示は、一切行われません。法制度上、そのようなことはまったく想定されていません。

 また、首相官邸では、毎週火曜日と金曜日を定例日として閣議が行われていますが、憲法解釈の確定又は変更が、閣議案件として上がることはありません。閣議の後には閣僚懇談会が行われますが、憲法解釈に関して真摯な議論が交わされたという話は、聞いたことがありません(55年体制下で、憲法論議がタブーだったという背景もあります)。

 「内閣がその職務を行うのは、閣議によるものとする」という内閣法第4条第1項の規定があります。国会に提出する法律案の決定、政令の制定、国会議員から提出された質問主意書に対する答弁書の決定、人事案件の決定、時として国民栄誉賞の授与など、様々な事項が閣議案件とされています。憲法解釈の確定又は変更は、憲法政治の運営上重要な事項であるはずですが、閣議案件の対象外なのです。

 実際、内閣における憲法解釈は、内閣法制局という内閣直属の一機関(内閣法制局設置法(昭和27年7月31日法律第252号)第1条)が、内閣を補佐する立場で示す憲法解釈(内閣が国会に提出する法律案、内閣が制定する政令等の憲法適合性の審査を通じて行われます)(*3)、又は国会の委員会で内閣法制局長官が行う憲法解釈に係る答弁(*4)が行われた場合で、内閣が異議を挟まないときに、政府の有権解釈(*5)として確定しているのです。

 憲法解釈を変更する場合も同じです。憲法が公務員等に対し憲法尊重擁護義務を課している関係で(憲法第99条)、「尊重擁護」の中身が食い違わないよう、専門的な見地で憲法解釈を統一させるのは重要な役割だといえるでしょう。

(*3)憲法解釈に係る権限に関して、内閣法制局設置法第3条は、閣議に附される法律案、政令案及び条約案を審査し、これに意見を附し、及び所要の修正を加えて、内閣に上申すること(第1号)、法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること(第3号)を定めています(審査事務及び意見事務)。意見事務のうち、各省庁からの照会に対する文書による回答を「法制意見」、口頭によるものを「口頭意見回答」といいます。
(*4)「内閣は、国会において内閣総理大臣その他の国務大臣を補佐するため、両議院の議長の承認を得て、人事院総裁、内閣法制局長官、公正取引委員会委員長、原子力規制委員会委員長及び公害等調整委員会委員長を政府特別補佐人として議院の会議又は委員会に出席させることができる」(国会法第69条第2項)とされ、憲法解釈に関しては、内閣総理大臣、内閣官房長官、各省大臣のいずれでもなく、政府特別補佐人である内閣法制局長官が行うのが通例とされています。
(*5)有権解釈とは、憲法その他の法令の適用に際して、国の機関が行う解釈をいいます。

▼内閣法制局解釈の絶対性?

 内閣による憲法解釈。実際の決定方法は、内閣の黙認(黙示による同意)という消極的な方法によることを指摘しました。
 この点、憲法、内閣法には、解釈の権威付けに関する規定を置いていないにもかかわらず、内閣法制局の見解、長官の答弁が、政治部門(国会・内閣)においてかなりの権威を持ち、事実上の拘束力を持っていることは否定できません。与党議員ならまだしも、野党議員でさえ、内閣法制局長官答弁を半ば無条件に受容しているきらいがあります。さらに言えば、国民に対しても多大な影響を及ぼし、規範的効果をもたらしているといえるでしょう。

 内閣法制局の解釈・答弁を絶対視する立場に対しては、内閣法制局側からの反論があります。津野修・元内閣法制局長官が参考人として出席した、衆議院憲法調査会統治機構のあり方に関する小委員会(2003年5月15日)での発言です。

 「内閣法制局の意見といいますのは、あくまで政府部内におけるものでありまして、政府部内において事実上尊重されるものでありますが、国会等に対して拘束力を有するといった性格のものではないことは当然であります。…内閣法制局の意見が非常に最終的なものになっているような感じがするみたいなことをおっしゃられるわけですが、そういうことではなくて、法制局の意見は、あくまで内閣が憲法を解釈する場合に、その意見を踏まえまして、それで内閣として、例えば法制局の意見がそのままでよければ、これは政府の意見として法制局の意見をそのまま採用していただく。
 現実問題といたしまして、法制局の意見も、これはいろいろな各省庁との調整もあるわけでありますから、政府全体として、何も、ほかの省の意見も何もかも無視して私どもの方で勝手にこれだからこれでやれというようなことを言っているわけではありませんで、現実には各省の御意見をお伺いして、それなりに正しいと考えられる解釈を私たちは政府の内部におきまして申し上げて、それを最終的に内閣の意見として取り上げていただいているというふうに思っております。

 内閣法制局見解・答弁を絶対視する政治部門と、必ずしもそうではないとする法制局側。
 これまでは、内閣総理大臣とその他の国務大臣が、内閣法制局の解釈に対して積極的に口を挟むことがありませんでした。立法技術と法令解釈の専門家である法制局官僚と、専門家でない閣僚との間である種のこう着状態が生まれ、憲法解釈の変更が現実的な政治問題と化すことはありませんでした。
 しかし、今後の成り行きは不透明です。行政各部を指揮監督する権限を有する内閣総理大臣が自ら、憲法解釈の変更を宣言し、まさに実行に着手しようとしているのですから。

 次回(第12回)は、内閣による憲法解釈に対する抑制(歯止め)として、どのような手段が考えられるのか、衆議院憲法調査会報告書(2005年4月20日)等を参考に、検証していきます。

(つづく)

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安倍首相が、2月の訪米時に「手土産」として、
集団的自衛権の行使容認検討を口にするのではないかとも取りざたされています。
そもそも「解釈改憲」とはどのように行われるものなのか?
そこに歯止めをかけるにはどうすればいのか?
次回、引き続き解説していただきます。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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