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2012-03-21up
鈴木邦男の愛国問答
第95回
「武道必修」の強行は危ない
今年の4月から中学校の体育で「武道」が必修化される。柔道、剣道、相撲のどれかを選ぶのだが、費用面などで、多くの中学校が柔道を選ぶとみられている。7割近くが柔道になるようだ。生徒は柔道着があればいいし、学校は畳を用意するだけでいい。僕も柔道をやっている人間として、これは嬉しいことだ。柔道人口の裾野が広がる。又、中学から柔道の精神を知り、「受け身」を覚えるだけでも素晴らしい。そう思ってきた。ところが最近、少し疑問を感じてきた。
中学校で「武道」の必修は、すんなり決まったのだろうか。これも子どもに「愛国心」を持たせる教育の一環なのだろうか。わざわざ「武道」を持ち出し、日本人としての強い自覚を持たせようとする為か。生徒の健康を考えたら、今の体育だけで十分ではないのか。それだけだと、生徒はサッカーや野球などの球技にだけ熱中し、日本的な武道が忘れられるからなのか。さらには、「今時の若い者はダメだ」という意見があって、武道で鍛え直すべきだ、という「愛国」的動機があるからなのか。どうも分からない。
僕は柔道は素晴らしいと思うし、特に「受け身」は皆が学ぶべきだと思う。交通事故に会い、瞬間的に受け身をとり、軽傷で済んだという話は随分と聞く。又、俳優の小林旭さんが文化放送で会った時に言っていたが、撮影中にビルから落ち、瞬間的に受け身をとり、重傷だったが命は助かったと言っていた。柔道で命を助かった人は多いのだ。
ところが、中学の武道(ほとんどが柔道)の必修化に最近、疑問を持った。それは、新聞の小さな記事を読んだからだ。産経新聞の3月10日付の記事だ。
〈高校柔道 女子部員が脳障害
道に1億3600万円賠償命令〉
本当に稀なことだが、こんな不幸な事故もある。家族が道に損害賠償を求めていたが、札幌地裁はそれを認めた。高額の賠償を命令した。練習で怪我をした場合、普通、部の監督や学校を訴えるが、今回は北海道を訴えていた。そして裁判所は賠償を命じた。記事を見てみよう。
〈北海道芦別高(芦別市)の柔道部の練習中に頭部を強打し脳に障害が残ったとして、同市の元女子部員(20)と家族が道に約2億2900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁は9日、約1億3600万円の支払いを命じた。石橋俊一裁判長は「体調や技能を考えれば練習試合に出場させるべきではなかった」として、学校側の過失を認めた。
判決などによると、女性は平成20年8月、練習試合で大外刈りをかけられ、後頭部を強打、脳に障害が残り、手足もまひしたままで常時介護が必要になった〉
悲惨だ。めったにないが、こんな事故もある。それに、又しても「大外刈り」だ。柔道の代表的な技だが、掛けられた方はアゴを引き、きちんと受け身をとらないと、頭を打つことがある。昔は、柔道部のシゴキで、大外刈りを何十本もかけ、怪我をさせた、という事件もあった。しかし、今はそんなことはない。この女性部員は、受け身は出来てるが、体調が悪くて瞬間的に受け身を取れなかったのだろう。あるいは、激しい練習試合などでは、大外刈りをかけた相手が、はずみで乗っかってくることもある。そして、かけられた人間は受け身をとれずに下になる。そんなケースもある。不幸な事態だ。でも、学校側の過失もあったし、監督不十分だ。ただ、こんな不幸なケースは、あくまでも例外だ。稀だ。
と思っていたら、この記事の続きを読んで、アッ! と叫んだ。全く知らなかった。柔道をやってる僕だって知らなかった。そして、柔道ってこんなに危険なスポーツだったのか、と思った。産経の記事だ。
〈4月からは中学校の体育で「武道」が必修化される。費用面や設備面で負担が少ないため、多くの中学校が柔道を選ぶとみられているが、日本スポーツ振興センターによると平成2〜21年度の20年間で、学校内の柔道事故で死亡した生徒らは74人に上る〉
エッ! 本当かよ、と思った。わが目を疑った。74人も死んでるという。全く知らなかった。大量死亡事故だ。さらに産経ではこう書かれている。
〈子どもを亡くした保護者らでつくる「全国柔道事故被害者の会」は先月、危険な技の禁止を求める要望書を文部科学省に提出。文科省は9日、教育向けに安全管理の手引書を作成するとともに、事故発生時の対応の点検や見直しを行うよう全国の教育委員会に通知した〉
「被害者の会」があったなんて知らなかった。20年間で74人も死んでいるという。学校内だけでだ。じゃ、道場や他の試合会場ではもっと多いはずだ。又、北海道の女子部員のように、脳に障害が残ったとか、重傷を負ったという人は、死亡事故の何倍もあるはずだ。中学生などは試合でも関節技、絞め技は禁止されている。危ないからだ。でも、大外刈りは代表的な、普通の技だから、禁止されていない。この技の禁止も求めているのだろうか。
74人の死亡は、柔道部だ。ちゃんとした監督や指導者がいても、これだけの事故が起こった。だったら、これから中学で「必修」になったら、先生は足りない。だから、体育の先生が、短期間、柔道の講習を受けて、それで生徒に教えるケースも多くなる。果たして、いいのかな、と思う。危ない話だ。
気をつけて見たら、テレビでも「危ない柔道」について、随分と放送していた。4月からは中学で武道が必修になるのに、果たして「安全対策」は大丈夫か。そういう点から放送していた。20年間に74人が死亡した。「日本スポーツ振興センター」が発表した。テレビでやってたが、同センターが、もう少し長く28年間の死亡者も発表していた。1983年から2010年の28年だが、何と生徒114人が死亡したという。これは由々しき問題だ。「国全体で子どもを守る必要がある」と発言していたアナウンサーもいた。その通りだろう。「武道をやったら、しっかりした日本人に育つだろう」「愛国心も持つだろう」と、楽観的な考えやムードだけで、武道を必修にするのは、かなり危険だ。それに教える教師もいない現状ではなおさらだ。
ただ、誤解しないでほしいが、子供のうちから武道をやるのは全て危ないと言ってるのではない。僕が通っている講道館では、子供のクラスがあり、小学生や、それ以前の子供も沢山いる。しっかり受け身を教え、指導する先生が何人もいる。だから事故は起きない。又、全国では、町道場も結構ある。さらに、空手道場などもある。だから、中学生で武道をやりたい人は、そうした、しっかりした指導者がいる道場に行ったらいい。何も全員、強制的に学校でやらせる必要はないと思う。見切り発車で強行すると、「武道必修」はかなり危ないと思う。
*
さかのぼれば、「伝統と文化の尊重」などを掲げた、
改正教育基本法の施行に端を発している武道の必修化。
武道自体が悪いわけではもちろんないし、
そこから学ぶことも多々あるのでしょうが、
設備や指導者の数も十分ではない中で、なぜわざわざ、との疑問が浮かびます。
*
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
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