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2012-05-30up
鈴木邦男の愛国問答
第100回
「ツレがウヨになりまして。」を観て
昔、イケメンの学生が一水会に入ってきた。イケメンという言葉は当時はなかったかな。ともかく、爽やかで、いい男だ。大学も名の知れた、いい大学だ。ガールフレンドもいるようだ。「だったら何故、右翼になんかなるんだよ?」と他の人間たちが言っていた。すべてに順調で、世の中に不満なんかありそうにない。それなのに何故? と思ったようだ。
その時は笑って聞いていた。個人的には不満はなくても、現代社会のことを考えたり、日本や世界のことを考えたり、憂えたり…。そんな動機で右翼になる人間は多いだろう。僕はそう思っていたからだ。でも、「いや僕は高卒だから」「女にもてないから」「友達が出来ないから」…という理由で右翼になる人も、かなりいた。
地方に講演に行った時、地元の右翼の人に言われた。「鈴木さんは早稲田を出ていながら、なんで右翼になったんですか?」と。意味が分からないので聞き返したら、「僕ならば、絶対に右翼になんかなりません」と言う。右翼運動をやりながら、「右翼になんか」と言ったのだ。全共闘と闘った右翼学生が、卒業後も右翼運動をやっていた。志を継ぐという意味では当たり前だと思っていた。でも、彼には理解できなかったようだ。
どうも、右翼に対する偏見があるようだ。社会からドロップアウトし、社会に怨みを持つ人間が右翼になってると…。又、右翼になる人も、その偏見に誘われて右翼になるようだ。
ある連合体が北方領土返還運動で、北海道に向かっている時だ。まっ黒い街宣車を何十台も連ねて行く。中には、ちょい悪の若者もいて、街を歩いてる一般人をひやかす。若い女の子を見ると、「ねえ、乗ってかない?」。カップルを見かけると、「よう、これからホテル行くの?」と。たまりかねて、その団体の幹部が注意した。「俺たちは国のために運動をしてるんだ。日本人として恥ずかしいことはするな! 常識がないのか!」と。その時、若者は言い返したという。「常識があったら右翼なんかやってねえ!」。
よくも口答えしたもんだ。きっと、ぶん殴られただろう。あるいは、笑って取り合わなかったか。
こういう右翼の人に彼女ができることは、まずない。大体、女にもてないし、友達がいないから右翼になるんだし。それに彼らは、思っている。そんな下らない「愛」や「友情」ではなく、もっともっと大きな「祖国愛」に生きるんだ。命をかけるのだ…と。だから、彼女か、祖国か、という「二つの愛」に悩むことはない。
ところが、ここに普通のカップルがいる。思想なんか関係ない。愛だけだ。同棲している。女性はスーパーに勤めている。男は仕事を探しているが、今は無職だ。女のヒモ的生活をしている。ある時、男のパソコンを見た女性は驚く。韓国や中国に対する口汚い攻撃が書かれている。ネット右翼になっていたのだ。そして先輩と共に、抗議活動を始めるようだ。そして、何と、彼女の勤めるスーパーに乗り込んできた。「韓流スターとの握手会を中止しろ! 売国奴め! 反日め!」と言って。どうする、どうなる二人の愛。そして祖国への愛は?
