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2010-10-06up
鈴木邦男の愛国問答
第60回
右翼の「世界連邦」への夢
「まるで悪役レスラーでしたね、あの頃は。今の鈴木さんとは全く別人ですね」と右翼の人に言われた。
昔の僕の写真や発言を見たという。30年も前の話だ。ヒゲをはやしてるし、目付きも鋭い。そして過激なことばかり言っていた。週刊誌の対談や右翼の雑誌でも乱暴なことを言っていた。「右翼は牙を失ってはダメだ!」「非合法闘争も必要だ!」と吠えている。今読むと恥ずかしいが、当時は焦っていた。こんな右翼じゃダメだ、と思っていた。逆に言えば、それだけ右翼への帰属意識が強かったのだろう。
新左翼は命をかけて闘っている。組織など潰れてもいい。そのくらいの覚悟で闘っている。それなのに右翼は何だ! と思った。1972年の連合赤軍事件、1974年の、東アジア反日武装戦線<狼>による連続企業爆破事件。特に後者に大きなショックを受けて、『腹腹時計と<狼>』(三一新書)という本を書いた。産経新聞社を辞めた直後だ。
この事件によって新左翼は自滅した。しかし、皆、命がけだった。旧左翼のように「組織温存」だとか「合法路線」なんて全く考えない。自らを殺して敵を倒す。いつでも自決できるように青酸カリ入りのペンダントを持っていた。まるで戦前右翼の「血盟団事件」じゃないか、と思った。
新左翼は自滅覚悟で大きな闘いに打って出た。それなのに右翼は、「テロは悪い」「秩序を守れ」と言っている。かつては右翼こそがテロやクーデターの張本人だったのに。血盟団事件、5・15事件、2・26事件…と、流血の国家革新運動をやったのが右翼だ。その牙をなくしたら、もう右翼じゃないと思った。
だから当時は、右翼の先輩、先生方にも噛みついた。これじゃダメですよ! と。そして、『証言・昭和維新運動』を書いた。今の右翼はダメだ。そう思い、血盟団事件、5・15事件、2・26事件の関係者を訪ね歩き、話を聞き、本にした。ただ、僕の予想し、期待した発言をしてくれたのは、血盟団事件の小沼正さんだけだった。あとは全員がテロ否定であり、「合法的」闘い、言論戦を主張していた。今、右翼に「言論」なんかないだろう。そんなものは何の力にもならない。当時の僕はそう思っていたので、「合法」路線の右翼長老の話には不満だった。批判もしたし、反駁もした。
血盟団事件の小沼正さんだけは、「テロ礼讃」だった。井上準之助(当時の前蔵相)を殺した人だ。服役して、出てきて、以前と変わらず、「テロは必要だ」「テロだけが世の中を変える」と言っていた。凄い人だと思った。一貫不惑の人だと思った。東映映画で「日本暗殺秘録」が作られ、小沼正役は千葉真一(現・JJサニー千葉)がやっていた。この映画の中心だったし、恰好よかった。
あれから30年。今の自分を考えると、皮肉なことに、当時僕が批判し、喰ってかかった人々に似ている。「テロはいけない」「全ては言論でやろう」と言っている。年をとったから、腑抜けになったのか。それもあるだろう。しかし、30年前、自分が批判し、否定した先生方の「思想」や「理想」が今になって分かってきたからだ。
一貫してテロ礼讃をする小沼氏には衝撃を受けた。しかし、それは長く続かなかった。それ以外の先生方の考えに(当時は反発したが)、年とともに納得してきたのだ。
去年の12月に出した『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)にもそのことは書いた。2・26事件の2年ほど前に神兵隊事件が起こった。いや起こすはずだった。決起前に全員が逮捕された「未発のクーデター事件」だ。その神兵隊事件の関係者は、戦後右翼運動のリーダー的存在になっている。「青年講座」の白井為雄先生、「新勢力社」の毛呂清輝先生、「大東塾」の影山正治先生、「全有連」の片岡駿先生、そして「救国国民総連合」の中村武彦先生などだ。
