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2012-10-10up
立憲政治の道しるべ/南部義典
憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。
最初のテーマはまず「憲法と原発」から――。
原発を憲法に閉じ込めよ(前編)
危機的状況にある日本の立憲政治
このたび、連載「立憲政治の道しるべ」を担当することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
憲法が公布されて、まもなく66年になります。立憲主義に基づく政治は、順調に進んできたといえるでしょうか。
私は、そうは思いません。現在の政治はとくに、立憲政治の定義に当てはめることも憚られるような、危機的、悲惨な状況にあると思います。
"決められない政治"といわれます。国会は、開会中か閉会中か分からないような、空白だらけの運営日程です。政権交代後も"日程協議至上主義"で、議案審査は一段と形骸化を極めています。千年に一度といわれる東日本大震災・津波被害があり、復興立法・復興行政が急務だといわれながらも、与野党合意ができなければそれでお仕舞いとばかりに、これまで通りの議会運営が漫然と継続し、重要な法律、予算が審査すらされない状況です。
「憲法の目的って? 立憲主義って何だっけ?」――憲法を意識しない、何でもアリ、怖いものなしの政治が、平然と展開されています。改憲を志向する政党が国会の3分の2以上を占めるに至らなくとも、立憲政治の危機は起こります。憲法のカタチが変わらずとも、運用の過誤・不適正を是正しなければ、立憲政治は崩壊するのです。
国の政治部門(国会・内閣)は、立憲主義の番人としての役割を本来的に与えられています。政治の憲法適合性は、裁判所に先んじて政治部門が当然に判断するもので、必要あれば直ちに解釈を正し、政策を正していかなければなりません。この本来的役割を、国民も再確認することが必要です。立憲主義を擁護し、発展させていくことがいかに重要なことか、リアルで具体的なテーマ・事例をもとに検証していきたいと思います。
「憲法問題」として認識されてこなかった原発問題
今回は、原発問題を取り上げます。テーマは「原発を憲法に閉じ込めよ」。
私は最近、「原発は合憲か違憲か」という憲法適合性の問題、「どうすれば原発を憲法に閉じ込めることができるか」というテーマを語る機会が増えています。ここでいう原発とは、原子核エネルギーを利用した発電施設としての固有の意味と、これを推進する国・自治体の行政システムという意味を含みます。
難しいイメージを持たれてしまうかもしれませんが、実に基本的、単純な話です。
「原発の存在、原発行政の推進を、憲法は許すのか」、「従来はそれを許してきたかもしれないが、将来にわたっても憲法上許すのかどうか」という"原発と憲法との関係"について、国民(主権者)の側から議論を提起し、憲法を基準に一度真摯に考えてみようということです。
国の統治の根本ルール(憲法)に立ち返り、原発に関する一定の合意形成をめざすことは、新たな"憲法的枠付け"を行う契機となりうると、私は確信しています。この文章をしたためている間も、「いまこの問題に向き合わないで、一体いつ取り組むのか」という思いを強くしています。
1947年5月、憲法が施行された当時は、国内に原発は存在しませんでした。憲法のどこを読み当てても、原発を推進するとも、禁止するとも書いていません。日本政治史の「55年体制」は原発行政の黎明でもありましたが、現在まで(現憲法の下で)、「国策」として原発推進策が継続し、様々な条約(国際協定)が締結され、法律・命令が制定され、予算が執行され続けてきたことは周知の事実です。
原発は少なくとも、憲法問題を引き起こすような存在としては十分認識されてこなかったといえるでしょう。
福島第一原発事故を経て
憲法を出発点にして原発を論じること。その重要さを痛感することとなったのは、言うまでもなく福島第一原発事故でした。
事故後の放射性物質の移動、拡散について、具体的なシミュレーションが公表されています。放射線被害は、東北地方を中心に国土、海洋の広範囲に及びました。今後も、人間社会の尺度をはるかに超える、長大な時間軸で影響が波及することでしょう。
思えば、憲法問題の生起は不可避のことだったといえます。以下のように整理することができるでしょう。
