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2010-09-22up

鈴木邦男の愛国問答

第59回

田代まさしさんのこと

 田代まさしさんが又、捕まった。4度目だ。今度は、コカイン所持だった。田代さんとは何度も会っていたし、「もう大丈夫だ。再起した」と思っていただけに、残念だし、悔しい。
 この2年間は必死に頑張り、更生し、立ち直ったと思っていた。05年に覚せい剤で懲役3年6月の実刑判決が下され、08年6月に出所した。それからの「2年間」だ。「これが最後のチャンスだ」と本人は言っていた。ロフトでも「再起イベント」を何回もやったし、僕も一緒に出た。ロフトや、月刊『創』など多くの人達が支援した。大勢のファンが詰めかけた。昔のビデオや田代さんの載った雑誌などを持って、ファンは来た。「こんなに大活躍してたのか」と僕も驚いた。テレビCMにも随分と出ていた。そのファンの一人一人に丁寧に、時間をかけてサインしていた。そんなに丁寧にやらなくても…と僕は言った。「いや、この人たちのおかげで再起できたんです」と涙ぐんでいた。
 「気配りの人」だと思った。腰が低いし、ゲストやスタッフやファンの人々にも一人一人、挨拶をする。田代さんを知る人は皆、そう言う。周りにいる人、全員に気を使っていたという。ライブが始まると「楽しんでもらおう」と必死だ。ここでも気配りだ。
 出所後第一回目のトークライブの時だ。新しい下着を買ってきた。控室で、何してるんだろうな、と思ったら、舞台に上がって…。「お久しブリーフ!」と言って、いきなり下着を開けた。うまい。必死に考えてきたのだろう。
 人間が真面目で、内気な人だと思う。酒を飲んで、酔いにまかせてポンポンとギャグを飛ばすタイプではない。家でじっくり考え、考え、そしてギャグを用意してきたのだろう。そんな感じがした。
 それに、田代さんはお酒は全く飲めないのだ。「お酒が飲めれば、こんなことにはならなかったのに」と何度も言っていた。「こんなこと」とはクスリに逃げることだ。
 他の人の場合だと、酒の上での失敗はよく聞くが、田代さんは酒を飲めないが故の「失敗」「犯罪」だったのだ。元刑事の北芝健さんに聞いたら、「覚せい剤に走る人は、酒を飲めない人が多い」という。酒を飲めたら、酔って鬱憤を晴らすことが出来る。でも、体が酒を受け付けないから、何かあった時、ついついクスリに走ってしまう。
 「だったら、手術して酒が飲めるような体にしたらいいじゃないですか」と僕は言った。しかし、それは無理だと北芝さんは言う。遺伝子やら、体内の酵素やら、いろんなものが関係していて無理だという。
 「じゃ。少しずつ酒を飲んで、慣らして、飲める体にしたらいいでしょう」と言ったが、ほんの少しなら出来るが根本的にはダメだという。
 実は、北芝さんも酒は飲めない。豪傑タイプで、いくらでも飲めそうに見えるが、全く飲めない。じゃ、ストレスが溜まったら、どうやって発散してるんですか? と聞いたら、「スポーツで発散している」と言う。高校生の性欲解消の「模範解答」のようだ。でも本当だ。北芝さんは空手道場を持って教えているし、そこで汗を流し、ストレスも発散させている。それと、刑事時代に薬物被害者をいやというほど見てきた、その体験がある。
 高卒認定(旧大検)予備校で僕は週一回、教えているが、先週、学校に行ったら化学の先生に会ったので、同じ事を聞いてみた。酒を飲める体にすることは、やはり無理だという。化学的、専門的に説明してくれた。「実は僕も酒が全く飲めないんです」と先生は言う。「それでクスリをやってるんですか?」「やってませんよ。僕の場合はパチンコですね。ストレス解消法は」と言う。
