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2013-01-09up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第10回

2013年 憲法論議のチェックポイント

 あけましておめでとうございます。本年も、当連載をよろしくお願いいたします。
 ことさら憲法に関しては、渋面が絶えない一年の幕開けとなったようです。早々に、憲法の悲憤慷慨(ひふんこうがい)が聞こえます。

 いよいよ、9条、96条と、立憲政治の根幹部分に対する安倍首相の"口撃"が勢いを増してきました。国防軍の創設、憲法改正発議要件の過半数への緩和など、憲法改正が確定した政治日程であるかのような、威勢のよい論評も飛び交っています。

 主権者である私たちの責任は、不整序にぶれ始めた立憲政治の位相を正し、進むべき確かな方向に導くことです。立憲政治の管理・執行責任は政治部門(国会、内閣)が負っていますが、監視・誘導責任は制憲主体である私たち国民が負っています。何度も申し上げていますが、その責任は、24時間365日課されています。油断を許さない、緊張の一年の始まりでしょう。

▼野党の憲法論議も同じように注視を

 今年、憲法論議をチェックするためのポイントとして、少し細かいのですが、次の3点を指摘しておきたいと思います。

 まず、公明党、民主党、日本維新の会など、自民党以外の政党の憲法論議がどう進むのか(進まないのか)を客観的に、冷静に注視するということです。自民党が巨大与党となり、自民党が単独で作成した日本国憲法改正草案のことばかり注目されていますが、もともと憲法改正論議に与党・野党も関係ありません。野党が憲法改正原案を提出し、与党の賛成を獲得していくというパターンもありえます。与野党対等に議論が進められていくことにもっと意識を働かせ、他党の憲法論議に対しても注意を巡らすことが必要です。

 皮肉交じりに申し上げますが、自民党改正草案は一つの「形」として固まってしまいました。8年前の「新憲法草案」も、公表後すぐに「固定→放置のプロセス」に入りました。この先数年、自民党単独で改正草案をヴァージョンアップさせることはないとみえます。 

 自民党は衆議院で大幅に議席が増えたわけですが、党内論議を再開してしまうとこれまでの経緯を知らない(党内論議に参加したことが無い)初当選議員の議論が目立って吹き出し、逆ネジの意見も強まり、収拾がつかなくなる事態が容易に想像できます。これはかえって、国会全体の議論を遅らせるだけであり、党として本意ではないはずです。今後、自民党内では、改正草案をできるだけ触らないスタンスを守り(≒党内の憲法論議をタブー視する)、草案は遅かれ早かれ"置き物状態"に陥ることでしょう。

 自民・公明両党は、「両議院の総議員の3分の2以上」を有する議席を有していません。与党内部でどれほど意見を摺り合せ、修正の上に修正を重ねても、連立与党が単独で憲法改正の発議をすることはできない状況です。
 したがって、「野党第一党、第二党の協力と合意が不可欠で、この条件が整わなければ憲法改正発議のスタートラインには立てない」と、好嫌気持ちが入り混じりながらも、自民党が譲歩し、他の野党に歩み寄っていくのか。それとも他の野党から、自民党に近づいていくのか。自民党内の議論が固まってしまった一方で、他党の動向こそ、その後の憲法論議を大きく左右します。

 改正草案を置き物のままにしておくのか、それとも生きた憲法改正原案に転化させるのか、それは自民党だけでなく、他の政党も同種同等のカギを握っています。この一年、憲法論議の静態と動態をしっかりと認識する必要があります。

▼内閣における憲法解釈の方向性

 二つ目が、憲法解釈機関としての内閣、その補助機関である内閣法制局の動きがどうなっていくのか、という点です。

 そもそも最高裁判所が憲法の番人と言われるわけですが、法令・処分等に対する違憲判断はめったに行われません。通常の憲法解釈は制憲主体である国民、統治側である国会・内閣の三者関係で、「是か非か」解釈のボールを投げ合うポジションに立たされます。

 民主党政権下では、2010年2月から2年間、内閣に法令解釈担当大臣が置かれていました。内閣法制局の解釈に疑義が生じたとき、政治家である閣僚が主導して一定の解釈を確立し、最終的には閣議で決定するとの運用が敷かれていたのです。内閣(法制局)による憲法解釈は、憲法や内閣法に規定があるわけではありません。担当大臣を設置することは、政治家主導の憲法解釈を前進させる(=衆議院の多数派に依拠した民主的な解釈を行う)重要な試みであったとは思います。しかし、憲法事象が政治部門で逐一取り上げられることがなく、国会での論戦も生ぜず、本来の役割を果たすことなく終わってしまいました。

 そして、政権再交代。民主党政権は終焉しました。今度の政権では、内閣法制局の解釈を尊重する伝統手法に回帰するのか、それとも、政治家主導の憲法解釈を内閣において一定の余地で挟み込んでいくのか、内閣における憲法解釈(行政解釈)の方向を見定める必要が出てきているのです。

 第2次安倍内閣が誕生し、集団的自衛権行使の憲法適合性に関して、伝統的解釈の変更をも否定しない、新たな解釈の可能性が示唆されています。新たな解釈の内容は当然のことながら、解釈を変更する手続き、スケジュールなども、注意深く監視しなければなりません。

