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2011-11-30up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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なお終わらないチェルノブイリ
これから始まるのかフクシマ

 旧ソ連(現ウクライナ共和国)のチェルノブイリ原子力発電所で大事故が起きたのは、1986年4月26日、もう25年以上も前のことだ。そのチェルノブイリはいま、どうなっているのか?
 残念ながら、放射能の影響は、25年後の現在も色濃く続いている。少し古いが、こんな記事がある。朝日新聞(11月19日付)だ。

 チェルノブイリの原発事故から20年以上たっても、周辺住民に放射性セシウムによる内部被曝が続いていると、ロシアの小児がん専門家が18日、千葉市で開かれたシンポジウムで報告した。また子どもの免疫細胞も減少している可能性があることも明らかにした。
 報告したのはロシア連邦立小児血液・腫瘍・免疫研究センターのルミャンツェフ・センター長。2009~10年にベラルーシに住む約550人の子どもの体内の放射性セシウムを調べると、平均で約4500ベクレル、約2割は7000ベクレル以上の内部被曝があったという。
 03年にベラルーシで亡くなった成人と子どもの分析では、脳や心筋、腎臓、肝臓など調べた8臓器すべてからセシウムが検出された。どの臓器でも子どもの方が濃度が高く、甲状腺からは1キロ当たり1200ベクレル検出された。(略)
 「周辺地域の食品はまだ汚染されている。周辺の子どもを3ヵ月間、汚染のない地域に移住させ、汚染のない食品を食べさせると、体内のセシウム量はかなり減った」と話した。
 また事故3年後の1989年から約10年間、事故の影響を受けたロシアのブリャンスク州の子どもの血液を調べると、過剰に発生すると、がんや心臓疾患の一因で、細胞を傷つける活性酸素などのフリーラジカルが通常の約2倍多かったという。病原体を攻撃する抗体をつくる免疫細胞は、通常より1割以上減っていたという。(略)

 ベラルーシはウクライナの隣国で、チェルノブイリ原発は両国の国境から数キロしか離れていない場所に位置する。だから、ベラルーシは原発事故の被害を直接的に被ったのである。特に、このルミャンツェフ氏の報告に見られるように、子どもたちへの影響は深刻だ。実際の事故の時期に放出された放射性物質を直接浴びた人たちはいうに及ばず、20年経った現在でも、住民への被害は拡大し続けている。事故後10年以上経ってから生まれた現在10歳前後の子どもたちにも、深刻な症状が現れているというのだ。
 だが、ルミャンツェフ氏は「子どもたちを汚染されていない地域へ移住させ、汚染されていない食物を与えれば、体内のセシウムの量はかなり減少した」と言っている。 同じことは、福島にも言えるはずだ。なぜ子どもたちを「汚染されていない地域へ疎開」させないのだろう。むろん、除染も大事だろう。ならば、せめて除染が済むまでの期間、子どもたちを疎開させておくのが最善の策ではないのか。
 この「疎開」については、東京新聞(11月28日付)の「こちら特報部」の記事に詳しい。

 今年六月、福島県郡山市の児童・生徒十四人と保護者が、放射能汚染から安全な場所で学べるようにと「学校疎開」を市に求めた「ふくしま集団疎開裁判」。年内にも福島地裁郡山支部が判断を下すのを前に、岐阜環境医学研究所長の松井英介医師(七三)が講演し「裁判所には、大切な子どもたちの命を守ることを最優先に考えてほしい」と訴えた。(略)
 松井氏は「食品や呼吸による内部被ばくが恐ろしいのは、時を経て疾患が出てくる『晩発障害』の危険性が高いこと。チェルノブイリでは白血病や小児甲状腺がんの増加が知られているが、たくさんの症例が報告されている」と警鐘を鳴らす。
 児童らが通学する七つの小中学校周辺の測定地点十九ヵ所では、土壌中の放射性セシウム137(半減期三十年)の平均値が一平方メートル当たり一八万九八〇〇ベクレル。このうちチェルノブイリ管理基準で「移住権利地域」となるのが九ヵ所もある。
 松井氏は、ほぼ同程度に汚染されたベラルーシの地域での健康被害の事例を紹介。「事故から数年後、目の水晶体の混濁や白内障、糖尿病と診断される子どもが増えた。先天的な障害を背負って生まれてくるケースも倍になった」
 福島では健康被害を避けるため除染が進められているが「安全管理が不十分な現状の除染作業では、かえって住民の健康被害を広げてしまいかねない。放射性物質がなくなるわけではなく、『移染』しているにすぎない」と注意を促した。(略)
 「幼稚園や保育園、小中学校が集団疎開できる権利を国や自治体が保障することしかない。健康被害が出たときにはもう遅い」(略)

