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2013-06-26up

鈴木邦男の愛国問答

第128回

元外交官・東郷和彦さんの特別授業を受けた

 自分の国の言い分を強く主張し、相手の国に理解させ、呑ませること。それが外交官の仕事だと思っていた。出来たら100%、呑ませる。それでこそ、立派な外交官と言われるのではないか。外交官の仕事について漠然と、そう考えていた。

 「それは違います。100%呑ませたら、それはもう〈戦争〉です。それを避けるために外交はあるんです。それに外交官の仕事の第一は、相手の言い分を全て聞くことです」

 と、東郷和彦さんは言う。これには驚いた。自国の言い分を堂々と述べ立て、相手に理解させること。それが「国益」を代表する外交官の仕事だと思ってたのに。自国の主張は二の次、三の次だ。まず相手国の主張を全て聞くことだ、と言う。

 それに、話をまとめるとき、50対50にはしない。相手が51になるようにする。少しでも相手が有利になるように配慮すると言う。これも驚いた。驚愕の事実だ。長年、外交官をやって来た人だから言えることだ。東郷和彦さんは東大卒業後、外務省に入省。主にロシア関係部署を中心に勤務し、条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。その後、ライデン大学、プリンストン大学、ソウル国立大学ほかで教鞭をとり、2010年より京都産業大学教授。世界問題研究所所長だ。

 外務省で34年の生活を送った。長い。でも、それだけではない。祖父と父も外交官だった。だから長い長い外交官生活だ。その三代にわたる外交官生活の中から発する言葉だから重みがある。東郷和彦さんは1945年生まれだ。終戦の年に生まれた。〈戦後〉を生きてきた。しかし、一般の人々のように〈戦前〉を否定し、〈戦後〉を生きたわけではない。明治生まれの林房雄は『大東亜戦争肯定論』を書いた。大正生まれの三島由紀夫は自衛隊で割腹自決した。〈戦前〉を全否定できなかった人だ。それは自分も同じだという。『戦後日本が失ったもの』(角川oneテーマ21)の中で、東郷和彦さんはこう書いている。

 〈私自身も、戦前の全否定とは、無縁の世界で育った。極東裁判は、東郷茂徳を祖父に持つ私の家では、戦いの場であった〉

 そして続いてこう言う。

 〈開戦を阻止せんとして東條内閣の外務大臣として全力をつくして果たせず、鈴木内閣の外務大臣として終戦をなしとげた祖父東郷茂徳は、A級戦犯として極東裁判で禁固20年の刑をうけ、1950年巣鴨の獄中で死去した〉

 戦争に反対して命をかけて闘った祖父だったのに「A級戦犯」とされ、「平和に対する罪」で断罪された。だから、

 〈極東裁判検察と多数判決の論理を、我が家では、一秒たりとも肯定したことはなかった〉

 と言う。まさに歴史の真っ只中にいて、歴史を生き、闘ってきたのだ。今もそうだろうが、かつて巨大な軍があった時代は、外交官の仕事はもっともっと過酷で、命がけだったという。「外交が失敗したら軍が出て来ますから、外交官は必死です」と言う。こうしたことも全く知らない世界だった。日本史の時間でも習わなかったし、歴史の本にも書かれていない。だから、東郷さんの話は貴重だった。特別に個人授業を受けたような気がした。

 この特別授業は、6月14日(金)の夜8時からだった。「激突対談」と銘打っていたが、「激突」はしない。あくまでも僕は授業を受ける生徒だ。角川書店の本社で行われ、Ustreamで放送された。僕は初めて聞く話が多く、「外交」の中身を初めて知った。どの本よりも、「生きた教科書」だった。見た人からも反響がよかったようだ。僕と同じように東郷さんの授業に驚き、感動したからだろう。6月23日(日)には再放送された。

 実は、この対談は、先頃出た本の出版記念トークとして行われたものだ。『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川oneテーマ21)という本だ。今の右傾化というか、好戦的・排外主義的な風潮へ、ズバリと斬り込んだ本だ。8人が書いている。東郷和彦さん、保坂正康さん、富坂聰さん、宇野常寛さん、江田憲司さん、金平茂紀さん、松元剛さん、そして僕だ。

 〈是か非か!? 国防軍、改憲、武力衝突〉と本の帯には書かれている。そして、

 〈相次ぐ領土問題、外交問題に日本人はどのように対処するべきか。国防軍創設を標榜し、改憲へ舵を取る政治のあり方は是か非か。長期的視野に立ち、各界の第一人者が緊急提言する!〉

 今、過激なことを言う人、勇ましいことを言う人の本が売れている。本屋に行くと、「中国・韓国とは分かりあえない」「話し合ってもムダだ」「戦争だ!」といった感じの本が並んでいる。オピニオン雑誌もそんな特集ばかりだ。そんな本を読んで、気分がスッキリする人もいるのだろう。なさけない。しかし、売れさえすればいいのか。出版社、雑誌社に良心はないのか、と思う。「いや、これはまずい」と思い、いわば出版社の良心・良識をかけて角川書店は出したのだろう。そう思った。だから、東郷さんとの対談の時も、そう言った。「売れなくてもいいから、出版社の良識を示そうとしたのだろう」と。そしたら、そこにいた角川書店の人が、「いや、売れてますよ」と言う。それを聞いて、ホッとした。この本の中で東郷さんは、「中国の領海侵犯には、『責任ある平和主義』で対処せよ」と書いている。僕の文は、「エセ愛国はなぜはびこるのか?」だ。

 この本を読んで、「鈴木さんとはほとんど考えが一緒ですね」と東郷さんは言ってくれた。うれしい言葉だ。「愛国心というなら、ここが好き、ということをどんどん言うべきだ。という提言が一番納得しました」と言う。今、「愛国心」を声高に言う人々は、「自分は愛国者だが、誰々は違う。許せない!」と言う。自分以外の人間を「売国奴」「反日」と決めつけて、罵倒する。そんな人が多い。全く「愛」がないのだ。「愛」というなら、他人を批判せず、自分はここが好き、ここを愛していると言うべきだ、と言う。そして長い外国生活の中で、とりわけ日本の風景、街並みが好きだと言う。それを持つこの国の人が、国が好きだと言う。でも、その街並み、風景がどんどんなくなりつつある。それが淋しいと言う。

 なるほどと思った。そんな特別授業を受け、とても心が豊かになった気分でした。

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「外交が失敗したら軍が出て来ますから、外交官は必死です」。
「毅然とした態度」や「自らの主張を通す」ことにこだわるのでなく、
「軍が出てこないで済む」ように全力を尽くすのが、
本当の外交の役割なのだ、と改めて実感させられる言葉です。
東郷さんの「特別授業」、ぜひ聞いてみたい!

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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