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2012-10-24up
立憲政治の道しるべ/南部義典
憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。
衆議院の選挙制度改革
―政治の巧妙な不作為―
今回は、衆議院選挙をめぐる一票の較差の問題です。小選挙区と比例ブロックの両方で問題となりますが、本稿は前者のみ扱います。
有権者による投票は、選挙区ごとの有権者数(母集団)に差があることが原因で、その投票価値に較差が生じます。一票の較差は、憲法が規定する平等原則(14条・44条)に違反します。
また、較差がある中で代表者を選出していることは、国民代表機関・国権の最高機関(41条・43条)とされる国会の会派構成が歪んでいることを意味します。統治構造の根本が、同時に問題となるのです。
較差を限りなく等価値に是正する(最大/最小≒1)ことは、国会の責務です。
「選挙制度改革が遅れている」、「一票の較差、議員定数削減はどうなるのか?」というニュースを、この一年、耳にタコができるくらい聞いてきました。
政治の現場では、議論の方向性を変えようとする策略がみられます。議論を遅らせる党利党略も紛れています。これまでの経緯を検証していきましょう。
*
2011年3月23日。最高裁大法廷は、衆議院議員総選挙(2009年8月)に対する選挙無効訴訟の上告審で、定数配分は違憲状態(*1)にあると判決し、一人別枠方式(*2)の見直しを求めました。
政府・各党は震災・原発事故対応の渦中にありましたが、判決が較差の根源といえる一人別枠方式の見直しに言及したことは、相当なインパクトを与えました。
選挙制度はそもそも、立憲政治の民主的基盤に関する共通ルールです。共通ルールであるからこそ、その変更は与野党間の幅広い合意に基づくことが基本です。与党の都合で、自由に変更できる性質のものではありません(議会制民主主義の自殺行為です)。
都道府県の小選挙区は、公職選挙法「別表第一」に定めがあります。区割りを実際に見直すのは、衆議院議員選挙区画定審議会(区画審議会)であり、国会の権限ではありません。国会の権限は、都道府県ごとの選挙区数(選挙されるべき議員数)を決めることまでです。「別表第一」を改正するには、与野党合意で基本方針を定め、細かな線引き作業を任せるべく、区画審議会にボールを投げる必要があります。
区画審議会は、国勢調査の結果の公示から1年にあたる2012年2月25日までに、区割り見直しの勧告を行う予定でしたが、現在まで休止したままです。国会から、ボールが飛んでこないからです。
なぜ、こんな事態に陥ってしまったのでしょうか。
*
判決後まもなく、民主党は一人別枠方式の廃止など、早期に意見集約を図る方針を固めました。自民党も早々に議論を始め、5月には、緊急是正策としての「0増5減案」(*3)をまとめていました。
しかし、2012年度政府予算の成立後、菅首相に対する退陣圧力が強まり、内閣不信任決議案の提出と否決の後、退陣約束の履行時期をめぐって、政治は混乱を極めます。選挙制度を冷静に議論できる状況ではありませんでした。
*
判決対応に関して、民主党・岡田幹事長(当時)は、一人別枠方式の廃止と「21増21減案」の採用(*4)、又は選挙制度それ自体の抜本的見直し、のどちらかになるとの見通しを示していました。
21増21減案は、判決要旨に純粋に従った内容です。一人別枠方式を廃止し、定数300を都道府県の人口比例で配分する仕組みです。選挙区の数は単純割り算で決まり、党利党略が介入する余地はありません。較差は2.3倍から1.6倍に縮減すると推計されていたところです。
7月に入り、民主党は21増21減案の議論に着手しますが、意見集約はうまく進みません。地方選挙区が多く減るため、激変緩和を求める地方選出議員の意見が相次いだためです。
結局、複数の議員から対案が提示されるはめとなり、21増21減案は放逐されてしまいました。
この段階で21増21減案を捨て、合意形成を諦めてしまったことは、与党の"やる気のなさ"を野党に知らしめることとなり、議論が政局化し、迷走が始まる転換点となりました。平等原則の重要性が強く自覚されていれば、激変緩和という大義のもとに、たやすく捨て去られることはなかったはずです。
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10月、野田内閣の発足後、「衆議院選挙制度改革に関する各党協議会」(*5)が設置されました。成案に期待がかかる一方、議論の政局化と迷走は、年明け早々、ピークに達しつつありました。
それは、区画審議会の勧告期限が近づいていたからです。勧告期限を徒過すれば即、法律違反(国会の怠慢)になります。区画審議会設置法を改正し、勧告期限を延長することも射程に入れながら、協議会は集中的に開催されていきます。
民主党は奇策に走り、自民党がもともと提案していた0増5減案を"丸呑み"し、法改正を一気に進めようとしました。
しかし、比例代表"一部連用制"の導入、比例定数80削減が、他党の理解を得るハードルをかえって高くし、やがて与野党間の意見対立に発展し、ついに4月、協議会は暗礁に乗り上げてしまったのです。
