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2012-10-17up
鈴木邦男の愛国問答
第110回
暴走する「愛」と「正義感」
僕も昔は、「愛国無罪」だった。中国の反日デモをテレビで見ながら、そう思った。愛国心に発した行動は何をやっても許される。無罪だ。と思っていた。「この国を守る」という大前提がある。この国を危うくするものは排除する。それだけだ。この国を、きれいに保ち、守りたい。そこに付いた汚れやゴミを拭き取り、掃除し、排除する。いわば、クリーニングするのだ。掃除に少々力が必要だとしても、掃除そのものは<善>だ。罪に問われることはない。そう思っていた。そう思って長い間、右翼運動をやってきた。
たとえば、好きな女性がいたとする。彼女の服に糸クズが付いていたら、取ってやるだろう。道路を歩く時は、自分が車道側に立って彼女を守ってやるだろう。<愛>だ。国に対する愛も同じだ。時には命を賭けても守ろうとする。それで、トラブルになることもある。法律に違反することもある。でも、愛ゆえの「自衛」だ。罪に問われることはない。
万が一、警察に捕まって、有罪になったとしても、「愛国者」を罰する警察・検察・裁判所が悪いのだ。そう思ってきた。彼らは、国家の危機が見えないのだ。国家への愛がないのだ。だから愛国者を罰しようとする。彼らは、国民に選ばれた公務員かもしれない。しかし、我々、愛国者は、「天によって選ばれた公務員」なのだ。そう思っていた。
右翼が事件を起こすと、よく、「これは民族の正当防衛である」と弁護側は主張した。民族の「正当防衛権」なのだ。自衛だ。民族・国家に対する愛が強いのだ。あふれんばかりの愛国心だ。ただ、一般の人から見たら、その「愛」が怖いのだろう。いや、そこまで徹底できることが羨ましいのかもしれない。
愛は大切だ、重要だ、と皆、思いながら、そこまでは徹底できない。強くなれない。たとえば、女性にふられても大半の男たちは諦め、泣き寝入りしている。愛の絶対性を信じていないからだ。自分の愛に確信を持てないからだ。自分の愛に本当に確信が持てたら、どこまでも彼女を「守る」べきだ。
自分の愛だけが本物だし、彼女を幸せに出来るのは自分しかいない。ところが彼女は、他の下らない男に騙されて、自分から離れようとしている。いけない! 気付かせなくては。守ってやらなくては…と思う。愛だ。世の中の下らない常識から見れば、ストーカーと呼ばれても、違う。愛だ。
僕も、かつては国に対する愛にあふれていた。日本一の、いや世界一の愛国者だと思っていた。この国に取り付いたゴミや汚れを取り除こうと、闘った。何度も捕まった。でも捕まえた方が悪いんだ。こっちは、国に対する純粋な愛でやったのだ。
国に対する、あふれる愛があったから、女性に対する、あふれる愛もあった。自分から離れ、つまらない男に騙されていた彼女を救おうと思った。自分の愛こそが本物だ。そう確信していた。彼女を幸せに出来るのは、自分しかいない。それなのに彼女は、それが分からない。救わなくては、と思った。そして、愛を実行した。下らない男と同棲していた彼女のアパートを襲った。男を殴り飛ばし、彼女を拉致した。泣き叫ぶ彼女に、本当の愛を説いた。でも、分からない。救い出してやった自分に、さんざん罵倒の言葉を投げつける。抱きしめようとすると必死に抵抗する。カーッとなって、殴り、首を絞めた。「殺せるものなら、殺してみなさいよ!」と彼女は挑発する。その言葉に追いつめられた。それで思い切り首を絞めた。彼女は、グッタリとした。
そこから後の記憶はない。本当に殺してしまったのか。息を吹き返した彼女は逃げ帰ったのか。警察に逮捕されたのだろうか。「愛」ゆえの暴走だ。愛は怖いと思った。人間に対する愛でも、国に対する愛でも。それ以来、愛をセーブするようになった。冷たい男になった。
10月10日(水)、文化放送に出ていた。ニュースが飛び込んできた。女性が日本刀を持った男に切りつけられ死亡したという。その後、男は刀を持ったまま家に立てこもっている。いや、自殺したらしい。…と、いろんなニュースが飛び込んで来る。きっとこれも愛だろうと思った。自分から離れようとする女を、殺してでも、自分のもとに引きとめようとした。「あふれる愛」なのだろうと。
