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2012-11-07up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第5回

新たなフェーズに入った、
参議院の選挙制度改革(後編)

 最高裁は、2010年7月の参議院通常選挙の定数配分規定に関して、違憲状態にあるとの判決を下しました。判決理由では、「都道府県を選挙区の単位として固定する結果、その間の人口較差に起因して投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続していると認められる状況の下では、上記の仕組み自体を見直すことが必要になる」と述べ、都道府県単位の選挙区制に対し、見直しを迫りました。

 前回(第4回)は、その見直しの方向性の一つである「合区案」について、問題点を指摘しました。
 今回は、ブロック案を取り上げます。

 参議院の選挙制度は現在、都道府県選挙区146名、全国比例区96名という配分です。
 ブロック制は、これらを基本的に廃止し、全国をいくつかの地域ブロックに分けて、選挙区の単位とするものです。西岡武夫.前参議院議長が提案した「9ブロック案」が知られています。
 まずは、表をご覧いただきましょう。

【西岡議長 A案~C案の整理】 【配当議員数】
ブロック名 都道府県名 A案 B案 C案
(1)北海道 北海道 12 10 8
(2)東北 青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島 18 18 14
(3)北関東信越 茨城、栃木、群馬、新潟、長野 22 22 18
(4)埼玉、千葉、神奈川、山梨 埼玉、千葉、神奈川、山梨 44 44 36
(5)東京 東京 24 24 20
(6)中部 富山、石川、岐阜、静岡、愛知、三重 32 32 28
(7)関西 福井、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山 40 42 34
(8)中国.四国 鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知 22 22 18
(9)九州.沖縄 福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄 28 28 24
※A案~C案の名称は、筆者が付した。 【合 計】
242 242 200
【一票の較差】
1.153倍 1.066倍 1.132倍

 一般に、西岡議長案と呼ばれるのは、A案です。実際には、3つの案が公表されています。B案、C案は、A案の修正という位置付けです。

 A案は、2010年12月22日に公表されました。定数242名は現行どおり、非拘束名簿式比例代表制を採用し、政党.政治団体に所属する者だけの立候補を認める案です。配当基数は、2010年7月参議院選挙の当日有権者数に基づいて、総数×{(当該ブロックの人口}÷(全ブロックの人口)}で計算されています。
 B案は、2011年4月5日に公表されました。定数242名、大選挙区単記投票制です。A案とは異なり、個人(無所属)での立候補が可能です。配当基数は、2010年に行われた国勢調査の人口速報値(2011年2月25日)に基づいて計算されています。
 C案は、定数を200名とした以外は、B案と同じです。

 ブロック案は、公明党も提唱しています。衆議院選挙の比例ブロックと同じ数、全国を11の大選挙区に分ける案です。定数200名、大選挙区単記投票制で、較差は1.385倍になるとの試算が示されています。

 西岡議長案が提案された背景には、東京高裁(2010年11月)ほか、高裁レベルで3件の違憲違法判決が下されていたことが挙げられます。最高裁ではついに、選挙無効判決が示されるのではないかという、並々ならぬ緊張感があったと思います。

 9ブロック制の西岡議長案は、一部地域で衆議院比例代表制(11ブロック)と齟齬が生じるという問題はありますが、較差は1.066倍(B案)にまで縮減できます。
 西岡議長が逝去された後は、9ブロック案を継承する論者はほとんどいません。最近ではあまり注目されていませんが、私はなお、B案を支持しています。

 現在、衆議院には、いわゆる4増4減案(神奈川.大阪を2増し、福島.岐阜を2減とする、公職選挙法の一部を改正する法律案(第180通常国会.参法第36号))が、閉会中審査となっています。民主、自民両党が共同する議員立法です。参議院ではすでに可決しています。次に召集される第181臨時国会で、衆議院で可決されれば、成立します。

 法案の趣旨説明によると、4増4減という定数配分の見直しで、較差が4.746倍に収まるとされています。
 しかし、「5倍以下なら許容範囲」という、従前のフェーズにおける政治部門の自己本位な解釈に基づくもので、ある種の弥縫策にすぎません。

 較差が4.746倍に収まるとの説明は、一応の根拠はありますが、必ずしも説得的ではありません。
 4増4減案は、次回、2013年に施行される参議院の通常選挙に対応させる内容ですが、較差の試算は、3年前、2010年の国勢調査結果に基づくものです。ちなみに、前回の改革、2006年の参議院選挙制度改革(4増4減案)は、その前年、2005年の国勢調査結果に基づいて較差是正の見直しが行われたものです。
 つまり、国勢調査との時間的間隔が異なります(前回は1年、今回は3年)。

 国勢調査は5年に1回行われます。参議院選挙は3年に1回です。定数配分規定の見直しのタイミングがうまく合うかどうかは、偶然に左右されます。ただ、今回は3年間という隔たりがあります。較差は4.746倍に収まるどころか、むしろ5倍を大きく超えることも危惧されるのです。

 法案の附則第3条第3項は、このような規定になっています。
 「平成28年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて、参議院の在り方、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、結論を得るものとする」

 この附則条項に対し、判決の少数意見は、「附則がこのまま国会で可決されたとしても、そのとおりに実行されるかについて、なお疑念が残る」(田原判事の反対意見)、「附則において抜本的な見直しについて引き続き検討を行う旨の規定が置かれているものの、実際には抜本的改正を先送りし最大較差5倍を超えないための最小限の改革に止めるという意図によるものと評価せざるを得ない」(大橋判事の反対意見)と、厳しい批判を加えています。法律案発議者の邪な意図は、一部の最高裁判事にすでに見透かされているのです。次期国会では早速、法案の内容を練り直し、提出し直すべきでしょう。

 政治部門が、従来のフェーズにしがみ付こうとするなら、立憲主義の究極の番人である私たち(主権者)が、投票価値の平等を実現する世論を強めることはもちろん、国政選挙、最高裁判事国民審査という手段をフルに使い、新しいフェーズへと確実に移行させる努力が必要です。

 "近いうち"の衆議院選挙。そして、2013年の参議院選挙。いよいよ、違憲無効判決は避けられません。

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連日、解散・総選挙をめぐる与野党の駆け引きが伝えられていますが、
今のままで総選挙をやっても、違憲無効になる可能性は十分にあります。
もはや小手先だけではなく、
根本的・本質的な変革が求められているのでしょう。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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