 でも、あんなうるさい所で、何時間も玉を打ち続けるなんて…。それも、儲かりもしないで損ばかりなのに…。「それよりはスポーツ会館に行って、走るとか、マシーンを使って汗を流した方がいいんじゃないですか」と聞いた。「そのように物事を建設的に考える人はストレスが溜まらないんです」。そうかなー。「それに鈴木さんはストレスを“運動”で発散させてるでしょう。昔は右翼運動で。今は柔道で。そういう人は意志が強いんです。だから、クスリに逃げないんです」
 じゃ、「思想を持つ」ことがクスリに対する最強の防禦策かもしれない。右翼、左翼、アナーキスト、市民運動…と。思想的、政治的な運動をしている人で、覚せい剤やコカインなど、クスリで捕まった人はいない。少なくとも僕の知る限り、一人もいない。化学の先生の言うように「運動」でストレスを発散しているからか。黒い車の上に乗って、「日本はこれでいいのか!」と大声で怒鳴っていたら、ストレスも吹っ飛ぶ。あるいは、政治運動はクスリ以上の「エクスタシー」を与えてくれるのかもしれない。忙しく動き回っている政治家の先生たちも、クスリで捕まった人はいない。だったら、田代まさしさんも右翼の世界に誘ってやったほうがよかったのかもしれない。
 思い出した。思想・政治運動をする人にクスリで捕まる人がいないという話だ。運動に没頭することで、自分は世の為、人の為に貢献している。そういう満足感、高揚感、エクスタシーがある。これでストレスなど溜まらない、と同時に、世の為、人の為、そして右翼なら「国の為」、左翼なら「革命の為」に運動をしている。その使命感がクスリを寄せつけないのだ。
 昔の僕もそうだったが、右も左も、真剣に、思いつめた運動をしている人たちは、捕まることは怖くない。むしろ、逮捕覚悟でやっている。だが、逮捕の名目にこだわる。政治的事件ならば覚悟の上だし、試練だと思っている。少々、強引な逮捕でも仕方がない。しかし、活動家が「クスリで捕まった」となったら、「活動家としての全て」が否定される。終わりだ。「何だ、クスリでハイになって運動をやっていたのか」「卑怯者め!」と思われたら、他の人を含めて全部の運動が否定される。これだけは絶対にあってはならない。その気持ちが「抑止力」になるのだ。
 同じ理由で、「痴漢」や「淫行」で捕まる活動家もいない。やはり抑止力が働く。警察官と殴り合いになって逮捕されたとか、抗議に行って捕まったとかいうのなら「勲章」だ。ところが、クスリ、痴漢、淫行では、同志に対し、顔向けが出来ない。又、運動をやってる人全てが誤解される。迷惑をかける。「国事犯」「政治犯」だったら、誉れの逮捕だ。でも、「破廉恥犯」ではダメだ。
 こう考えると、やはり田代さんは右翼に紹介すべきだった。いや、左翼でもいい。「反体制」「反権力」の過激な闘いをやってる人たちの間では、クスリなんかやれない。クスリに逃げる余裕もない。それに、左右の活動家は、仲間意識、同志愛が強いから、何かあったら助けてくれる。
 捕まった時の田代さんの写真を新聞で見て、ビックリした。激ヤセしていた。全く違う。その前は激太りしていたという。「手も震えてました」と(今頃になって)言う人もいる。周りの人は気付いていたんだ。じゃ、強制入院でもさせたらよかった。左右の活動家だったら、必ずそうするだろう。
 きっと、芸能界の方が冷たいのだ。挙動不審な人がいて、「もしかしたら」と思っても、かかわりを避ける。相談にも乗らないし、巻き込まれたら大変だと逃げる。そのくせ、匿名で、警察に密告したりする。「こんな奴と一緒に仕事をしていたら、自分までヤク中と疑われる。何とか取り除こう」と思うのだろう。そんな冷たい芸能界にいて田代さんは更に孤立し、絶望感を深めたのだろう。酒でも飲んで、鬱憤を晴らしたい。でも酒は飲めない。悪いこととは知りながらも、クスリに逃げたのだろう。かわいそうな話だ。と、同情してるだけではダメかもしれないが…。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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