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2012-12-26up
鈴木邦男の愛国問答
第115回
日本人は「優しさ」を取り戻せるのか
12月9日(日)、「連合赤軍事件〈体験〉ツアー」に参加した。40年前のあの大事件の「史跡」を巡るツアーだ。連合赤軍の人達が潜んでいた洞窟、山小屋の跡。そして「総括」で殺された人が埋められた場所。警官隊と銃撃戦を展開した「あさま山荘」を見て歩いた。実は、この体験ツアーは、12月8日(土)、9日(日)の2日間行われた。僕は、8日は先約があって、9日だけの参加になった。
他の用事だったら日程を移してもらって連赤に参加するのだが、8日は「従軍慰安婦」映画の上映とトークだ。トークの相手として呼ばれていた。これは出なければならない。日本人として逃げてはいけない問題だと思った。
今、この問題を取り上げるのは、かなり勇気がいる。かつてよりも、今の方がずっとタブーだ。取り上げる人もいない。取り上げようとすると右翼やネット右翼、保守派の人間がどっと抗議に押しかける。だからどこもやりたがらない。テレビでも新聞、週刊誌でも。ましてや、映画の上映なんかしない。黒い街宣車で取り囲まれて上映中止になる。何とか上映しても、客に紛れ込んだ右翼がスクリーンを切る。そんな心配がある。実際、そういう事件がなんども起こっている。だから、何もそんな危ないことはやめておこう、となる。
そんな時、この無謀な企画だ。〈「従軍慰安婦」映画を通して考える〉という企画だ。開場はオーディトリウム渋谷だ。12月8日(土)は、午前10時から「ガイサンシーとその姉妹たち」の上映。その後、班忠義監督と僕のトーク。12月9日(日)は、「戦場の女たち」の上映。そのあと、関口祐加監督と金平茂紀さん(テレビ・ジャーナリスト)のトーク。司会は二日とも、「シグロ」代表の山上徹二郎さんだ。「シグロ」は、この二つの映画を配給してる会社だ。
今、「従軍慰安婦」映画を上映したら抗議は来るし、危ない。「従軍慰安婦なんてなかった!」「もう済んだ話だ」「証言者の話は皆、嘘だ!」と言って抗議が殺到する。その中で、証言者の声も、いや、歴史も消されてゆく。そういう状況に「シグロ」の山上さんは憂いを持ち、怒りを持つのだ。今、なぜ、この映画を上映するのか。山上さんは、映画の宣伝チラシの中で、その覚悟をこう語っている。
〈このところの「従軍慰安婦」の問題についての政治家の発言やマスコミの態度があまりにひどいと思うことが多くて、我慢がなりません。〉
〈このままでは人を信じられなくなりそうです。やはりここではっきり発言しておいたほうがいいなと思って、今回この映画を企画しました。〉
〈歴史的な事実を前にして嘘をつくというのは人として品性下劣ということになります。歴史的事実を知らないというのなら、そのような無知は政治家である前に人間失格ということになります。〉
すごい覚悟だ。映画も、大変な苦労をして撮った。日本の生き残りの兵士にも話を聞いている。「慰安婦はいた。利用した」と証言する兵士。一方、「そんなものはいなかった。嘘だ」と怒る兵士もいる。これは、バランスのとれた映画だ。決して一方に偏しアジる映画ではない。多分、この兵士のいたところには、いなかったのだろう。だから嘘を言ってるのではない。普通、映画のアピール度を強めようとした場合、こうした「証言」は外す。自分は「知らなかった」ことを、他でも「なかった」と強弁してるのだから。でも、監督はあえて入れている。又、「戦争犯罪に問われるので、文書などは焼き捨てた」と証言した兵士もいた。これは(彼らにしてみたら)当然だろう。従軍慰安婦の存在、命令などの書類も焼き捨てた。
よく保守の人は「従軍慰安婦なんかいなかった。そんな軍の文書もない。命令書もない」という。だから「そんなものはなかった」と言う。しかし、戦争に敗れ、次に軍事裁判が始まる。それを前にして、不利な証拠はすべて、焼いたのだ。そう証言する兵士を見て、こっちの方が真実だと思った。
僕らが中学・高校の頃は、戦争映画では必ずといっていいほど、従軍慰安婦が出ていた。ズラリと兵隊が並び、順番を待つ風景が必ず出ていた。しかし、今はこんな光景は出てこない。抗議を恐れて、歴史を歪曲しているのだ。また、慰安婦は業者が勝手に募集して、勝手について行った。と言う人もいる。しかし、嫌だったら日本軍が追い払えばいい。でもそんなことはしなかった。船に乗るのでも一緒に乗せている。少なくとも、一緒についてくるのを許可している。これでは「従軍慰安婦」と言われても当然だ。
