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2010-08-04up

鈴木邦男の愛国問答

第56回

死者との会話

 こんな暑い日だったな、と思い出した。中学1年の夏だった。もう50年以上も前だ。まるで前世の記憶のようだ。秋田県の湯沢市に住んでいた。夏休みで、同級生が遊びに来ていた。「クニオの家には変な本ばっかりあるな」と彼は言った。「母の本箱」を見てそう言ったのだ。
 「母の本箱」というのも変だが、家の本箱には母の本しかなかった。それも皆、宗教的な本だ。僕と弟は学校の教科書くらいしか持ってない。だから自分の机に並べたら、それで済む。父親は税務署に勤めていて、仕事一筋だった。趣味で読書するという習慣がなかった。わが家では母だけが読書家だった。いくつかある本箱には皆、母の本だけが並べられている。
 「生長の家」という宗教団体に母は入っていた。『生命の実相』(全40巻)を初め、『真理』などの本があった。又、当時は「生長の家」で海外の神秘思想家、心霊学者の本も紹介していた。『霊界通信』『霊界からの電話』なんていう本がある。「なんだ、こりゃ」と同級生は驚いていた。そのうち見つけたのが『人間、死んでも死なぬ』という本だ。「そんな馬鹿な!」と吐き捨てるように言っていた。僕は恥ずかしくて真っ赤になっていた。
 霊界通信を母親がどこまで信じていたのか分からない。でも霊魂はずっと存在すると思っていたようだ。僕も漠然とそう思っていた。そう思いながらも、若い時は、「こちらの世界」のことが忙しくて、この世界を変えることに懸命になってきた。
 ところが、中年を過ぎてから、「あちらの世界」からのコンタクトがある。霊界通信もあるし、霊界からの電話もある。三島由紀夫から電話がかかってくるし、坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松陰からも手紙がくる。そして叱られている。もしかしたら、「こちらの世界」の人よりも、「あちらの世界」の人達との会話・付き合いの方が多いのかもしれない。それに、読んでる本だってそうだ。今、生きてる人の本なんて全く読まない。読む価値がないと思う。三島由紀夫、司馬遼太郎、北一輝、大川周明… と、死んだ人の本ばかりだ。本を読むというのは、その本の著者と会話することだ。だから、毎日「あちらの世界」の人たちとばかり会話し、付き合っている。
 又、もっとダイレクトに電話や手紙も来る。留守電に、「三島由紀夫だけど電話をくれ」と伝言が入っている。電話番号も入っているが、どうも、「こちらの世界の」番号だ。三島の霊が降りるおばさんだ。すぐに三島に替わってくれる。三島の声になる。又、他の霊媒おばさんだが、「自動書記」で龍馬や西郷からの伝言を伝えてくれる。もの凄く早い。人間業ではない。やはり、霊界人が書いてるのだろう。

 こんな事ばっかりが多いから、人には言えないよな、と思う。恥ずかしい。「あちらの世界」の人達とばかり付き合っていたら、自分も「あちらの世界」の住人になってしまう。いけないな。もっと、「こちらの世界」に関心を持ち、楽しまなくっちゃ。
 そう思っていたら、「産経新聞(7月26日付)」を見て驚いた。同じ事を考えている人がいた。いや、もっと高度だし、科学的だ。なんでも、パソコンを通して亡くなった人と会話する、というのだ。これは凄い。
「亡き連れ合いとバーチャル対話」
と見出しが書かれている。以下…。

〈独居高齢者の寂しさ軽減に役立てようと、先立った夫や妻と会話しているような感覚を得られるバーチャル(擬似的)映像のシステムを、同志社大学の藤井透教授(62)=機械工学=が開発した。近く全国の自治体や企業に協力を呼びかけ、1年以内の実用化を目指す。日本認知症ケア学会の松本一生理事は、「脳活性化に大きな効果が期待できる」と期待を寄せる〉

 本当に脳の活性化になるんだろうか。パソコンでやるのなら、むしろ、若い人こそ利用しそうだ。「死んだ恋人に会いたい」「子供の時に死んだお母さんに会いたい」と。そして、「あちらの世界」にハマッてしまう。そんな心配もある。でも、これは、お爺ちゃん、お婆ちゃんの為のものだ。連れ合いに先立たれ、生きる気力をなくした人を励まそうというものだ。では、具体的にどうやるのか。

〈このシステムでは、生前の写真や、ビデオに残った映像などを活用し、亡くなったパートナーの表情や声を再現。利用者がテレビやパソコンの画面を通じて会話を楽しめる仕組み〉

 なるほど、これくらいは出来るだろう。「お爺ちゃん、今日も暑いね」「うん、こっちも夏だよ。暑いね」と。そういった日常会話は出来るのだろう。お爺ちゃんの映像が口をパクパクして、お爺ちゃんの声を合成して喋ってくれる。想定問答集を何百と用意しておけば出来る。「もう疲れましたよ。私も早くお爺ちゃんの所へ行きたいですよ」と言うと、「そんな弱気を吐いてどうする。頑張んなさい」と叱ってくれる。そんなことも出来る。
 でも、想定外の質問、相談が来たら、どうするのか。たとえば「もうヤケだ。秋葉原で無差別殺人でもしようかしら」とか「革命のために爆弾を仕掛けたいんだけど、お爺ちゃん、爆弾の作り方を教えて」なんて聞かれた時だ。その時は既成の「問答集」では答えられない。待機しているスタッフが考え、喋り、思いとどまらせるのだそうだ。

〈赤外線センサーで利用者の動きをとらえ、自動的に声掛けをしたり、あいさつや問いかけに応じたりする。複雑な言葉が投げかけられても、オンラインで結ばれた支援センターで待機する専門アドバイザーが返答を入力し、会話が成り立つようにする〉

 お爺ちゃんの「写真立て」があって、そこに話しかけると、お爺ちゃんが、ちゃんと答えてくれるのだ。うるさくなったら、OFFにしておけばいいし、「現実のお爺ちゃん」よりもいいかもしれない。素晴らしい。問答集は何十か何百と思ったが、このシステムを開発した藤井教授は言う。
 「当初は約2000種類の呼びかけや返答を入力してスタートし、数年後には数万種類の会話に対応できるようにする」
 凄いな。2000からスタートするのか。それで「独居高齢者の寂しさを軽減する」という。ここでハッと気がついた。私も「独居高齢者」になるのかな。そういえば、この頃、なんとなく寂しいな。じゃ、このソフトを私も買ってみよう。

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亡くなった妻や夫との「バーチャル会話」。
「こちらの世界」の中だけではなくて、
「あちらの世界」とのコミュニケーションも、
一昔前とはずいぶん違った形になっているようです。
寂しさはそれによって軽減されるのか、それともいや増すのか?

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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