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2011-01-19up
年老いた漁師、忠男(仲代達也)と彼の孫娘、春(徳永えり)のロードムービーである。
冒頭、北海道の海辺にひっそりと建つあばら家から鬼のような形相で出てくる忠男と、がに股の少々不格好な歩き方で後を追う春。この只ならぬ気配に最初は身構えてしまったが、2人の旅に同行しているうちに、自然に身を寄せられるようになった。
忠男はニシン漁での一攫千金を夢見て北海道に渡った。しかし戦後はニシンの水揚げ量が激減。妻には先立たれ、一人娘(春の母親)は離婚したあげくに自殺するなど、不遇な日々を過ごす。足を悪くしてからは、小学校の給食係をする春に生活の面倒をみてもらう毎日だった。しかし、春の勤める小学校が廃校となり、春は東京で仕事を探すことに。一人で生きていけない忠男は兄、姉、弟に厄介になろうと、各自の家を訪れる旅に出る。春も忠男に同行する。しかし、長年、不義理を重ねてきた忠男の願いを快く受け入れる者はいない。いや、皆、受け入れられない事情を抱えている。
唯一、一緒に暮らそうと申し出たのは、忠男の義理の息子であり、離婚して家を出た春の父親、真一(香川照之)の再婚相手、伸子(戸田奈緒)だった。父親を幼い頃に亡くした伸子は、春の気持ちを理解し、忠男を自分の父親のようだとさえ言う。彼女の優しい心根に忠男は涙するが、忠男と春は、真一と伸子が営む緑まぶしい牧場と清潔感のある瀟洒な家を去り、増毛に戻るのであった。
特段何かが起こるわけではないこの物語に、リアリティと厚みを持たせているのは、脇を固める俳優たちだ。大滝秀治(忠男の兄)、淡島千景(姉)、田中裕子(弟の妻)、柄本明(弟)らが、長回しのカメラの前で感情の揺れを繊細に演じる。カメラは家の中での会話をずっと屋外から撮るかと思えば、主人公と一緒に揺れ動き、背中を追って走る。登場人物との不思議な距離感をもった演出だ。
北海道・増毛の漁村、宮城県・鳴子の温泉街、鉄道沿いのアパート、仙台市の中心街、そして再び北海道の海の見下ろせる牧場……。忠男と春の訪れる土地を見ていると、胸の中に言い知れぬ愛おしさが湧いてくる。
見終わった後、この作品の隠れた主役は風景なのかもしれないと思った。
(芳地隆之)
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