戦前とは違い、新憲法が出来、「言論の自由」のある戦後社会で、右翼はどうあるべきかを必死に模索し、実行した人々だ。勿論、今は客観的に見れるから、そのように評価できる。でも当時は、反発した。いや、理解できなかったのだ。その先生方の思想や理想が分からなかった。30年以上経って、本を読み返してみて、気がつくことが多い。たとえば、片岡駿先生が1970年に書いた『日本再建法案大綱』という本がある。日本再建のプランが具体的に書かれている。
当時は、その「具体的プラン」が煩わしかった。やけに、こまかい事を書いていると思った。そんなことよりも、この日本の体制を打倒することだ。反権力の闘いだ。実力行使だ、と思っていた。「右翼は牙を失ったら終わりだ」と思い、焦燥感を持っていた。
と同時に、4年半のサラリーマン生活から脱し、これからは好きなことをやれるという「解放感」もあったようだ。格好だって、右翼らしく、怖くしていた。いつでも乱闘できるように、又、警察から逃げられるように、運動靴をはいていた。格好ばかりつけていた。だから、右翼の先生の本を読んでも、「理想」や「夢」は目に入らなかった。今は、見えるし、分かる。たとえば、片岡先生の同書にはこんなところがある。
<世界における人口・食糧問題の解決と、併せて来るべき世界連邦の布石たらしむるため、飢餓と貧困に悩む全世界の難民及び後進国プロレタリアートに対し、ソ連、中共、米共和国、カナダ、濠州等大地主国家の一部を解放し、これを自由共和国建設の新天地たらしむべきことを国家に提案、これが実現のために世界の識者と提携すべし>
こんなこと、今は左翼だって言わない。ロシア、中国、アメリカの領土は大きすぎる。だから、貧しい国に対して分け与えろと言う。「大国領土解放の要求」だ。「後進国プロレタリアート」のために大胆に提案している。片岡先生は、国連を改組して、理想の「世界連邦」にすべきだというし、国際語(エスペラント語)を世界各国は採用すべきだという。
考えてもみたらいい。今、尖閣列島をめぐり日中は衝突している。領土は1ミリでも譲ったら終わりだと、皆、熱くなっている。特に、右翼・保守派と言われる人々は、「血と領土」を守ることこそ、ナショナリズムだと思っている。大きな領土を持っている中国、ロシア、アメリカだってそうだ。「大きいのだから、少しくらい分けてやれよ」なんて誰も言えない。いや、そんな発想を持つ人もいない。片岡先生だけだ。さらにこう言う。
<アメリカ合衆国の一部、例へばアラスカを黒人のために解放して、黒人の共和国を建設せしめれば、米国社会の一大難問題を解決すると共に、ソ連の国防不安を激減する。世界平和への貢献と社会正義の実現を一挙に遂行し得ることとならう>
他にも、こうした「世界再編」のプランや夢は語られている。もっともっと、聞いておくべきだったと思う。片岡先生を初め、皆、亡くなってしまった。霊を呼び出してもらい、聞いてみたい。じゃ、尖閣問題はどう解決したらいいんですか、と。「大国なんだから」と中国を諫めてくれるのか。お互いが主張を述べあって、「国際司法裁判所で審議しなさい」と言うのか。今の国際司法裁判所では余り力はない。では世界連邦が出来たら、領土問題を含め、国際間の紛争を調停し、解決する強力な裁判所を考えていたのかもしれない。
*
この『日本再建法案大綱』、内政面についても、
地方自治や首都移転、労働者の権利についての言及があったりと、
びっくりするほど革新的? な内容なのだそう。
右翼って、左翼って何? 保守とは、革新とは? と、
改めて考えてしまいます。
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
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