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2010-06-09up
鈴木邦男の愛国問答
第52回
「全集」読書のススメ(その2)
「鈴木さんの本を読んで、私も全集を読もうと思いました」と言う。『鈴木邦男の読書術』(彩流社)を読んで、決意したという。何人もの人に言われた。「だから、金田一さんの全集を買いました」と、月刊『創』の編集者は言う。「ほう、偉いね。探偵の金田一耕助が活躍する全集ですね」「違います」「じゃ、『金田一少年の事件簿』かな。どんなものでもいい。興味のあるものから挑戦したらいいでしょう」と言ったら、これも違った。「国語学者の金田一京助です」と言う。その金田一さんか。凄いね。全20巻くらいで、ネットの古本屋で買ったという。5万円だったという。これは僕も読んでいない。読破したら、話を聞こう。
「僕は高橋和巳全集と円朝全集を買いました」と、『週刊金曜日』の編集者は言う。これは僕も読んだ。でも、本当のことを言うと、他の人に読んでほしくない。僕だけの<宝>にしておきたい全集だ。この二人の全集によって、「物書き」としての自分は出来たと思っている。その秘密が暴露されるようで怖いのだ。高橋和巳は、むしろ三島由紀夫以上に好きだし、自分の中で血肉化している。
三遊亭円朝は日本の落語界の中興の祖だ。『牡丹灯籠』や『真景累ヶ淵』を初め厖大な量の落語を作り、演じた。他にも人情咄、外国咄も作った。円朝の口演の速記本も爆発的に売れ、それが二葉亭四迷などの「言文一致」小説の元になった。夏目漱石なども落語好きで、その素地の上に『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などの傑作が生まれた。『座談会・昭和文学史』(集英社)の全集を今年読んだが、その中に「太宰治が円朝全集を繰り返し読んでいた」という箇所があった。この円朝全集は厖大だ。僕は落語家にも知り合いがいるので、10人ほどに聞いているが、円朝全集を全巻読破した人はいなかった。それなのに太宰は繰り返し読んだという。そうか、太宰の小説作りの原点は円朝なのか、と納得がいった。だから、「円朝全集を読破したら、太宰治になれるよ」と励ました。
フリーライターの深笛義也さんは、「五味川純平の『人間の条件』を読んでいます」と言う。「こんな凄い小説をなぜ今まで読まなかったんだろう、と悔やんでます」と言う。昔は、学生運動に忙しくて、政治的な論文やアジ文しか読まなかったのだろう。僕ら右翼学生もそうだった。「小説なんて下らない」と思っていた。そんな暇があったら運動だ、と思っていた。世の中を変えるのは俺たちだ。俺たちのことを後の人は小説にするだろう。などと夢想していた。
個人的な全集もいいが、出来たら、いろんな人や、いろんな考え方が入っている全集がいい。そんな話を、『週刊読書人』で上野昂志さんとした。テーマもズバリ「全集を読む」だ。(このことは前にも書いたが)我々学生の頃はいろんな出版社が競うようにして<思想全集>を出していた。中央公論社の『世界の名著』(全66巻、続全15巻)、河出書房新社の『世界の大思想』(全42巻)、講談社の『人類の知的遺産』(全80巻)などだ。右翼学生として、<理論武装>のために読み始めたが、面白くて、次々といろんな思想家を読んだ。又、マルクス、レーニン、毛沢東などは<敵>であれ、読んでおかなくては…と思い読んだ。その時、分からなくても「ミエ」で読んだのも多い。
一番印象に残ってるのは筑摩書房の『現代日本思想大系』(全35巻)『戦後日本思想大系』(全16巻)『近代日本思想大系』(全36巻)だ。上野さんも、これを貪り読んだという。当時は左翼全盛だから、「マルクス主義」「社会主義」「大杉栄」「幸徳秋水」が入っているのは分かる。でも「超国家主義」「アジア主義」「大川周明」なども入っている。僕らは勿論、これが目当てだが「ついでに」左翼のものも読んだ。「せっかくだから」「勿体ないから」と思い、全巻読んだ。その読書体験が大きな財産になった。それから30年か40年か経って、「右も左も超えた」と僕は豪語してるが、その時の右も左も読んだ体験があるからだ。又、左の中にも素晴らしいものがあると分かったからだ。
上野さんは、むしろ左の方だったというが、あの筑摩の全集のおかげで、「右翼にも思想があるんだ」と分かったという。そしてのちに、保田與重郎などを読む契機になったという。
