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2013-03-06up

鈴木邦男の愛国問答

第120回

再び、坂口安吾を読み直す

 坂口三千代『クラクラ日記』(ちくま文庫)を読んでいた。電車の中で読んでいた。去年の暮れだ。隣に座っていた人が覗き込んで、「『クラクラ日記』ですか」と言う。知らない人だから無視していた。「『ビブリア古書堂』が始まりますからね。剛力さんのファンですか」と言う。訳の分からんことを言う人だ。
 「何ですか、それ?」と思わず聞いてしまった。剛力彩芽というタレントがいて、2013年からフジテレビの月9でドラマが始まる。それが『ビブリア古書堂の事件手帖』だ。夏目漱石や太宰治、宮沢賢治などの本が出てきて、事件が起こる。三上延の原作はベストセラーで、その第2巻に『クラクラ日記』が出てくる、と言う。知らなかった。そうなのか。テレビの情報には疎いので、知らなかった。
 「そんなミーハーな動機じゃない。こっちは息子さんに紹介されたんで読んでるんだ」と言おうとして、やめた。そんな事を言ったら、こっちも変な人に思われてしまう。「事件手帖」の登場人物になっちゃう。
 でも本当なんだ。息子さんに勧められたんだ。

 12月20日(木)ホテルニューオータニで「第7回『安吾賞』受賞者発表会」があった。若松孝二監督が受賞した。内示を受けて、とても喜んでいたという。ところが、10月に亡くなった。この日は、若松監督の三女で「若松プロ」代表の尾崎宗子さん、若松プロの人たち、役者さんたちが集まった。この日は「発表」で、2月23日(土)に新潟市で「第7回安吾賞授賞式」が行われるという。
 12月20日の「発表会」の時、坂口安吾の息子さんに会った。坂口綱男さんだ。「安吾賞」は安吾のように、自由で、挑戦的な生き方をしている人に贈られる賞だ。7年前、「安吾生誕100年」を記念してスタートしたという。僕は、安吾の作品は随分と読んでいる。特に『堕落論』『日本文化私観』『桜の森の満開の下』は好きだ。『日本文化私観』は大学の入試にも出ている。予備校で教えているので、その面からも読んでいる。他にも、『風博士』『白痴』、それに『不連続殺人事件』『安吾捕物帖』『安吾風土記』…と、書いているジャンルは広い。
 「ジャンルが広いというよりも、ジャンルのない人でしたね」と息子の綱男さんは言う。思想的な評論、エッセイ、小説、推理もの、紀行文…と。多彩だ。48才の若さで亡くなった。又、この人の「生き方」が凄まじい。<無頼>だ。ヒロポン、睡眠薬を多用し、まっ裸になって暴れる。何度も警察に捕まり、精神病院に入れられたこともある。そんな中で、よく仕事が出来たもんだ。いや、「生活」そのものだってよく出来たものだと思う。その辺のことも綱男さんに聞いた。「安吾の本はかなり読んだつもりですが、綱男さんや家族が書いたものはないんですか」と聞いた。
 「僕も書いてますが、それよりも、おふくろの書いた『クラクラ日記』がいいですね。かなり前ですが、テレビドラマ化されたこともあったんです」と綱男さんは言う。アマゾンで取り寄せて5冊ほど読んだ。やっぱり、『クラクラ日記』がいい。驚いた。こんなにも滅茶苦茶な人だったのか。普通の市民生活なんか送れない人だ。でも、書いたものは素晴らしい。
 そして今、再び、安吾を読み直している。昔、気付かなかったことに気づく。たとえば、『日本文化私観』ではこの言葉が有名だ。
 <京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びないかぎり、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである>
 長い間、これは逆説だと思っていた。でも、そのまま信じていいのかもしれない。又、切腹やあだ討などは決して日本の文化でも伝統、国民性でもないという。
 <講談を読むと、我々の祖先ははなはだ復讐心が強く、乞食となり、草の根を分けて仇(あだ)を探し廻っている。そのサムライが終わってからまだ七、八十年しか経たないのに、これはもう、我々にとっては夢の国の物語である。今日の日本人は、およそ、あらゆる国民の中で、おそらく最も憎悪心の尠(すくな)い国民の一つである>

 確かにそうだと思う。「およそ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、あたかも生来の希願のように背負わなければならないのである」と言う。これは、僕は随分と影響を受けた。映画『ザ・コーヴ』の論争の時、クジラやイルカ漁は日本で一部の地方で行われたのは確かだが、だからといってそれが、日本の「伝統・文化」とは言えない。切腹やおはぐろ、殉死も行われたが、「伝統・文化」として守る人はいない。そんな論拠で、僕も闘った。何のことはない、「安吾」の言ったことを真似て言ってただけなんだ。そのことに気付いた。安吾は、さらにこうも言っている。
 <だから、昔日本に行われていたことが、昔行われていたために、日本本来のものだということは成り立たない。外国において行われ、日本には行われていなかった習慣が実は日本人にふさわしいこともあり得るのだ>

 これは又、凄いことを言う。又、キモノは日本の文化・伝統だといわれているが、違うという。「洋服との交流が千年ばかり遅かっただけだ」と言う。
 <日本人にはキモノのみが美しいわけではない。外国の恰幅のよい男たちの和服姿が、我々よりも立派に見えるにきまっている> 
 ここまで断言する。「日本とは何か」「日本文化とは何か」についても、もう一度、考える必要があると思った。2月23日、新潟で「安吾賞授賞式」があったので、行ってきた。坂口綱男さんにも会った。「綱男さんや三千代さんの本も読みました。安吾も読み返してます」と言った。「その上で、綱男さんに、お話を聞きたいのですが」と言ったら快諾してくれた。どこかの雑誌でやってみたい。マガ9学校でもいいかな。
 それと、『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫)も、今まで出ている4巻を全部読んだ。今度、作者の三上延さんと会うことになったからだ。読んで驚いた。とても深い本だ。これを読むことで、安吾、漱石、太宰に関心を持つ人が増えるだろう。第1巻は、2011年3月25日、初版発行だが、翌2012年12月21日で、何と30刷発行になっている。驚いた。こんなに本を読む人が日本にいたんだ。日本の将来に対し、少し希望が生まれた。「ビブリア人気で安吾も再評価され、読んでくれる人が増えるでしょう」と綱男さんも言っていた。僕もそう思う。そう期待する。

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「ビブリア」で読んだことのなかった小説に触れた、という方もいらっしゃるのでは?
ちなみに坂口安吾作品では、
昨年に『戦争と一人の女』の漫画版が発売され、
GWには映画も全国で上映開始。
安吾再評価のときでしょうか。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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