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2012-11-14up
立憲政治の道しるべ/南部義典
憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。
自民党・日本国憲法改正草案「Q&A」
~立憲主義の不在と国会法の無視~
「日本が主権を回復して今年の4月28日で60年目を迎えました。本来であれば60年前、7年間の占領時代に作られた仕組みを見直すべきでした。しかしそれをしなかったが為に今、様々な問題が私達の前に立ち塞がっています。国民の生命、財産と日本の誇りを守る為、今こそ憲法改正を含め、戦後体制の鎖を断ち切らなければなりません。われわれの伝統と文化の上に、瑞々しい新しい日本を創ることができるのは、われわれ自由民主党です」
10月31日、衆議院本会議の代表質問。自民党の安倍総裁はこのように述べました。憲法改正に対する意欲は相変わらずです。
▼改正草案Q&Aの公表
11月8日、自民党は「日本国憲法改正草案Q&A」(以下、「Q&A」と略)を公表しました。
4月27日に公表した草案に関する逐条解説とまではいきませんが、40項目にわたっての簡潔な説明が付されています。
主なものとして、
- 「自衛隊」を「国防軍」に変えたのは、なぜですか?(Q9)
- 「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えたのは、なぜですか?(Q14)
- 一院制を採用すべきとの議論は、なかったのですか?(Q20)
- 内閣総理大臣の権限を強化したということですが、具体的には、どのような規定を置いたのですか?(Q24)
- 外国人の地方参政権について、どう考えているのですか?(Q32)
- 緊急事態に関する規定を置いたのは、なぜですか?(Q34)
- 憲法改正の発議要件を緩和したのは、なぜですか?(Q38)
- 国民の憲法尊重擁護義務を規定したのは、なぜですか?(Q39)
といった項目が挙げられます。
天賦人権論を否定し、国民主権を曖昧にする"逆向き立憲主義"の草案。
4月に草案が公表されて以来、散々、厳しい批判が加えられてきました。私も同じベクトルに立っています。
今回のQ&Aは、これまでの批判に反論を試みる内容になっていません。まして文中に、立憲主義という言葉が一回も出てきません。自民党内に立憲主義という理念がいかに根付いていないか、あるいは忌避しているかが、本当によくわかります。
この時期に、Q&Aを公表するということは、来るべき衆議院の解散・総選挙に睨んで、党勢拡大につなげるという意図があることは明白です。2013年5月3日までに憲法改正を発議することも、大いに意識されていることでしょう。
憲法改正手続きの最後には、国民投票(過半数の承認要)が予定されていることから、国民に幅広く議論を喚起する必要があることは否定しません。しかし、逆向き立憲主義の草案に関して、「各議院の総議員の3分の2以上」のコンセンサスが得られるはずはありません。現実政治のモメンタムを得られず、単なる読み物で終わってしまうことは必定だと思います。
▼「部分改正」とはいうけれど…
今回のQ&Aで、私が唯一、評価しているポイントがあります。
それはQ40「その他」の箇所で、「憲法改正の発議要件が両院の3分の2以上であれば、自民党の案のまま憲法改正発議ができるとは、とても考えられません。まず、各党間でおおむねの了解を得られる事項について、部分的に憲法改正を行うことになると考えます」(p36)、「なお、実際に国会に憲法改正原案を提出する際には、シングルイシュー(1つのテーマごとに国会に憲法改正原案を提出)になると考えられます」(p37)と述べているところです。
憲法改正の方式を極端に整理すれば、「全面改正・一括投票方式」と、「部分改正・個別投票方式」があります。Q40を読む限りでは、自民党として後者に則ることを初めて明言したと評価できるのです。
これは、現行憲法96条2項の「この憲法と一体をなすものとして」の文言、及び国会法68条の3「憲法改正原案の発議に当たっては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする」との規定との整合性を図っているものといえるでしょう。
内容関連事項ごとの区分を、Q&Aは「シングルイシュー」と言い換えていることが分かります。それはその通りです。