…という芝居だったんですよ、僕が見たのは。5月26日(土)、京都大学でこの芝居を見た。「笑の内閣」が上演する、「ツレがウヨになりまして」だ。京都大学の吉田寮食堂で上演された。食堂としては今は使われてない。いろんな催しや芝居に使われている。築100年だそうだ。取り壊しに反対して頑張っている。
「この芝居を見て、その後の監督とのトークに出て下さい」と頼まれたのだ。面白そうだから、「行きます」と即答した。実際、面白い芝居だった。ネット右翼を笑い飛ばす芝居だと思っていた。勿論、その面はあるのだが、僕が考えた以上に、シリアスだ。<思想劇>だ。いや、笑いの中に、大きな問題提起があるのだ。「思想戦争」かもしれない。そして、この場合、笑いは「強力な武器」になると思った。
普通に恋愛し、普通に同棲しているツレが突然、ウヨになる。これからは、かなりあることだろう。ツレが男ではなく、女という場合もある。祖国への愛に目覚めた女性を引きとめようとする男。そして論争。その挙句に暴力。そして殺人だ。「ツレウヨ殺人事件」だ。きっと土曜ワイド劇場になるだろう。あるいは「相棒」か。
普通なら、こんな時は、すぐ別れる。誰がウヨなんかと! と思うのが常識だ。でも、愛を信じる女性は時として常識を忘れる。何をしても男をつなぎ止めようとする。「私と国と、どっちが大事なの?」と聞く。実は、祖国愛は、実体があるようで、観念的だ。形而上的だ。その点、女性への愛は、具象的、形而下的だ。オッパイがある。接吻がある。交接がある。迷う。その時、右翼の先輩に言われる。「彼女のかわりはいても、祖国のかわりはない!」。より高い、絶対の<愛>に生きるべきだと言う。男は、ハッと我に返る。いけない。下劣な肉慾におぼれていてはダメだ。そして愛国行動に邁進する。それで終わり。メデタシ、メデタシだ。
いや、ここで終わったら、ウヨの宣伝芝居になってしまう。実際は、これから更なる展開があって、全く思いもかけない方向に進む。彼女のお父さんは警察官で、権力を使って二人を引き裂こうとする。そんな彼女に同情する部下の警察官。さらには彼女のゼミ指導の女性教授が出てきて、ウヨを論破し、「洗脳」を解こうとする。
そして何よりも感心したのは、「愛国心」をめぐる高度な論争だ。芝居なのに、全員が「朝生」のように論争している。そんなふうに思った。「まず、この国を愛する、と決めた。だから、この国のいい点だけを探して、言っている」「韓国や中国に対しては、反対に、悪い点だけを必死に探して、嫌いになろうとしている。おかしいじゃないか」。教授の言葉だ。確かにこれはあるよな。
愛というならば、全てを受け入れるはずだ。日本の過去の過ちも、失敗も含め、それでも、この国をいとおしいと思う。それが「愛」だろう。それなのに「いい点」だけを言いたて、「悪い点」はなかったと言う。「悪い点」は、左翼が作り上げた嘘だという。しかし、歴史上、間違いが一つもない、きれいなだけの国なんて、あるはずがない。もし、悪い点だけを拾い上げてゆくと、簡単に「反日」になるのではないか。だから、いい点だけを認める愛国心は、かなり脆弱だ。危ういと思う。
それに、「国」は何も語ってくれない。本当は、「お前らなんかに愛してほしくない。馬鹿野郎!」と怒鳴りたいのかもしれない。でも、喋れない。だから皆、勝手に、「僕だけが愛している」「いや、俺の愛こそが本当だ」と言い合っている。困ったことだ。
もしかしたら、祖国という、大きな「存在」を愛する自分に酔っているのかもしれない。それを愛せる自分は何と素晴らしいのだろう。と、思っているのだろう。結局、自分が好きなんだ。いや、誰も誉めてくれないから、自分で自分を誉めているだけかもしれない。よし、そんな反省を込めて、僕も脚本を書いてみよう。そして芝居にしてもらおう。
*
なんと今回で連載100回! にふさわしく、
ストレートに「愛国心」がテーマの「愛国問答」でした。
噂だけは耳にしていた「ツレウヨ」、
鈴木さんの文章を読んでいたら、ものすごく見たくなってきた! のですが、
今のところ次回公演の予定は発表されておらず…。
劇団「笑の内閣」ホームページでときどきチェックしてみるとよいかも
(この作品の作者・高間響さんによる、「恋愛と愛国心」と題した文章も面白いです)。
そして鈴木さん版「恋愛と愛国心」のお芝居も、ぜひぜひ実現してほしい!
*
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
「鈴木邦男の愛国問答」
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