それに日本の歴史を見れば、いい事ばかりではない。戦争をやったりテロやクーデターが横行したり、侵略戦争をしたり、他国を植民地にしたり。南京大虐殺、従軍慰安婦の問題もある。それに対し「そんなことはなかった!」と言い立てる人がいる。日本は清く、美しい、正義の国であって、そんな悪いことをするはずがない。そんなことを言うのは売国奴だ。反日だ! と言う。「暗い面」「悪い面」はなかったと強弁する。又、あったかもしれないと薄々感じたとしても、なるべく「見ない」ようにする。それが愛国者だと思っている。
その感じは、今の「愛国者」にもある。皆、ひ弱な愛国者だ。正義の国だと信じている。いや、そう信じたいのだ。そういう「想像」「願望」の歴史の上にのっかった国家であり、「愛国心」だ。脆弱な愛国心だ。
個人の歴史だって、100%完全な正義の歴史なんてない。「あの時にああすれば良かった」「あの時は失敗した」と、いくらでも反省すべき点はある。ましてや、個人の集まりでもある国家は、なおのことそうだ。全く弁明できない失敗も沢山ある。それでも、この国をいとおしいと思う気持ち。それこそが愛国心だろう。
自分の国に問題はない、悪いのはまわりの国々だ。彼らのせいで我が国はいつも危機にさらされている。そんな国は、やっつけろ! なんて言うのは、「愛国心」ではない。班監督とは、そんな話をした。
昔、『週刊SPA!』に「夕刻のコペルニクス」を連載していた時だ。従軍慰安婦の映画について、随分と取り上げた。右翼に抗議されたことも何度もあった。誌面で論争したこともあった。又、『従軍慰安婦』という本を書いた千田夏光さんとも何度か話をした。その頃のことを思いだしながら、班監督と話をした。
今、思い出したが、千田さんに「従軍慰安婦というのは、日清・日露戦争の頃はなかった。太平洋戦争から始まったのだ」と言っていた。あの話は強烈だった。なぜなのか。日清、日露の頃には日本はまだまだ遅れているという謙虚な気持ちがあった。西欧列強に追いつきたいと思っていた。「世界の目」を意識していた。だから捕虜だって虐待しない。むしろ優遇した。たとえ負けたとはいえ、勇敢に戦った兵士だ。といって優遇したのだ。武士道が残っていた。
ところが、太平洋戦争になると、国民皆兵だ。もう「武士道」をわからない人も大量に入ってくる。恐怖や怒りで、捕虜を虐待したり、殺したりする。従軍慰安婦も、そんな中で生まれた、と言う。そうだったのか、と思った。
『SPA!』の連載は、右翼や保守の人には、あまり評判はよくなかった。抗議されたり、怒鳴られたりもした。中には、「頑張れ!」と言ってくれる人もいた。「従軍慰安婦の問題について、無視したり、なかったと強弁するのは、日本人としての優しさがない」とその人は言う。日本人が本来もっていた優しさを失ったからではないかと言う。
例えば2・26事件の時、東北の田舎では食べられなくて、自分の家の娘を売った例もある。そんな東北の出身の兵士たちが沢山いた。そんな現状を見かねて、日本を立て直したくて、2・26事件を起こした。そんな兵隊たちの純真な気持ちに人々の同情も集まった。
右翼の人達は、2・26事件を褒め称えている。しかしその兵士たちの純真さも優しさも、もう理解できなくなっている。そう言われた。
今回、上映会をやった山上徹二郎さんは、「このままでは、人を信じられなくなりそうです」と言う。同じ憂いだろう。対談ではそんな話をした。日本人の「優しさ」「思いやり」を取り戻すためにも、こうした上映会やトークは大切だと思った。
*
改めて考えたい、「愛国心とは何なのか?」。
負の面から目をそらす「愛国心」は、
「脆弱」なものに過ぎない――。
「愛国」について誰よりも深く考え、
発言し続けてきた鈴木さんの言葉、あなたはどう受け止めますか。
*
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
「鈴木邦男の愛国問答」
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- 2007-08-01その2:愛国とは、強要されるものじゃない
鈴木邦男さんの本
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