 この意見に、僕は完全に賛成だ。このコラムやツイッター、他の雑誌などに発表した原稿、CSテレビや小さな講演会などでも、僕は「原発疎開」を懸命に訴え続けてきたが、裁判まで起さなければ、それを実現できないというこの国は、まさに「国家は国民を守らない。国家が守るのは国家そのものである」という警句どおりだ。

 では、この国の食物汚染への対策は、どうなっているのだろうか。
 厚生労働省は、これまでの食品分類に新たに「乳児用食品」という基準を設けることにしたという。
 現在の暫定基準にある「野菜類」「穀類」「肉・卵・魚・その他」を「一般食品」として1本化。それ以外に「牛乳」「飲料水」「乳児用食品」に区分、全体で4分類とした。こうして特に「乳児」の健康に配慮した、と厚労省は言う。
 その上で、年代区分も「1歳未満」「1~6歳」「7~12歳」「13~18歳」「19歳以上」の5つにわけ、特に18歳以下の子どもについて細かく評価するのだという。また、これまで暫定基準として年間許容量を5ミリシーベルトとしていたものを、新基準では1ミリシーベルトまで下げた。だがまだ、乳幼児の許容量をいくらにするのかは、決まっていない。これから許容基準値案を作成するという。
 特に「乳児用食品」を設けた点や、年代区分を細かく策定したのは、さすがに厚労省も成長期の子どもたちへの配慮を見せたということだろう。それは評価してもいい。しかし、現地で暮している子どもたちは、現実に日々放射線を浴び続けている。政府が食品分類や年代区分などの案作りに時間をかけている間にも、子どもたちは被曝しているのだ。

 福島市では、11月28日から、妊婦や0~3歳児の保護者を対象に、内部被曝検査を開始した。対象者は市内の妊婦約2300人と対象乳幼児の保護者約9600人、合計で約1万1900人にものぼる。こんなにも多くの「検査の必要な人」が存在することに驚く。
 福島市には、局地的に放射線量が高い「ホットスポット」と呼ばれる場所がかなり多く散在する。だから精密な検査は絶対に必要だ。しかし、検査後の対策がきちんととられていなければ、検査は無駄になりかねない。
 僕は何度でも繰り返す。まず「疎開を」と。
 妊婦や、乳幼児とその母親を優先的に疎開させるべきだ。そして次は、学校単位の「疎開」を行う。これからのこの国を背負っていく子どもたちに、未来の苦しみを与えてはいけない。

 チェルノブイリ事故の影響と被害は、まだ終わっていない。原発周辺の汚染地域ではいまだに高線量の放射性物質が検出され、住民たちの健康被害は今も続いている。原発事故は、そう簡単には終わらないのだ。
 フクシマ事故の影響と被害は、これから始まる。すでにさまざまな健康被害が報告されているが、それが原発事故由来のものかどうかは、まだ判断できていない。しかし、これから多くの被害報告が出てくるだろう。

 原発についての関心が徐々に薄れつつあるようだ。何事もなかったかのように人々は暮していく。だが、人々の心に巣食った黒い影は消えない。これからも、じわじわと心を蝕んでいくだろう。
 多分、数年後、それが3年後か5年後か10年後かは分からないが、もう一度「原発事故」が世間の大きな注目を浴びることになるかもしれない。癌も含めて内臓疾患が多発するだろう。そのときに我々は、原発事故の恐ろしさを追認せざるを得なくなる。
 そうならないことを願うけれど…。

 吉田昌郎福島第一原子力発電所所長が「病気のため」退任した。なぜか東電は「個人情報に関わることなので、病名や被曝線量は明かせない」と説明した。むしろ、きちんと公表したほうがいいのではないか。
 憶測が飛び始めている。高濃度の放射線量下で8カ月にも及ぶ過酷な仕事に従事してきた人だ。憶測が飛ぶのは無理もない。
 なぜ、はっきりと公表しないのだろう。そこにも、東京電力という会社の思惑が働いているのか。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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