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2011-03-02up

雨宮処凛がゆく!

第179回

高速バス横転事件と「シューカツ」院内集会。の巻

就活の院内集会にて。

 2月25日深夜、22歳の男性が大阪から鹿児島に向かっていた高速バスのハンドルを奪い、横転させたとして殺人未遂容疑で逮捕された。怪我をしたのは12人。

 報道によると、上下スーツ姿だったという男性は走行中、「降ろしてくれ」と騒いだり「これでみんな死ぬんだ」と叫んだりした挙げ句、ハンドルを奪ったという。

 大学3年生の男性のカバンには会社説明会のパンフレットが入っていて、「自殺したかった」「就職活動に悩んでいた」と供述しているという(朝日新聞 11/2/27 11/2/28)。

 このニュースを、あなたはどんな思いで聞いただろうか。今まさに「就活」に苦しめられている学生の中には「他人事ではない」と感じた人がいるかもしれないし、「就活に苦しんだ」という経験がない世代であれば「就活くらいでなにを甘えてるんだ」と思ったかもしれない。

 もちろん、この学生のしたことはトンデモないことだ。奇跡的に死者は出なかったものの、一歩間違えれば大勢の命を奪っていた。しかし、「就活に悩んでいた」という彼の言葉にどうしてもひっかかるものを感じる。それは、この連載で「新卒一括採用」のおかしさを取材したり、「就活どうにかしろデモ」などで当事者の話を聞いてきたりして、一見軽い「シューカツ」という言葉が自分の中でどんどん重くなってきているからだ。

 ビッグイシューの最新号(161号)でも「就活に翻弄される若者たち」という特集が組まれている。この特集では東大大学院教授の本田由紀さんと学生5人の座談会も収録されているのだが、そこには我らが「就活どうにかしろデモ」のメンバー、本間さんと佐藤さん(仮名)も登場。就活の厳しさについて、佐藤さんは「極めつけが、『既卒になったら人生終わり』というのがありますね」と語り、本間さんはこう語っている。

 「就活の問題はいろんな問題と重なっているんですね。新卒で就職できなかった人が既卒で派遣労働しかなくなって、派遣切りにあったら今度は家を追い出されてホームレスになると。ホームレス問題にまで、新卒一括採用が入り口になって格差が広がっていくんです」

 大袈裟な、と思う人もいるかもしれないが、私自身、90年代の就職氷河期で就職できず、非正規労働を転々とするうちにホームレスに、という同世代と多く会ってきた。今の若者は、そんな現実を嫌というほど知っている。

 さて、そんな「就活」問題について、高速バス横転の事件が起きる3日前、ある集会が開催された。主催は「就活デモ実行委員会」。「就活が抱える問題に関する院内集会」と題して、なんと参議院議員会館で院内集会を開いたのだ。

 ということで、本田由紀さんとともに私もゲストとして呼ばれたので参加。会場には民主党、社民党、共産党などの国会議員の姿もあり、開演時間になる頃には広い会場はなんと満席に。参議院議員会館という若者に似つかわしくない場所だというのに、半分以上が学生というあり得ない光景が広がったのであった。

 そうして「学生からの訴え」として、本間さんが「“就活”とはいかに茶番であるか」というプレゼンを開始。そこでまず自己紹介があったのだが、嬉しかったのは現在日本を代表するような「就活どうにかしろ活動家」となった彼がデモをやろうと思ったきっかけが、私の本と出会い、イベントで私と会ったことだった、ということ。どんな本の感想よりも、こうして「焚き付けられちゃって実際になんかやらかしちゃった報告」が一番嬉しい。

 そうして満員の参加者とそうそうたる国会議員の前で本間さんは「就活」のおかしさについてプレゼン。大学の入学式の2日前に「就職適性検査」があるという衝撃の事実が述べられ、内定率ガタ落ちの中での就活の厳しさが語られるものの、ほとんどは「心の叫び」系。「なんで落ちたか教えてくれ!」「手書き履歴書は嫌だ!」(100枚手書きとか、修行に近いため)、「(説明会・面接を)平日は勘弁してくれ!」(アルバイトなどができずお金がもたないため)などなど、学生の立場からの訴えが述べられる。

 プレゼンの最後には「卒業する年の景気で人生が決まるっておかしいじゃないか! 既卒者を余り物扱いする社会? 政治家の皆さん、なんとかしてください! 期待してますよ!」となんとなくマヌケな感じで終了。次に既に内定をゲットした東大大学院生からも「就活産業」が煽りまくる就活の実態などが語られたのだった。

 そうして集会の後半では、国会議員が次々とコメント。宮本岳志議員(共産党)や福島みずほ議員(社民党)、吉川沙織議員(民主党)など様々な国会議員がコメントしたのだが、最後の最後に発言した民主党の首藤信彦議員の発言がある意味ですごかった。「ここは資本主義の国なんですよ!」「キャピタリズムなんですよ!」「株式で回ってるんですよ!」「お父さんから株貰って株主総会出て下さいよ!」などなど。言いたいことはわかるのだが、その威圧的な言い方がどうにも恐ろしげで、もし私が大学生で「就活」しなくちゃいけなくて、面接でこんなオジサンが出てきてこんな言い方されたら、もう一瞬で心が折れて二度と就活なんてできなくなるな・・・と思ったのだった。ま、こういうことを書くと、「そんなんだからダメなんだ!」とか言われそうだが・・・。この方には、個人的に2011年一発目の「地雷大賞」を進呈したい。せっかく院内集会に最初から来てたのに(でもずっとふんぞり返ってて怖かった)、おそらく参加者のほとんどに「悪印象」しか残さないというのはある意味で「才能」だ。それにしても、こういう光景を私は何度見てきただろう・・・。そしてこれから、何回見ればいいのだろう・・・。

 そしてこの日、もっとも印象に残ったのは、現在就活中だという学生の言葉。

 「余裕のない椅子取りゲームなんて嫌だ」「査定されるのももう嫌だ」「リクルートスーツを着ると、出荷前の豚になった気持ちになる」。

 就職難と言われる中、これほどまでに追いつめられ、人生を、そして未来を人質にされながら学生たちは「値踏み」されることに耐え続けている。

 そうしてそれから3日後、高速バス横転のニュースを見た。

 容疑者はやはりスーツ姿だったという。

 その瞬間、あの時の「出荷前の豚」という言葉が蘇り、なんとも言えない気持ちが込み上げてきたのだった。

別の日、ビッグイシューのパーティーで会った本間さんと。

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当事者である若者たち自身から、
「おかしい!」と声をあげようとする動きが出ていることは、
なんとも痛快、かつ頼もしい。
けれどその一方で、声をあげられず苦しんでいる人たちも、
おそらくは大勢いるはずなのです。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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