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2013-01-30up

雨宮処凛がゆく!

第253回

アルジェリアの事件と所信表明演説。の巻

1月23日、厚労大臣・少子化担当大臣・自民党・公明党に「子どもの貧困の連鎖を強め、市民生活全体に影響を与える生活保護基準の引き下げを行なわないよう求める要請書」を提出。それなのに・・・それなのに!!

 1月27日は私の誕生日。いわば世界的な祝日である。

 10代、20代をメンヘラとして過ごし、自殺未遂を繰り返しつつもなんとか迎えた30代。そんな30代も後半を迎え、とにかくここまで生き延びてきたことだけで何度乾杯しても足りないほど目出たい日なのだが、そんなマイバースデーに、ものすごく嬉しくない誕生日プレゼントが安倍政権から届けられた。

 それは「3年かけて生活保護を740億円削減」という決定。生活保護世帯の96%で受給額が減るのだという。この件については前回の原稿でも詳しく触れたが、このままでは、「どん底へのスパイラル」がますます加速してしまうことは誰の目にも明らかだ。

 ということで、なんとか撤回させたいと思っているのだが、そんな決定の同日、アルジェリアの事件で犠牲となった方々の通夜が行なわれた。

 アルジェリアの事件について、私は詳しい情報を持っているわけでもなんでもない。あの事件を様々な角度から分析するほどの知識もない。ただ、何気なくつけていたテレビから流れてきた言葉が、とても印象に残っている。

 それは犠牲者の一人・内藤文司郎さんの親族(おそらく母親だった)の言葉。内藤さんは海外で働くにあたって、「この国には若い人が働く場がないんだよ。だから外に行くしかないんだよ」と話していたという。

 44歳の内藤さんは、東京の派遣会社から日揮に派遣され、昨年10月から働いていたという。

 今回の事件で驚いたことのひとつに、人質となった中に「派遣社員」が含まれていたということがある。その中でも、内藤さんは最年少。報道によると、海外のプラント建設は50〜60代のベテランの派遣技術者が多く支えているのだという。ここにも、「若い技術者」を育てるだけの余力が企業から失われているこの国の矛盾が浮かび上がる。

 内藤さんの通夜が営まれた翌日の1月28日、安倍首相による所信表明演説が行なわれた。そこで安倍首相は以下のように述べている。

 「みなさん、今こそ額に汗して働けば必ず報われ、未来に夢と希望を抱くことができる、まっとうな社会を築いていこうではありませんか」

 言葉通りに受け止めれば、まったく同感である。しかし、大前提として、今や働く人の2割以上が年収200万円以下という実態がある。そのような「まっとう」ではない社会を作ることに大貢献した一人に言われても、どうにも説得力が薄い。

 また、演説では「若者もお年寄りも、年齢や障害の有無にかかわらず、全ての人が生き甲斐を感じ、何度でもチャンスを与えられる社会」「男女が共に仕事と子育てを容易に両立できる社会」などといった言葉が登場した。が、今回の生活保護引き下げは子育て世帯に打撃を与えるものであることは前回書いた通りだ。同時に引き下げは、高齢者、病気や障害を持つ人、母子世帯が8割以上を占める生活保護世帯から「チャンス」を奪うものでもある。

 また、安倍政権は教育に力を入れているように見せているが、子育て世帯をターゲットとした生活保護引き下げは、子どもたちから「教育を受ける権利」そのものを奪う可能性も十分に孕んでいる。何か、すべての言葉が「矛盾」に聞こえて仕方ない所信表明演説だった。

 今の日本にはなかなか希望が持てない。マトモな仕事すらもない。

 そんな状況が長く続いているわけだが、内藤さんの言葉から思い出したのは、この連載の71回、88回でも触れた「中国派遣」の話だ。

 時給は300円、仕事はコールセンター。渡航費もビザも自腹で、中国に荷物を送る送料も自腹。しかも中国に着いてから「1年以内に辞めると罰金5万円」といった誓約書にサインさせられる。しかも、どんなにひどい待遇でも、仕事をやめると不法滞在になってしまい、拘束されかねないというひどい待遇。

 今の日本には仕事がない。なかなか希望が持てない。だからこそ夢見た「チャイナドリーム」の落とし穴。取材当時、ちょうど私と同世代の「ロスジェネ世代」のフリーターが中国に渡っていた。

 この国の先行きに希望が持てず、仕事もないとなると、海外に出ていく人は確実に増える。しかし、そこには予期せぬ危険が潜んでいることもある。

 一方で、アルジェリアの事件を受けて、自衛隊法の改正を検討する動きもある。

 不穏な気持ちで迎えた誕生日。

 何かこの国は、いろんな意味で大きな岐路に立っているのだと再確認している。

同日、14万人の署名も提出。この積み重なった箱と私の持ってるのが署名の一部。これだけの人が引き下げに反対してるのに!!

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雨宮さん、お誕生日おめでとうございます! …と、
本来ならば晴れやかにお祝いしたいところなのですが…。
所信表明演説の最後を、
<「強い日本」をつくるのは、他の誰でもありません。
私たち自身です>との言葉で締めくくった安倍首相。
しかし、生活保護基準引き下げなどの方向性を見ていると、
「強い日本」とはどんな「強さ」なのかと、不安が大きく膨らみます。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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