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2010-05-26up
鈴木邦男の愛国問答
第51回
現代の「不敬罪」
エッ? 「不敬罪」って、まだあったのか! と驚いた。天皇を敬え、敬わない人間は逮捕し、投獄だ。という悪名高い法律だ。確か、日本の敗戦でなくなったはずだ。でも、本当は戦後も生きていた。原武史・吉田裕編集の『天皇・皇室辞典』(岩波書店)を読んで知った。
〈敗戦後、治安維持法など他の治安法令が廃止を命ぜられたにもかかわらず、不敬罪は直ちに廃止されたわけではなかった。同規定が刑法の中にあったので、GHQの眼を逃れたためであった。GHQの法令で治安維持法をはじめとした便利な法をことごとく失っていた取締り当局は、これ幸いとばかり、この不敬罪を戦後社会運動取締りに引っ張り出そうとした〉
そうだったのか。GHQもミスをしたのだ。1946年5月のいわゆる食糧メーデーに、不敬罪は持ち出された。メーデーで、「朕はタラフク食ってるぞ、ナンジ人民飢えて死ね。ギョメイギョジ」と書いたプラカードに対し、不敬罪が発動されたのだ。「プラカード事件」だった。エッ? 不敬罪ってまだあったのか、と一般国民も驚いたが、GHQも驚いた。これは大変だと、慌てた。
〈しかし、これは逆にGHQが不敬罪に注目する契機となった。マッカーサーは同年10月9日付け声明で、不敬罪は新憲法の平等・民主主義の理念に合致しないという見解を明らかにした。GHQは、日本側に不敬罪の廃止を強く迫り、吉田茂ら政府の強い抵抗もむなしく、不敬罪は、大逆罪とともに47年の刑法一部改正において廃止されたのである〉
ということは、「食糧メーデー」の時に不敬罪を持ち出さなかったら、GHQは全く気付かず、今も不敬罪は生きていたのかもしれない。不敬罪ではなく、「名誉毀損」で逮捕するとか。あるいは、プラカードを持ってるのが武器になりやすいので暴行罪で捕まえるとか。でも、せっかくあるのだから不敬罪を使ってみようと思った。その結果、GHQの気付くところとなり、廃止されてしまう。
1947年に廃止され、今年でもう63年になる。ところが、何と、不敬罪はまだ生きていた。まるで亡霊を見るようだ。ただ、天皇に対する不敬ではない。だが、これも「不敬行為」であり、「不敬罪」だという。
カメラマンの篠山紀信氏が青山霊園でヌードを撮って略式起訴をされた。それを伝える「産経新聞」(5月21日付)だ。
〈東京都立青山霊園でヌード写真の撮影を行ったとして、東京地検は20日、公然わいせつと礼拝所不敬の罪で、写真家の篠山紀信氏(69)を略式起訴した。起訴状によると、篠山氏は平成20年10月15日夜、東京都港区の青山霊園で、女性モデルのわいせつなポーズを撮影する不敬行為をしたとされる。警視庁は今年1月、計12ヵ所の屋外で女性の裸の写真を撮影したとして書類送検したが、検察は悪質性が高いとして墓所に絞って立件した〉
はっきりと「不敬行為」「不敬罪」と書かれている。墓地は神聖な場所であり、敬虔に礼拝する場所だ。それをわきまえず、敬わなかった。故に罪だという。じゃ、夜陰に乗じて墓地で男女が抱き合い、接吻するのも不敬罪だ。又、自分の家のお墓があるにもかかわらず、全くお墓参りに行かない人々も不敬罪だ。そうなる。それに、これは大事なことだが、「住人」たちは、それを不敬だと思っているのか。つまり、亡くなって、そこで眠っている人々だ。ヌードの撮影などは、かえって喜んでいるだろう。「眼の保養だ。久しぶりに興奮した」と皆、言ってる(に違いない)。これは一番の「供養」だ。皆、篠山氏に手を合わせて感謝している。何なら裁判で「証人」として出て、篠山氏を弁護してやったらいい。彼らが出廷できないのならば、お坊さんが彼らの声を聞いて代弁してやったらいい。
墓地でヌードを撮影するのが「不敬」ならば、神社もそうだろう。でも、神社もお寺も、昔はよく、イベントをやっていた。食べものの露店が出たし、金魚すくい、射的もあった。見世物小屋も立ったし、相撲もやっていた。靖国神社には、今も常設の相撲場があり、裸の力士が闘い、戦没者をなぐさめていた。特設リングを組んで、そこでプロレスをやったこともある。僕も、その時は見に行った。英霊の方々は、相撲よりもプロレスの方を喜んでいた。国技だと言っても、相撲はモンゴルの人ばかりだ。「ギャー! また元冠が来たのか! それで負けたのか」と皆、驚いていた(ように感じた)。その点、プロレスの方がいい。日本人が強いから安心して見ていられる。「鬼畜米英」をやっつけてくれる。「俺たちの仇を討ってくれたのか」と皆、感動し、涙を流していた。
神社やお寺は、元々は、アミューズメント・センターだった。亡くなった人の魂をなぐさめる。という理由で、生きてる我々も楽しむ。死者・生者が共に楽しむのだ。それが最近は、めっきり少ない。亡くなった人達も淋しいだろう。そんな時、久々の「楽しみ」だったのだ。ヌード撮影は。検察も心ないことをやる。「我々の楽しみを取り上げるな!」と亡くなった人達は訴訟を起こしたらいい。
産経新聞によると、
〈篠山氏は、「事件を真摯に受け止め、さらなる新しい表現に挑んでいきたい」とコメントした〉
と言う。
じゃ、次は靖国神社だね。「うちでもやってくれ」と皆、言ってるよ。僕には聞こえる。そうしたら、二重に「不敬だ!」と言われるかな。右翼が襲撃するかな。その時は英霊の方々が、きっと篠山氏を護ってくれるだろう。だから、安心してやったらいい。
*
こんなところに残っていた「不敬罪」!?
さて、誰に対する、どんな「不敬」なのか。
皆さんはどう思われますか?
*
ご意見・ご感想をお寄せください。
鈴木邦男さんプロフィール
すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
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