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2012-09-19up
鈴木邦男の愛国問答
第108回
「普遍的な愛」について考えた
「月に30冊以上は本を読もう」というノルマを自分に課している。産経新聞に勤めていた時に決意し、それ以来、ずっと実行してきた。だから、40年以上になる。右派学生運動をやっていた時は、左翼と毎日のように乱闘したり、論争したりしていた。だから、闘うために本は読んだし、理論武装の為にも本を読んだ。本は武器だった。
ところが、社会に出ると、本を読まなくなる。友人達を見てもそうだ。まわりに本を読み、話し合い、討論する人がいない。会社の仕事だけに追われて、本も読まず、ものも考えないようになる。新聞社でもそうだった。これでは、ただの馬鹿になってしまう。と恐怖感を持った。本を読み、ものを考え、迷い、悩み…。そういう行為があって初めて人間だ。それがなくなったら、人間じゃない。そう思うと、ゾゾゾーッと、背筋が寒くなった。
よし、何でもいいから本を読もう! と思った。少し位、高い目標の方がいい。それで「30冊」にした。
今考えるとアバウトなノルマだ。質を抜きにして量を決めるなんて。弊害や失敗もあったと思う。又、ノルマ達成の為だけに「読みやすい本」ばかり読んだこともある。推理小説ばかり読んだ時もある。今は、図書館から借りて読む本も多い。ノルマの半分は図書館の本で達成している。自分が全く知らない分野、関心のない分野の本も読んでいる。そんな中に思わぬ発見もあるからだ。
「今週は、この棚の初めから10冊を借りよう」などと、場当たり的な借り方をしている。新書の「建築」のところから10冊、先週は借りてきた。鈴木伸子『TOKYO建築50の謎』、相川浩『日本の名建築をあるく』、田澤耕『ガウディ伝』、望月重『ビルはなぜ建っているか なぜ壊れるか』、谷川正己『フランク・ロイド・ライトの日本』…などだ。
2週間に1度、返しに行っている。その次は、たまたま目についた宗教関係の本を借りてきた。三浦綾子の『旧約聖書入門』などだ。前に読んだが、何度読んでもいい。「旧約」には、天地創造、ノアの方舟、十戒…などと、映画にもなり、スペクタクルな物語が多い。でも、怪力サムソン、ルツ記、ヨブ記、ダビデ王…などは、よくは知らない。「旧約」は一度、全部読んでみなくては、と思った。高校時代、ミッションスクールだったから、「新約」はよく読んだが、「旧約」は余り読んでない。
聖書を読み、神について考えていたからなのか、その夜、電話があった。知らない人だ。キリスト教の教会の人だという。「今度、うちの教会で講演をしてくれませんか」と言う。「エッ、今、三浦綾子の『旧約聖書入門』を読み終わったばかりですよ」と言った。神の恩寵かもしれない。「ボクがミッションスクールを出てるからですか?」と聞いた。「それもありますが、鈴木さんの本は随分読んでます。その自由な発想にひかれました。それをぜひ、話して下さい」と言う。
その人は、僕の『夕刻のコペルニクス』から読んでいて、他には『失敗の愛国心』がいいと言う。夏目漱石の『坊っちゃん』と重ねて読みました、と言う。自分に嘘をつかないまっすぐな姿勢に打たれました、と言う。こんなこと言われたのは初めてだ。僕は、あんなに素直じゃない。ひねくれているし、ジメジメしている。「僕なんかが教会で話をしていいんですかね」と聞いた。「ぜひ、お願いします。鈴木さんの中で、キリスト教がどんな位置をしめるのか、なども話して下さい」と言う。そうか、これは面白いテーマだ。やってみよう。と引き受けた。
その2日後、高校の同窓会があった。ミッションの高校だ。神に引き寄せられたのだろうか。これも、恩寵だろうか。9月15日(土)の夜だ。昼は「マガ9学校」で河野太郎さんの話を聞き、終わって東天紅 上野本店に行った。「東北学院榴ヶ岡高校同窓会東京支部総会懇親会」と案内が出ていた。東北学院榴ヶ岡高校は仙台にある。仙台でも同窓会をやるが、こうして「東京支部」でもやるのだ。60人ほどが集まっていた。
受付には若い女性が2人いる。アレッ? と思った。男子校のはずなのに。でも、今は共学になっている。
「私たちは45期生です」という。エッ? 俺は。「鈴木先輩は1期生です」。じゃ、44才も違うのか。この日、1期生は三人しかいない。あとは10期、20期、30期だ。知らない人からも、よく声をかけられる。1期の「問題児」だったから、知られているようだ。卒業間際に教師を殴って退学になり、その後半年間、教会に通って懺悔の生活をして、やっと卒業させてもらった。そんな、なさけない1期生だ。
「今日の朝日新聞、見ましたよ」と同窓生が言う。エッ? なんだろう。「尖閣をめぐって石原都知事と鈴木さんのコメントが並んで載ってましたよ」と言う。確かに電話で取材されたけど、新聞は見てない。石原都知事は中国船について、「ただちに追い払え!」と言ったようだ。一般の人の反応でも、「断固闘え!」「戦争も辞さずの覚悟でやれ!」といった、勇ましいものが多い。しかし、全て「国内向け」だけの勇ましいスローガンだ。中国に行って談判する政治家がいない。島の問題だけで戦争になっていいのか。そんなことを僕は喋ったようだ。
「石原の方が強硬ですね。これじゃ、どっちが右翼か分かりませんね」と同窓生に言われた。「右翼じゃねえよ。俺はクリスチャンだ」と言おうと思ったが、やめた。ここには本当のクリスチャンが一杯いる。「お前なんか違うぞ」と言われるだろう。
ただ、出来の悪い生徒だったが、高校時代、聖書にふれ、キリスト教について学んだのはよかった。自分の中で、とても大きなものになっている。そう思う。右翼運動を長くやりながら、偏狭な排外主義にならなかったのは、キリスト教のベースがあったからだと思う。三島由紀夫は「愛国心という言葉は嫌いだ」と言った。官製の押しつけがましさがある。又、愛は普遍的なものだ。それなのに国境で区切られる愛があるのか、と。愛は国境を越え、民族を越える。又、自分と同じ考えの人だけを愛し、違う考えの人は「反日だ!」などというのは、本当の愛ではない。そういうことだろう。高校時代に、「普遍的な愛」について習っていたのはよかったし、大きかったと思う。
高校時代は、入学式から卒業式まで、どんな式典でも、日の丸も君が代もない。これもよかった。普遍的な愛を教わったのだ。
9月15日の同窓会に参加した同窓生の中には、「日の丸、君が代のないのは淋しかった。今は、やるべきだ」と言う人もいた。下らない。現在の悪しきナショナリズムの風潮に毒されているのだ。愚か者め、と思った。
それから後輩たちの吹奏楽部の演奏がある。軽快な音楽が流れる。そして、「では最後に、賛美歌312番と、校歌を演奏します。先輩方も一緒に歌って下さい」。うわー、懐かしい。普遍的な愛の世界だ。歌いながら、ポロポロと涙がこぼれた。
*
鈴木さんとキリスト教! とは、
なんだか意外な組み合わせのようにも思えますが、
それもまた「愛国者」鈴木さんを形作る一部なのでしょう。
「自分と同じ考えの人だけを愛するのは、本当の愛ではない」。
今改めて、重要になりそうなフレーズです。
*
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
「鈴木邦男の愛国問答」
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【この人に聞きたい】
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- 2007-07-25その1:右翼運動と日本国憲法
- 2007-08-01その2:愛国とは、強要されるものじゃない
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