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2011-10-26up
時々お散歩日記(鈴木耕)
67「健康に影響少ない」と言う“専門家”と
それを疑いもせずに載せる新聞
我が家では、ある生協に加入している。むろん、さまざまな手続きやら注文やらを実際にやっているのはカミさんで、僕はもっぱら食べるだけの“加入者”なのだが、時々、「旨いそばが食べたいなあ」「あ、それなら信州新そばが出てたわよ。注文する?」「お、よろしく」てな会話を交わす。最近はそこに「これ、○○産だけど大丈夫かなあ…」「資料はついてないの?」というようなやりとりも加わる。
放射能が気になるのだ。多分、どこの家庭でも、似たような会話が交わされているだろう。
他の生協でも同じだろうが、最近は「放射能関連のお知らせ」というような「資料」が、生協の食品配達の際に一緒に配られるようになった。たとえば、直近の「お知らせ」ではこうだ。
10月13日~10月20日までに報告された(当生協の)自主検査では放射性物質は検出されませんでした。
●きのこ 9月より全品目を検査。今回は5品目を検査し、いずれも放射性物質は検出されませんでした。
●鶏卵 コア・フードを含む5産地の卵を検査し、いずれも放射性物質は検出されませんでした。
●青果 コア・フード産地の根菜を含む18品目を検査し、いずれも放射性物質は検出されませんでした。
それぞれの具体的な品目(たとえば「きのこ」であれば、しいたけ、エリンギ、まいたけ等)をあげて、その収穫日やセシウムとヨウ素の検査結果が詳しく掲載されている。
ほかに、加工品、肉などの検査状況も載っており、特に「赤ちゃんが日常的に食べる食品について優先的に自主検査を行っています」という注意書きもある。
消費者は、とりあえずこの資料を信じて食べる。政府や電力会社の出す情報が信用できないのであれば、こうした民間の検査に頼るしか方法はないのだ。
政府の設定したガイドラインの甘さは、さまざまな専門家によって厳しく批判されている。そのため、政府もガイドラインを何度か改定せざるを得なくなった。そのことも政府情報を信用できない原因の一つになっている。
政府基準とは別に、この生協は「独自のガイドライン」を定めたとしている。たとえば、以下のような独自基準値だ。
(放射性セシウム検査 単位=ベクレル/㎏)
牛乳 生協独自ライン40 政府の暫定規制値200 水など 同 40 同 200 青果類 同 100 同 500 米・米加工品 同 100 同 500 肉 同 100 同 500 卵 同 100 同 500
といった具合だ。そしてその後には、以下のような文章が付け加えられていた。
これまでしたがってきた「暫定基準値」とは…
放射性物質によって汚染された食品の流通を規制するために政府が定めたものですが、今回の事故を受けて設定した数値であり「この数値ギリギリのものを一年間食べ続けても健康に影響ない」とされています。ところがこの場合の総量は年間5ミリシーベルトとなり、ICRP(国際放射能防護委員会)が「一般公衆(一般人)」に対し定めている被ばく線量の限界値、年間1ミリシーベルトをはるかに超えるものとなっています。原発が安定的な状態に近づいた時点ではできるだけ早期に見直すべきであり、私たちが7月に政府に提出した要請文でも、早急な見直しを主張してきました。
つまり、この生協は「政府の暫定基準値は、ICRPの基準値よりも遥かに高く信用できない」から自分たちで独自に基準値を設けた、と言っているわけだ。
一般の生協からさえも信用されていない政府。悲しいけれど、これが私たちの国の現状なのだ。
東京・世田谷区で、ある民家脇の道路沿いできわめて高い放射線量が観測された。保坂展人世田谷区長は政府や都の対応を待たず、すぐに区としての実態把握に動いた。その結果、「この放射線量は福島原発事故とは無関係である可能性が高い」という結論に達した。すぐに線量放出の原因物質(ラジウムらしい)を撤去して、なんとか騒ぎは収まった。
保坂区長は私との電話で、次のように語ってくれた。
「NHKなども、私のブログでの発言などを引用するという形で報道していましたね。それはつまり、マスコミ以外のメディア(ブログやツイッターなどのネット・メディアを含め)からの発信が、そうとうの影響力を持ち始めたということです。私はこれからも積極的に、自分のブログなどで発信していきます。それこそ世田谷区からの第一次情報ですからね」
(以上は、僕が電話で聞いた話の一部の再現であり、文責は筆者にあることを明記しておく)
