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2010-12-15up

マガ9レビュー

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.162

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妖怪と歩く
―ドキュメント・水木しげる―

足立倫行/新潮文庫

 今年の流行語大賞は「ゲゲゲの~」だった。漫画家、水木しげるの妻、武良布枝・原作「ゲゲゲの女房」がNHKテレビ小説でドラマ化され、人気を博したからだという。このドラマ、原作の面白さ、演出や演技のうまさもさることながら、高度成長を迎える昭和の時代、水木しげる・布美江(劇中の名前)夫妻が貧しいながらも、助け合い、知恵を絞って生きていく姿が多くの視聴者の共感を呼んだのだろう。

 本書はいまから15年ほど前に発表された。いまより「無名」だった水木しげるの評伝で、今年になって文庫化された。著者の3年間に渡る取材を経て描き出された水木は、眼光鋭く、悪意を含んだ毒舌を吐き、会話の途中で不自然な高笑いを発する。と同時に寛容で優しい面も見せる。なんとも掴みがたい人物だ。

 水木は昆虫、海藻、動物の骨、新聞の題字など様々なものを蒐集するオタク的な少年である一方、野山を駆け、川で泳ぐ運動神経抜群の子供で、近所に住む「のんのんばあ」から霊や妖怪の話を聞いて、その世界に強い興味を覚えた。

 彼の人生に決定的な影響を与えたのは戦争である。南方ラバウルで生死の境目をさまよった水木は、現地でトライ族やバイニング族の住む集落を訪ね、彼らのゆったりした生活に魅了され、後に「地獄の戦場で天国を見た」と語っている。

 これらは比較的知られた話だが、たとえば手塚治虫個人に対する冷めた感情や他の漫画家の作品を一刀両断する厳しさ、水木プロでアシスタントをしていた、つげ義春の人と作品に向ける微妙な愛情など、同業者に関わるエピソードは新鮮だ。また、手塚に代表される漫画家の作品が映画的手法をベースにしているのに対して、水木の漫画の基本は風景画にあるとの指摘には、なるほどと膝を打つ。彼が人間よりもそれを取り巻く(妖怪を含めた)自然の世界に強く魅かれた理由の一端を知る思いがした。

 本書を通して見えてくるのは、水木しげるが、自身の旺盛な食欲のように、身の周りで起こったことを、自分の栄養として摂り込んでしまうおおらかさと貪欲さだ。

 著者はそんな桁外れの人物に寄り添い、丁寧な筆致で書き進めていく。人間に対する深い関心と共感が彼の仕事を支えていることがわかる。

(芳地隆之)

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