ところが、続報が入った。殺した男は86才だという。殺された女性は62才だ。男女間の愛のもつれではないようだ。実は、二人の家は道を挟んで向かい同士だ。そして、普段から、いがみ合い、言い争いが絶えなかったという。女性はよく、野良猫に餌をやっていた。又、道路にまで植木鉢を置いていた。86才の男は、それを注意した。その注意の仕方が悪いのか、彼女は言い返した。男が自分の家で除草剤を撒いていると、「猫ちゃんがそれを吸ったら大変でしょう」と、逆に女性が注意する。一度は、体当たりして男を倒したこともあるという。
「自分の、最も大切な尊厳が傷つけられた」と男は思った。それに、この男は元警察官だ。元警視だ。偉い。正義感がある。町に対する愛もある。普通なら避けて通ることでも、この男には無視できなかった。それで注意する。普通なら、「うるさいおやじだ」と思って、「ハイ、ハイ」と言う。少なくとも、相手を刺激しないようにする。ところが、女性は猛然と反論した。
男の奥さんがたまりかねて女性を訪ね、「一言、あやまってください」と言った。そうすれば、男の面子も立ち、解決する。ところが、女性も自分こそ正義だと思っている。何であやまる必要があるんだと言う。
正義を実行し、町を愛する男の面子は立たない。プライドはズタズタだ。そこで、おどすつもりで日本刀を持ち出した。女性はひるまない。自分こそ正義だと思うからだ。そんな脅しには屈しない。「やれるなら、やってみなよ」と言ったのかもしれない。かつての僕と同じだ。その言葉に追いつめられて男は、切りつけてしまった。ハッと我に返った男は、元警察官だ。この後、どんなことになるか分かる。今更刑務所に入りたくない。そんな屈辱は耐えられない。そう思って、自殺した。
新聞で見たら、「近隣トラブル」にまつわる相談は昨年1年で16万6172件に上ったという。警察署や交番に寄せられた「家庭・職場・近隣関係」にまつわるトラブルで。驚くべき数字だ。1年で、せいぜい数百件か、多くても千件かと思っていたが、16万だという。これじゃ、日本全国で、「戦争」状態になっているのだ。電車の中でも、足を投げ出して、大声で喋っている若者。携帯で怒鳴っている男…と、ひどい連中がいる。町を歩いても、イライラすることが多い。でも、注意は出来ない。注意して、いきなり刺されるかもしれない。かえって、「痴漢だ!」と言われるかもしれない。それで、皆、自分の中にある「正義感」や「愛」は封印している。見て見ぬふりをしている。いけないことだろう。僕も、昔のような「正義感」はないし、命をかけても「愛」を貫こうとする情熱もない。堕落したのだろう。だが、元警察官は、小さなことも見逃せなかった。正義感が強すぎた。愛が強すぎたのだろう。
愛や正義感は大切だ。でも、それだけを考えていたら、いつ暴走するかもしれない。いつも「歯止め」を持っていないと危ない。この世の中で、本当に怖いのは、愛と正義感かもしれない。いや、愛や正義感について、自分だけで考え、結論を出すことが怖いのだろう。
今は自分は淡白で、友人も恋人もいない。しかしいつ又、昔の「愛と正義の人」に戻るかもわからない。暴走しやすい性格だから、それが怖い。誰か止めてほしい。
*
ある意味、今もじゅうぶん「愛と正義」にあふれている気もする鈴木さんですが、
たしかに暴走する「愛」や「正義感」は、
悪意や嫌悪感よりも怖いものかもしれません。
互いに譲ることなく「正しさ」を主張し、やみくもに「愛」を叫ぶうちに、
いつしか取り返しのつかない衝突が起きていた…。
それは多分、人と人との関係だけに当てはまる話ではないのでは?
*
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
「鈴木邦男の愛国問答」
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- 2007-08-01その2:愛国とは、強要されるものじゃない
鈴木邦男さんの本
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