マスメディアがきちんと発信しなければ、情報の受け手たちは、自らがネットや他の情報源を泳ぎまわって、信頼できる事実を探し出すだろう。そういう時代が来たのだ。そのことに、マスメディアは果たして気づいているか? こんな記事が、毎日新聞(10月24日付)に載っていた。見出しは以下のようなもの。
柏・高線量地 側溝破損、雨水漏れ
セシウム 原発由来、蓄積
この記事自体は、千葉県柏市の市有地で、27万6000ベクレル/㎏という、そうとうに危険な値の放射性セシウムが検出されたことを伝えたものだ。そして、それが世田谷区の場合とは異なり、福島原発事故により飛散してきた放射性物質であることがほぼ確認された、というかなりショッキングな内容だった。 だが、僕が目を疑ったのは、記事そのものではない。記事脇に、お決まりのように“添付”されている「専門家の意見」である。
「健康に影響少ない」専門家
(略)専門家は同様の現象が発生しうるとした上で、現状の水準ならば健康への影響はほとんどないとしている。
松本義久・東京工業大学准教授(放射線生物学)は「柏市は街全体がホットスポットのようになっているため、今回のような非常に高濃度の土壌が生じたのだろう」と分析。「内部被ばくの線量などを試算しても健康への影響はほとんどないと思われる」と語った。
また、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)を現地調査した笠井篤・元日本原子力研究所研究室長(環境放射能)は「チェルノブイリ原発事故に比べると1~2ケタ低く、汚染範囲もごく狭い場所に限られている。冷静に対応してほしい」と呼びかける。一方で「今後も同じような事象が各地で起きる可能性がある。文部科学省は放射性物質の濃度だけではなく、健康影響の指標となる放射線量も一緒に発表すべきだ」と述べた。
一応、笠井氏のコメントでバランスをとっているようにも読めるけれど、基本的には「健康への影響はない。冷静に対応せよ」という、これまでの政府や行政の言い方をなぞっただけのコメント。
こんなコメントが、いかに人々を不安にしてきたか。なぜ福島から200キロも離れた千葉県で、突如こんな高線量の場所が発生したのか。ここにこんな重大なホットスポットがあるのなら他にもあるはず。松本准教授の「試算」とはどんなものか。松本准教授の「分析」とはいったい何か。そしてまたしても「チェルノブイリと比べれば安全」と、ほとんど“耳タコの安全論”を繰り返す。
少し原発問題をかじった人には、この松本准教授が極めて一方的な「安心論者」であることは有名だ。
テレビ朝日(3月23日)に出たときには「乳児にも300ベクレル以上の水を飲ませてもいいのですか?」と問われて「全然大丈夫です!」と大声で断言(政府は100ベクレル以上は乳児には危険と警告)。
3月30日の同じテレ朝の「ワイドスクランブル」では、現場へ向かう東京消防庁隊員へ「250ミリシーベルトならまったく問題ない」「被曝で壊れた精子はすぐに再生されます」「遺伝子の神様があなた方の精子を守ってくれる」などの、ほとんど常軌を逸した発言を繰り返した人物がこの松本義久氏なのだ。毎日新聞は、そういう背景を知った上で、この人物を「専門家」と認めてコメント依頼したのだろうか。
笠井篤氏も、いわゆる“原子力ムラ”の住人で、何度も「チェルノブイリと比べれば…安全だ」を繰り返してきた人物。
矛盾がある。毎日の同じ記事の中では、こうも書いている。
(略)21日の市の測定では毎時57.5マイクロシーベルトの異常に高い空間放射線量を記録した。政府の除染についての基本方針は、放射線量が毎時0.23マイクロシーベルト以上の場合は年間被ばく量が1ミリシーベルトを上回る可能性があるとして除染対象になっている。
どうか? 甘いといわれる政府基準でさえ0.23マイクロシーベルト/時なのに、柏市は57.5マイクロシーベルト/時だ。実に250倍なのだ。これが、毎日新聞の見出しによれば<「健康に影響少ない」専門家>ということになる。
書いた記者は、ここに何の矛盾も感じなかったのだろうか。コメントを取りに行った記者は、「えっ、ホントですか?」と聞き返さなかったのだろうか。
僕は、たくさんの情報を新聞などの既成マスメディアから受け取ってきた。それはありがたいことだ。だが、このところ、やや首をかしげる記事が多くなってきたことも事実だ。
先鋭的なブロガーやネット利用者たちのように、僕はマスメディア自体をひとまとめにして否定するつもりはない。しかし、このままで推移するとすれば、マスメディアはかなり危険な水域に入っていくことになるだろう。
*
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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