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2011-02-23up
柴田鉄治のメディア時評
第27回
その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。
中国の「一党独裁」はいつ崩れるか
今月のニュースで、私が最も食い入るようにメディアの報道を見つめていたのは、チュニジア、エジプトに始まる中東・北アフリカの「反政府デモと政権崩壊」の連鎖反応だった。なかでも「中東の盟主」といわれるエジプトのムバラク政権が民衆のデモによって倒れたという経緯は、ある種の感動をもって語るべきニュースだったといえよう。
日々激しさを増していく反政府デモに対し、なかなか「やめる」とはいわないムバラク大統領。その駆け引きというか、対決の様相を、世界は固唾を呑んで見守ったが、結局、「国民に銃は向けない」と軍が動かなかったことで流血の惨事もほとんどなく、民衆の側の勝利に終わったことで世界中をほっとさせた。
インターネットの「フェイスブック」の呼びかけがきっかけだったという解説記事が多かったが、それはほんのきっかけに過ぎず、原動力は30年にわたる独裁政権と何兆円もの蓄財という腐敗に対する民衆の怒りだろう。
この連鎖反応は、中東・北アフリカ全域に広がりつつあり、イランやリビアのように強権をもって抑えつけようという国々も多く、この先、どのような展開になるか、当分目が離せない状況がつづく。
イランはともかく、リビアのカダフィ政権は40年間もの独裁政治をつづけてきたのだから、当面はどうであれ、倒れることは間違いあるまい。エジプトのムバラク政権にせよ、リビアのカダフィ政権にせよ、ただ親米政権だというだけで、長年の独裁政治や国民の人権抑圧には目をつぶってきた米国の責任は重大だといえよう。
一連の連鎖反応のなかで私が最も注目しているのは、中国の動向だ。中国は、ムバラク政権やカダフィ政権のような独裁とは違うが、共産党の一党独裁政権であることは間違いない。そのため「飛び火」を恐れて、早くからエジプトの反政府デモなどに対して報道規制をおこなっていたようだ。
しかし、このネット時代にすべての情報を遮断することはできない。ついにこの20日、チュニジアの政変「ジャスミン革命」になぞらえ、「中国版ジャスミン革命を」と全国13都市でデモや集会を促す呼びかけがネット上に現れたため、中国政府は治安部隊を大展開して厳戒態勢を敷いた。
外国のメディアが見守る中、指定された繁華街にはデモ隊より警察官のほうが多いような状況で、騒ぎは起きなかったようだが、香港の中国人権民主化運動情報センターによると、全国で活動家ら1000人以上が当局に連行されたり外出制限を受けたりしたという。
折から中国は国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界第2位の経済大国になったと報じられた。中国の経済発展には目を見張るものがある。経済の改革・開放には成功しながら政治の民主化には応じない。そんな矛盾がいつまでつづくのだろうか。
21日付けの読売新聞の編集手帳にこんな一節があった。「8年前、首都北京の象徴である天安門広場に隣接する中国革命博物館の看板から「革命」の2文字が、ひっそりと消えた。党の指導者たちは革命を恐れるようになったのだ。…新装成った中国国家博物館の前に、最近、孔子の像が登場した。秩序を重んじる孔子は革命とは対極の思想の持ち主だ。革命無用のダメ押しである」
毛沢東の革命が成功したころの中国社会の貧富の差はひどいものだったが、それより現在の「貧富の格差」のほうがずっと大きいのではあるまいか。しかし、ここまで豊かな社会を実現した以上、経済の後戻りはないだろうから、政治の民主化を進めるほかない。
私は、中国の1党独裁が崩れるのはそう遠くないだろうと思っている。カギをにぎるのは中国のメディアだ。いまでこそ政府の言うことにすべて従っているが、言論の自由に対する要求は限界に近いところまで高まっているように感じるからだ。ノーベル平和賞の受賞者を報道しないというような無理がつづくわけがない。今回の中東・北アフリカ情勢の行方とともに、中国メディアの動向を注意深く見守りたい。
ところで、日本国内に目を転じると、民主党政権のていたらくにはあきれるばかりである。菅政権もひどいが、転落のきっかけとなった普天間基地の移設問題について、鳩山前首相が「最低でも県外」といっていた公約を果たさなかった理由として「米海兵隊の抑止力を挙げたのは方便だった」と語ったのには、驚いた。沖縄県民が怒りを新たにしたのも当然だ。
この鳩山発言に対して、朝日新聞と読売新聞が相次いで激しく糾弾する社説を掲げた。鳩山発言は糾弾されても仕方のないものだから、両紙の論調に異論があるわけではないが、両紙がそっくり同じ趣旨の社説を掲げたことには、「おや?」と思わせるものがあった。
というのは、朝日新聞と読売新聞とは、こと安全保障や基地問題に関しては、かねてより真っ向から対立しているといわれてきたからだ。80年代にまず二極分化し、91年の湾岸戦争でさらに先鋭化し、94年の読売新聞の憲法改正試案、95年の朝日新聞の護憲大社説で、対決は決定的となり、イラク戦争でも見解は真っ二つに分かれた。
ところが、2003年に朝日新聞が有事法制に賛成したことで「朝日の読売化」がいわれだし、鳩山政権が「最低でも県外」と言い出したときに「早く米国の言う通りに決めないと日米同盟は大変なことになる」と読売新聞とそっくり同じ論調で鳩山首相に迫ったのは朝日新聞だったのだ。
終始一貫、日米同盟が何よりも大事と主張してきた読売新聞はともかく、朝日新聞まで同じことを言い出したことに違和感をもった読者も多かったのではあるまいか。それだけに、鳩山氏の方便発言に対する糾弾社説も、読売はともかく、鳩山氏に方向転換を迫った朝日新聞まで糾弾する資格があるのか、という声が読者の間からあがったのも無理はない。
日米同盟が本当に大切だと思うなら、まず沖縄県民の負担の軽減を考えるべきなのだ。そうでないと、中東・北アフリカの反政府デモが沖縄に飛び火して、沖縄県民の怒りが爆発しないとも限らない。朝日新聞もじっくり考え直すときだろう。
国内問題ではもう一つ、NHKの会長問題にも触れておきたい。会長を選考する権限を持つ経営委員会が、いったん推薦して承諾を得ていた会長候補に、一転辞退を迫るという醜態を演じ、責任をとって経営委員長が辞任する騒ぎとなった。これが日本を代表する公共放送の会長選びかと、がっかりさせられた。
そして、選びなおされた新会長の記者会見の内容を知って、またまたがっかりした。NHKは番組作りでは大分しっかりしてきたようだが、本当に立ち直ったかどうかをみるには、10年前のETV2001「番組改変事件」にけじめをつけられるかどうかにかかっている。
ところが、自民党の政治家に言われてずたずたに改変して放送した番組を、いまだに理由もいわずにアーカイブスにも公表しようとしないのである。また、BPOから勧告されていた検証番組も作ろうとしていない。新会長は、記者会見でそのことを聞かれ、「作るつもりはない」と答えたのだ。NHKの真の再建も当分、期待できそうにない。
*
激しさを増す中東・北アフリカの「革命」、
そして国内では沖縄の基地問題や上関原発問題…
さまざまなことが激しく「動いている」今こそ、
メディアの役割と真価が問われるのかもしれません。
柴田鉄治さんプロフィール
しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。