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2011-1-12up

鈴木邦男の愛国問答

第66回

餅と老人

 これは大事件だ。たった3日間で、東京では8人が死んでいる。全国では100人近いだろう。それも、同じ原因で死んでいる。「事故死」だというが、余りに多すぎる。それに、僕の見るところ、3割以上は明らかに「殺人」だ。それも、完全犯罪だ。これはラジオでも是非、取り上げましょう、と僕は言った。「そんな馬鹿な! ありえませんよ」とディレクターは言う。「それに、喉に餅を詰まらせて亡くなった老人の話は、きのうやりましたよ」。

 それで僕の「告発」は不発に終わった。そう、餅の話なんだ。週に一回、水曜日、文化放送に夕方出ている。「これは大事件だ。やりましょう」と言ったのに、ボツになっちゃった。だから、ここで書こう。産経新聞の11年1月3日の記事と、1月5日の記事だ。3日の新聞では、「1、2日で6人が死亡」。1月5日の新聞では、「1〜3日で8人が死亡」と出ていた。異常に多い。東京都の人口は全国の1割弱だ。だから、正月3日、東京で8人が死亡したとなれば、全国ではその10倍以上になるはずだ。だから、100人位が死んでるはずだ、と僕は推測する。救急車で運ばれた人は、その4倍以上いる。日本列島の「大惨事」だ。それに、3割は「殺人」だと僕は確信する。少なくとも「未必の故意」による殺人だ。それなのに、誰もこの大事件を取り上げない。
 ちょっと説明する。「未必の故意」とは、こういうことだ。「実害の発生を積極的に希望ないしは意図するものではないが、自分の行為により結果として実害が発生してもかまわないという行為者の心理状態」(三省堂『辞林21』)。
 老人に餅を食べさせた人は、まさにこれだ。70歳以上の老人が餅を食べるのを見て、止めなかった人間も同じだ。同罪だ。まずは、1月3日付の新聞から紹介しよう。
 〈喉に餅詰まらせ死亡・搬送相次ぐ〉
 と、小見出しに出ている。
 〈東京都内で1日から2日までに、雑煮の餅をのどに詰まらせるなどして少なくとも24人が病院に搬送され、このうち男女6人が死亡したことが2日、東京消防庁などのまとめで分かった〉

 少なくとも24人が救急車で運ばれたのだ。全国だと240人以上か。異常に多い数だ。死亡した6人だが、ほとんどが男性だ。
 〈同庁によると、葛飾区の男性(72)が1日朝、餅を喉に詰まらせて椅子から崩れ落ち、渋谷区の男性(70)、足立区の男性(82)、葛飾区の男性(82)も同日、それぞれ自宅で雑煮を食べた際に餅をのどに詰まらせ、死亡。2日には八王子市の男性(80)と足立区の女性(95)が死亡した。他に40代から90代の男女18人が餅を喉に詰まらせ意識を失うなどした〉

 40代の人でも餅を喉に詰まらせることがあるのか。これは例外としても、死亡したのは全員が70代以上の男性だ。いや1人だけ女性がいるが、この人は95才。だから老人にとって、雑煮は最も危険な食べ物だ。
 未成年は酒を飲んではいけない。未成年に酒をすすめるのも犯罪だ。同じように、70才以上の人に餅を食べさせるのも〈犯罪〉だ。その位の覚悟、意識を持つべきだ。「お正月のおめでたいことだから」「日本の伝統・文化だから」といって見過ごしにしてはならない。
 老人の中でも、なぜ男性ばかりが死ぬのか。女性は慎重だし、少しずつ口に入れて、よく噛む。一般的にそうだ。それに比べ、男性は、せっかちだ。あまり噛まないで早く呑み込む。それに、「男らしく」大きな餅のまま食べる。だから事故が多い。
 こうした事故は毎年、正月に集中している。しかし、奇妙だ。全国民が、このニュースを見ている。それでも事故は減らない。注意もしない。もしかしたら、そんな事故が起こるかもしれない。起こってもいいや、と心の中で思ってる人もいるかもしれない。いや、きっといるはずだ。でも立証できない。完全犯罪だ。

 次に、1月5日付の産経新聞だ。
 「のどに餅詰まらせ三が日に8人死亡」
 と出ている。都内で、1、2日では6人が死亡。3日間では8人になっている。
 〈都内で三が日に餅をのどに詰まらせ、高齢者8人が死亡したことが4日、東京消防庁のまとめで分かった。同庁は「高齢者や乳幼児と食事する際には注意してほしい」としている〉

 この「注意」は重要だ。もっと徹底すべきだ。乳幼児の場合は皆、注意する。大きな餅を丸ごと与えたりしない。小さく小さく切って、注意しながら与える。ところが、高齢者には、勝手に食べさせている。「大人なんだから」と思っているのか。でも、噛む力は弱いし、呑み込む力も弱い。乳幼児と同じだ。いや、それ以下かもしれない。だから、乳幼児と「同じように」注意しなくてはならない。そんな注意や気配りが全く欠けている。
 僕らが子供の頃は、老人には、たとえ雑煮でも、餅を小さく切って入れていた。さらに、「よく噛んでね」「お汁と一緒にね」といって、優しく見守っていた。「お爺ちゃんは危ないから、お餅はやめましょうね」「アラレにしましょう」という家族もいた。僕のまわりだけだったのか。いや、昔は、老人に対して、もっと温かかったと思う。だから、餅がらみの事故なんて、なかったような気がする。
 僕が小学生の時は、まだテレビがなかった。だから、老人たちは、今よりもっと尊敬されていた。その昔は、さらに尊敬されていた。だって、「情報源」だったからだ。地震、津波、台風などの自然災害があると、「そうじゃな、40年前の津波の時は、こうした」といって教えてくれる。情報源であり、その話を基にして対策を考えるのだ。だから老人は、情報の宝庫だし、〈長老〉として、大事にされた。皆に頼りにされ、生きがいもある。だから、元気だ。
 そんな情報源の貴重な長老たちだから、まわりの人も尊敬し、気をつかう。いくら目出度い席だからといって、餅をそのまま食べさせたりはしない。餅なんかに殺させたりはしない。
 今、いろんな事の情報源はテレビ、新聞、ネットだ。老人たちの「智恵」や「情報」は価値がなくなった。それと共に、老人がないがしろにされている。本当は、「乳幼児」と共に、大事にされ、注意されるべきなのに。大事にされるのは「乳幼児」だけだ。
 なかには、ヤケで「自決」する人もいる(のかもしれない)。三島由紀夫のような自決の舞台は、なかなか作れない。死に遅れた、と思ってる昔の活動家も多い。でも、決起する舞台はない。だったら、思い切って、餅を食べて自決しよう。そう思う人だっている。あとで遺書が出て来た。というケースだってあるだろう。
 1月5日付の産経新聞は、最後に、東京消防庁からのこんな「注意」を紹介している。
 〈同庁は餅を食べる際、水分と一緒にゆっくり食べたり、小さく切り分けたりするよう指摘。のどに詰まった場合は、気道を確保して餅をたたき出す応急手当てなどを行い、速やかに119番通報するよう呼びかけている〉

 という訳で、お互い気をつけましょう。僕も、今年からお雑煮はやめました。日本の文化・伝統よりも自分の命の方が大事です。

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「お正月にはお餅を」の習慣は変わらないけれど、
1人暮らしの高齢者が増えたりと、
ライフスタイルが変化したことが、
「詰まらせ」事故の増加につながっているのかも。
「まさか自分や家族が」と思わず、十分に注意したいもの。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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