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最高裁判決から1年7か月。判決が求めた、一人別枠方式の廃止による較差是正措置が実現していないばかりか、区画審議会が法定期限までに勧告を行っていないという違法事実が、新たに積み上がっています。
問題は収まりません。協議会の運営が挫折すると、"最高裁判決に対応するために、国会は是正措置をしっかり準備しています"という、対国民、対裁判所向けのアリバイづくりが始まったのです。
通常国会の会期末、民主、自民両党が別々に、0増5減案を衆議院に提出しました(民主が6月、自民が7月。両案は比例代表に関する改革の内容が異なります)。衆議院の特別委員会では、民主党案のみ審議されています(参議院で廃案)。
憲政史上、与党単独で公職選挙法改正案を審議し、採決まで行ったのは、例がありません(0増5減案は、民主党オリジナルでもありません)。先に述べた共通ルールは、アリバイづくりのために破られたわけです。
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アリバイづくりが行われること自体問題ですが、内容的にも、0増5減案は判決の意義を相対化させるもので、許されないと考えます。
両案ともに、一人別枠方式を廃止するとはしています。しかし、300小選挙区に都道府県の人口比例で配分するという、平等原則を徹底した考えには立っていません。附則に「区割り見直しに関する特例条項」を置き、「過疎県にも最低二つの選挙区を置く」という前提(政治的思惑)で、線引きの微調整を誘導するものです。この案では、較差は1.8倍にとどまります。あまりにも技巧的です。
較差是正に一点集中せず、比例定数の削減が一体で議論されてきたところにも、看過し難い問題を含んでいます。
大政党が比例定数削減を主張すればするほど、少数政党の反発を招きます。そういう反発を予期し、期待を込めながら議論を遅らせ、改革が実現しない間の解散・総選挙を牽制しようという狙いが、ずっと透けて見えています。サブタイトルのとおり、「政治の巧妙な不作為」があると考えるところです。
*
議論が混乱しないよう、衆議院議長のリーダーシップに期待がかかっていたはずです。
司法判断に即した較差是正が行われるか否かは、議会の権威にもかかわります。しかし、区画審議会の勧告期限が近づいても、期限を過ぎてしまっても、実効性ある調整は一切行われていません。判決翌日の議長声明では、「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会での議論を急ぐ」とも述べていたところです。重大な職責放棄が認められると思います。
各党協議会のあり方も含め、次の国会で仕切り直しが必要です。
政治の側には、憲法上の平等原則を徹底する姿勢が汲み取れません。違憲状態が続いても、立法不作為が生じても、誰も責任をとりません。責任を感じている政治家の姿が、国民の目に映りません。
「最高裁判決を放置して何が悪い」という曲がった論理が通用しては、国民の憲法感覚も麻痺してしまいます。法の支配が色褪せ、国会と裁判所の権威を失墜させてしまいます。
なすべきことは、一人別枠方式を廃止し、21増21減案をまず実現することです。比例代表制のあり方、定数削減、制度の抜本改革の必要性などのテーマは、同時並行で議論しつつも、結論は先送りすることです。
現行制度で解散・総選挙が可能かというのは、極めて政治的な議論です。国会は一日も早く、区画審議会にボールを投げる必要があります。このことを強く訴えます。
*1 違憲そのものではありません。議員定数配分が違憲となるためには、立法政策を講じ、是正するための合理的な期間の経過を要するという考え方です。
*2 300の小選挙区において、まず各都道府県に議員定数を一ずつ与えた上で(47の基数配分)、残りの253を人口比例で割り振るというものです。人口が少ない県に対する配慮で設けられました。衆議院議員選挙区画定審議会設置法3条2項を参照。
*3 山梨、福井、徳島、高知、佐賀で1議席ずつ減ります。
*4 東京で6議席、神奈川で3議席、埼玉、千葉、愛知、大阪で2議席、北海道、静岡、兵庫、福岡で1議席増えます。青森、岩手、秋田、宮城、福井、山梨、三重、滋賀、奈良、和歌山、鳥取、山口、香川、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、沖縄で1議席ずつ減ります。
*5 メンバーは下記のとおり(2011年10月19日現在)
座長:樽床伸二(民主)
委員:城島光力(民主) 逢坂誠二(民主) 細田博之(自民) 田野瀬良太郎(自民) 東順治(公明) 斉藤鉄夫(公明) 下地幹郎(国新) 中西健治(みんな) 穀田恵二(共産) 中島隆利(社民) 園田博之(たち日) 荒井広幸(改革)
議会制民主主義の、まさに基盤をなすはずの「一人一票」。
その実現がなされないまま「解散総選挙」が叫ばれる状況はどう考えてもおかしい。
本稿が書かれた後の10月17日には最高裁大法廷で、
最大5倍の1票格差があった2010年7月の参院選を、
「違憲状態」だとする判決も出されました。
この判決について伊藤真先生にお聞きしたインタビューも、
来週UP予定です。
南部義典さんプロフィール
なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)、フェイスブック
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