事故から一年半が経過していますが、原発事故の被災者はいまだに、幸福追求権(13条)、居住移転の自由(22条1項)、職業選択の自由(同)、生存権(25条)、財産権(29条)という憲法上の重要な人権が侵害されています。生命、健康に対するリスクが日常、身近に存在し、大変な脅威となっています。途切れることのない不安が日常生活を覆い、厳しい現実に対峙せざるをえない状況なのです。
また、原発立地地域の多くの自治体が被災しました。地震、津波による被害と重なる部分もありますが、組織体としての行政機能が制約されたままです。他の地域に人的・物的機能を移転し、かろうじて行政サービスを維持できているところもありますが、復興は遅延し、失速しかかっている面があります。
放射線の影響によって、地域コミュニティが一瞬にして破壊され、住民自治の礎が無くなってしまいました。地方自治の本質的部分はずっと侵害され、その本質的役割が果たせない状態に置かれています。
そして、"原子力の平和利用"と捉えられてきた原発そのものが、憲法の基本原則である平和主義(前文・9条)に違反するのではないかということが問題となります。狭隘な国土に50余の発電用原子炉が密集しています。他国から関連施設を狙ったミサイル攻撃などがあると、核攻撃を受けるに値し、甚大な被害が発生します。
日本は非核国ですが、核燃料サイクルを採用し、大量のプルトニウムを抽出しています。ここに、戦争転用のポテンシャルを維持することが、東西冷戦下の隠された国家目的であったと、近時立証されているところでもあります。これまで、原発政策は憲法の平和主義と意図的に分断されてきましたが、今後は平和主義を前提に位置付け、憲法問題として再構築する必要があります。
原発事故が一たび発災すれば、人権、地方自治の保障など、憲法体系の根幹を毀損するほどの深刻な問題に至ることを、私たちは経験として学んだのです。
ここで立憲主義の観点からは、"原発の憲法閉じ込めの議論"を避けることはできないでしょう。
国民は「立憲主義の番人」の番人
24時間、365日、憲法は有効に機能しています。政治、行政が憲法に適っているかどうか、常に憲法に照らし合わせて考え、合理的結論を導いていくことは、何も特別な問題提起ではありません。
原発は政治、行政と不可分一体の関係です。個人の自律と生存に対する「脅威」は、憲法的監視・審査の対象となり、憲法の枠内へと然るべき「拘束」を掛けられることとなり、時として「排除」されることになるのは当然のことです。原発だけ、特別扱いすることはできません。
原発(行政)はもはや、憲法から敵視される存在です。近代憲法は、国家戦争、残虐な刑罰、奴隷制度を憲法体系上のブラックリストに載せ、法的に放逐しています。立憲主義の観点からは、憲法体系に対する脅威は、主権者である国民がその扱い(どうやって排除するか)を、主体的、積極的に判断することが重要なのです。判断を放棄(ないし留保)すれば、脅威はそのまま残ってしまいます。政治部門(国会、内閣)に任せることだけでは、憲法は正しく機能しません。「立憲主義の番人」の番人は、国民自身です。
次回(後編)は、原発をどのように憲法に閉じ込めるか、想定される方法を具体的に検証します。
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南部義典さんには以前、
「この人に聞きたい」などにも登場いただいています。
難しそうに聞こえる「立憲主義」だけれど、
つまりは「私たちの権利を守る」ためにある憲法を、
いかに有効に作用させるか、というお話。
私たちの日々の生活と、この上なく密接に関連したテーマでもあります。
(もっと詳しく知りたい方は、こちらのコラムなども参考に!)
次回、「原発を憲法に閉じ込める」って? を、
より具体的にご説明いただきます。ご期待ください。
南部義典さんプロフィール
なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)、フェイスブック
「立憲政治の道しるべ」
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南部義典さんに聞いた
- 2012-08-22その1:動き出した「憲法審査会」の見逃せない問題
- 2012-08-28その2:憲法論議をサボタージュしない仕組みと意志を
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