5月22日(土)、「保田與重郎生誕100周年記念シンポジウム」があり、聞きに行った。保田は日本浪曼派の重鎮だ。日本の若者たちに大きな影響を与えた。最近又、評価され、読者も増えている。文庫の全集も出た。パネラーの高橋公さんは、「今こそ保田です。日本回帰です」と言っていた。終わって高橋さんと話をした。彼は、学生の時は全共闘運動をやってたし、「インターナショナル」だった。「日本」や「祖国」なんて敵だったはずだ。保田もそうだ。それなのにどうして? と聞いた。「もう革命の時代じゃないですよ。それに学生の時、思想全集を読んでいたら保田も少し入っていた。その頃から気になっていた」という。そうか、彼らも同じだったのか、と思った。「全集」を読んだおかげだ。自分の好きなものを中心に読む。しかし、反対の思想もついでに読む。その時は、反撥していても、何十年かたって、思い出す。そしていろいろ迷った時に、ヒョイと思い出す。そして、軌道修正してくれるのかもしれない。かつての左翼の人達が、今頃になって「愛国心」や「祖国」を言い出しているのは、昔、「全集」を読んだからだろう。
6月2日(土)、ジュンク堂新宿店で佐藤優さん(作家)とトークした。やはり、「全集読み」が必要だし、それをやってきたと佐藤さんは言う。佐藤さんは同志社出身だし、キリスト教には詳しい。だから、宗教改革の話を聞いた。僕は高校はプロテスタント系のミッションだった。だから、ルターやカルヴァンといった宗教改革者を絶対的に支持し、評価する。当時のキリスト教会は堕落していた。免罪符を売っていた。金さえ出せば罪は消えるというのだから、ひどい。それに対し、宗教改革は行われた。そして勝利した。でも、勝ったプロテスタントが今、あるのは当然だが、なぜ「悪い」「古い」「打倒された」キリスト教は、カソリックとして残っているのだろう。腐敗・堕落したキリスト教は滅んだはずではないか。高校の時、先生に聞いたが、分からなかった。プロテスタントが全てであり、カソリックはあるように見えても「ないもの」なのか。
高校を出て、20年位経ち、ツヴァイク全集(みすず書房)を読んだ。そこにカルヴァンのことが書かれていた。「正義の人」だが、全てに偏狭で、小さな過ちも赦すことが出来ない。どんな小さな悪も罰せられるべきだ。それを徹底的にやる。そのためなら、「善人」が少々、間違って罰せられてもいい。そんなことまで言っている。
「そうか、これがカソリックの残った原因か」と思った。だが、カルヴァンのことを書いた本の題名は思い出せない。そしたら「あっ、『権力とたたかう良心』でしょう」と佐藤さんは言う。凄い。さすがと思った。「鈴木さんの言う通りですよ。あの偏狭さは異常です」と言う。「カルヴァンだけでなく、ルターもそうですよ。ドイツ農民戦争の時は国に反逆した農民は殺し尽くせ、それが神の御心にかなうことだ、と言ってるんですから」。そうなんだ。思い出した。宗教改革のいい面しか僕らは教えられてこなかったんだ。佐藤さんはさらに凄いことを言う。「カルヴァンはビン・ラディンですね。ルターは麻原ですよ」。ゲッと思った。そこまで言うか。じゃ、麻原は何百年か経ったら、ルターになるのか。「そうではなく、カルヴァン、ルターの負の面がもっともっと知られ、宗教改革とは何だったかが問い直されるでしょう」という。そうなのか。刺激的だし、とても勉強になった。「全集読み」をやってきたおかげで、佐藤さんとも話が出来た。そして、凄い話を引き出せたと思う。
*
「わかりやすさ」が何においても優先されがちな最近ですが、
「わからなくても読んでみる」体験が、
あとあとの大きな財産になることも。
鈴木さんオススメの「全集読み」、あなたもチャレンジしてみては?
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
「鈴木邦男の愛国問答」
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- 2007-08-01その2:愛国とは、強要されるものじゃない
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「マガ9」コンテンツ
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