しかし、そうであるならば、改正草案そのものを、内容関連事項ごとに最初から区分してまとめるべきです。改正草案は、附則に「この憲法改正」という文言(前文以降、草案の全体を指している)が出てきており、議案としての体裁は、全面改正方式を採っていることが明らかであるからです。
また、法学に詳しくない方は、附則までいちいち読まないでしょうが、市民感覚的な受け止めとしては、改正草案は全面改正(・一括投票)という方式であるものと理解されています。メディアもそうでしょう。自民党には、この点の誤解を解く努力が乏しいのではないでしょうか。
▼内容関連事項に区分された原案
改正草案をベースに考えてみます。たとえば、公の財産の利用制限、政党条項(新設)、思想・良心の自由の一部改正(内容はそれぞれ相異なる)に関する憲法改正原案は、次のようなイメージになります。
◎A案 公の財産の支出、利用の制限に関する憲法改正案
第89条中「宗教上の」を「第20条第3項ただし書に規定する場合を除き、宗教的活動を行う」に改め、「、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを」を削除する。
第89条に次の一項を加える
公金その他の公の財産は、国若しくは地方自治体その他の公共団体の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対して支出し、又はその利用に供してはならない。
附則 この憲法改正は、公布の日から1年を経過した日に施行する。◎B案 政党条項追加に関する憲法改正案
第64条の次に、次の一条を加える。
(政党)
第64条の2 国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることに鑑み、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。
2 政党の政治活動の自由は、保障する。
3 前二項に定めるもののほか、政党に関する事項は、法律で定める。
附則 この憲法改正は、公布の日から6月を経過した日に施行する。◎C案 思想・良心の自由に関する憲法改正案
第19条中「これを侵してはならない」を「保障する」に改める。
附則 この憲法改正は、公布の日から施行する。
注目していただきたいのは、各案の中身ではありません。
憲法改正の施行期日(憲法改正が法的な効力を有する日)が憲法改正原案ごとに異なっているという点です。複数の憲法改正が国民投票に付され、成立するとしても、その施行期日が同一日になるとは限らないのです。憲法附属法の制定、改正等に係る立法措置は、政策分野に応じて個々様々です。
ここで、根本的な疑問がわいてきます。
Ⅰ.改正草案全体を、内容関連事項ごとに区分するとなると、憲法改正原案がいくつ出来上がるのか。
Ⅱ.各々の憲法改正の施行期日は、何月何日、何か月後、又は何年後と定められるのか。
自民党「新憲法草案」(2005年)が話題になっていた頃の話です。
辻元清美衆議院議員(当時社民党)が、衆議院憲法調査特別委員会の自由討議で、「05年草案は、一体いくつの内容関連事項に分かれるのか。憲法改正原案の本数はいくつか?」と自民党理事に対し質問したことがありました。
しかし、その自民党理事は答弁に窮してしまいました。
05年草案ですら内容関連事項の数が判然としていませんでした。今回のQ&Aでも、その数は明確に示されていません。自民党では、少なくとも過去5年間、内容区分の議論を真摯に検討した経緯が無いのではないでしょうか。この議論を欠いた原案であること自体、先に示した国会法の規定を無視したものと評価せざるをえません。
(1)内容関連事項ごとに区分した憲法改正原案の発議、(2)憲法改正施行期日の個別設定、という基本的なルールに則った議論でなければ、どのような"憲法改正原案"であれ法的、政治的に何ら意味を持つものではありません。果たして、安倍総裁にこのことが伝わるでしょうか…。
自民党の憲法改正草案の内容的な問題点については、
憲法学者・青井未帆さんのインタビューなどでも、
詳しく解説いただいていますが、
それだけでなく、手続き的にもさまざまな問題があるよう。
解散総選挙があれば次は再び第一党に、ともいわれる自民党ですが、
こんなムチャクチャ許していいのか?
南部義典さんプロフィール
なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)、フェイスブック
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