 また、内閣による違憲的運用を監視し是正するのは憲法審査会の役割なのですが、与野党問わず一度としてそうした役回りが自覚され、実践されたことがありません。とくに1月から3月までは、予算案審議の裏側で憲法審査会が休眠状態に入るので、チェックが及ばなくなるリスクが高まります。政権内部で集団的自衛権行使の解釈に係る検討会や諮問会議が立ち上がるのかは不明ですが、とにかく内閣の動きから目を離さないことです。

 いずれ、暴走投手である内閣(総理大臣)の手から、国民がボールを奪い取らなければならない局面になります。そのためにも、立憲政治の方向性について、国民からしっかりとメッセージを発しておくことが肝要です。時として、そのために憲法審査会の議論を促すことも必要でしょう。いざとなったら、半畳を投げ込む。立憲政治に白紙委任はありません。

▼党議決定のない憲法改正原案の扱い

 三つ目は、やや実務的な話です。国会には、党内手続き(党内了承、所属会派の承認)を得ていない議案は、受理されないという慣例があります。たとえ憲法改正原案であっても、衆議院、参議院がこの慣例を維持することができるか、という点がポイントになると考えます。

 昨年4月27日、衆議院と参議院の対等合併を実現する議員連盟(一院制議連)が憲法第42条(二院制)等の改正原案を横路衆院議長(当時)に提出しました。衆議院と参議院を廃止し、国会を一院にするという内容です。
 このとき、改正原案の提出者、賛成者となっていた民主、自民両党の議員は、当然のことながら党内手続きを経ていませんでした。一院制導入は、民主・自民どちらも党是に反するので、党内了承を得られるはずもありません。結果、改正原案は衆議院で正規に受理されず、本会議の趣旨説明・質疑も行われず、憲法審査会に付託されることもなく、ずっと吊るされたまま(⇒吊るされていた、とさえ言えないかもしれません)、9月7日(国会会期末の前日)の衆議院議院運営委員会理事会で、院として受理しないことを正式決定したという経緯があります。正規に受理されていないので、「廃案」という表現も正しくないのですが、事実上、いまは何も無かった状態になっています。

 憲政史上、憲法改正原案が議案として扱われたことは一度もありません。しかし、前政権下で、憲法審査会はすでに始動し、憲法改正原案の審査が可能です。総選挙のあと、議長、議院運営委員長及び憲法審査会長のポストは、すべて自民党(出身)議員に替わりました。憲法改正原案の取り扱いに関して、様々なことが想定されながらも、決定するタイミングに差し掛かっています。

 この国会慣例は自民党・長期政権下でカスタマイズされたものですから、容易には変更されないものと思料しますが、今後の成り行きを見守る必要があります。慣例が維持されるのであれば、この二党が各議院のいずれかで3分の1以上を占めている間は、一院制国会が現実問題として上ることはないことになるでしょう。

 また、党内手続きを経ていない憲法改正原案を受理し、正規の議案として扱うとなれば、一つの「先例」として成り立ち、今後の憲法論議の可能性(とくに少数会派に対して)に影響を与えることになります。

▼ピークは2回やってくる

 2013年、憲法論議のピークが訪れるとしたら、憲法記念日直前の4月下旬、参院通常選挙ののち召集される臨時国会の冒頭(8月上旬?)、の二回であると思います。それでも、参議院は通常選挙の年に当たるため、通常国会の会期末(6月下旬)まで憲法論議は低調です(憲法に限った話ではありませんが、参議院の宿命といえるでしょう)。4月下旬に衆議院で何らかの憲法改正原案が発議されても、その瞬間、ある種の昂揚感に充たされるかもしれませんが、一瞬にして閉幕です。

 今世紀に入り、国政選挙で連続して圧勝した政党はありません。選挙というゼロサムゲームが連続するなか、国会で3分の2を超えるコンセンサスが、特定の意図の下に、順調に生成されることはありえないのです。

 政府提出の法律案は、2週間半あれば、国会でなんとか成立させることができます。議員立法であれば、審議時間はもっと短縮されます。しかし、憲法改正の発議はそんなに容易な政治作業ではないでしょう。どんなに急いでも、確かなる進捗がないまま、あっという間に新年(2014年)を迎えるのがオチではないでしょうか。与野党が共同し、憲法論議の現場に冷静さを呼び戻すことこそ急務不可欠でしょう。

 ピークが2回やってきても、秋には振り出しに戻らされている、というのが私の見立てです。それとも、想像がつかないような怪現象が起こるのでしょうか?

*訂正
前回(第9回)、衆議院憲法審査会の幹事の数を「7名」と書き記しましたが、2012年12月26日の衆議院議院運営委員会の協議決定で、幹事を「9名」とすることに決定しました。内訳は、自民6名、民主1名、維新1名、公明1名です。幹事でない委員の数は「40名」です。(会議録参照)

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改憲論議というと、どうしても自民党などの「改憲案」だけに目が行きがち。
もちろんその内容は重要ですが、
それ以外にも注視しておくべき要素はたくさんありそうです。
予想を超える「怪現象」がないとは言い切れませんが、
まずは冷静な目で論議を見つめる必要があるのかも。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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