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2013-01-16up
マガ9レビュー
本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。
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アルマジロ
(2010年デンマーク/ヤヌス・メッツ監督)
「これはドキュメンタリー映画である」――そう言われなければ、私は間違いなく良くできた「劇映画」だと思って観ただろう。それほどにこの「アルマジロ」は、ストーリーも登場人物も、そして戦争の最前線で行われる銃撃戦も「ドラマチック」であり、かつてスクリーンで観た『プライベート・ライアン』や『フルメタル・ジャケット』を思いおこさせるような作品だからだ。
しかしこれがひとたび「ドキュメンタリー」だと知って観ると、驚きの連続である。まず単純に軍事訓練も受けていないカメラクルーたちがどうやって撮影したのか? デンマーク政府ならびにデンマーク軍の許可はどうとったの? そして被写体となった兵士やその家族たちは、プレビューを見た時に、公開に反対を言わなかったのか? 言ったならどう説得したのか? などなど疑問はつきない。
「アルマジロ」とは、アフガニスタン南部のヘルマンド州にある、イギリス軍とデンマーク軍の"前進作戦基地"の名前である。その基地に初めて赴任したデンマークの若い兵士4人を中心に、2009年からカメラは追っている。デンマークの軍事事情とアフガニスタンにおけるデンマーク軍の任務において少し補足しておくと、デンマークは、憲法上は国家元首である国王を最高指令官とする国防軍を置いている。実際の運用は、内閣、国防大臣、そして議会の承認を受けて行う文民統制である。18歳から32歳までの男子を対象に徴兵制が敷かれており、兵役期間は4ヶ月。ただし希望者は期間延長が可能。良心的兵役拒否も認められている。国際平和活動にも積極的に参加しており、この映画で描かれる任務もその一つのISAF(国際治安支援部隊)である。アフガニスタン政権崩壊後の治安維持がその目的であり、国連加盟国によって構成された多国籍軍が、アフガニスタン政府を助け、いわゆる「タリバン」と闘いアフガニスタンの人々を守るということだが、実際には泥沼化が伝えられてもいる。
映画を作る上での技術的なことも驚きだったのだが、私自身のデンマークという国や社会、人々に対して持っていたイメージとのギャップにも心は揺れた。デンマークと言えば、消費税25%でも社会保障が充実しており、国民の幸福度が高く成熟した福祉国家。ステレオタイプかもしれないが、これが一般の人が持っているイメージだろう。極東アジアから見れば、どことなく憧れの社会でもある。
しかし映画に映し出されたデンマークの若者たちは、家族と離ればなれになり、遠いアフガニスタンの戦地に送られ、戦場という人間を人間でなくする場所で、「国際平和活動」という名目だがとてもアフガニスタンの人々に平和をもたらすとは思えない、世界の軍事ビジネスの駒にしか使われていないような不毛な「作戦」にかり出される。そしてある者は負傷し、ある者は死亡し、生き残った者も人間性を破壊され、「なんか、あいつらをガンガン殺っても、もう罪の意識とか感じないかも。まだ野良犬を殺した方が悪いことしたと思いそう」などとカメラの前で語る。
そして任務を終え表向きは英雄として迎え入れられ帰国するものの、以前のように現実社会には戻れなくてまた戦場へともどっていく青年たち…。エンディングロールを見ながら、いわゆる「戦争中毒」に侵されてしまったんだな、というなんとも暗澹たる気持ちになってしまった。
「人間を人間で無くす。だから戦争は悪なんだ、やってはいけないんだ」。そんなメッセージをこの映画から読み取る人が多くいるに違いない、そう思って試写を見た後に行われた<総選挙直前イベント「徴兵制、防衛軍、憲法改正。あなたは賛成・反対?」>に参加したのだが、会場の一般参加者が感想を言い合うディスカッションのコーナーで、私はまた映画以上の衝撃を受けることになった。
「この兵士たちのことをうらやましいと思った。今31歳だが、これまでわくわくする経験がずっとないまま生きてきた」と語った男性がいたり、「平和を守るためには、やはり軍隊は必要なんだと思った。各国が軍隊を出して命がけでがんばっているのに、日本だけが出さないというのは、国際社会においてフェアでない。憲法を変えて国防軍を持つべきだ」と答えた女性がいたり。たった今この『アルマジロ』を同じ空間で見た直後だけに、頭を叩かれたような気分になった。
なぜならこれまで私は、「軍隊が必要だとか言う人は、実際に戦争がどんなに悲惨なものか、そして人間性を破壊するものか、知らないから。想像力がないからそういうことを考えるんだろう。知ると誰だって考えはかわるはず」と信じてきたから。でもこんなにもリアルに「これが現代の戦争だ!」という映像をつきつけられても、「僕もデンマークの若者みたいにすかっとしたい」という感想が出てくるというのだから…。憲法9条の賞味期限はもうすっかり切れてしまったのか…。ショックを受けながらも、今の日本社会の空気を現実としてとらえておかなければ、とも思ったのだった。
(もちろん「戦争は良くない。自民党が言い出している国防軍や徴兵制には反対」という意見の方が多かったですが。当日イベントの詳細なレポートはこちらから読めます。)
(水島さつき)
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