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2013-05-29up
愛があるから大丈夫。夫の洋一に抱きしめられた身重のいずみは、目じりに涙をためて何度もつぶやいた。傍らに置かれたガイガーカウンターからは放射線量の高さを示す警告音が鳴っている。
愛があるから大丈夫。これだけを取り上げれば、J-POPのよくある歌詞の一部くらいにしか受け取られないだろう。ただし、その言葉が、原発事故により自宅を去らねばならず、放射能に関する本を読み漁り、お腹の子供を被ばくから守ろうと必死になってもがいた果ての諦めから発せられたものだとすれば、それはあまりに重い。
映画の舞台は長島県という架空の原発立地自治体だ。しかし、時代設定は福島原発重大事故からそれほど年月が経ってない日本の「いま」である。
酪農業を営む小野泰彦は、轟音とともに襲ってきた大地震の後、すぐさま重大な危機を察知した。原発が爆発したのだ。 やがて白い防護服の人々が現れ、泰彦の家と向かいの鈴木家の間に大きな柵を打ち付ける。そこが原発から半径20キロの境界だからだ。泰彦はともに働いていた息子の洋一と妻いずみに避難を命じる。安全な場所に行って元気な子供を産んでくれ、と。
しばらくすると泰彦の家も避難区域に入る。しかし泰彦は認知症を患う妻の千恵子と2人、自宅を離れようとしない。彼は愛する牛たちを猟銃で撃ち殺し、千恵子とともに自ら生を絶とうとする。
誰もいなくなった町。自宅の花壇で土をいじる千恵子の小さい背中を泰彦は覆うように抱きしめ、接吻する。カメラは2人を俯瞰する。こんなにもやりきれないラブシーンがこれまであっただろうか。
園子温監督の演出は愚直なまでに真っ直ぐだ。スクリーンには理不尽な原発の存在に対する怒りが満ちている。が、彼は同時に詩的な映像も散りばめる。なかでも印象に残っているのは、鈴木家の長男ミツルが、実家が津波で流されたガールフレンドのヨーコをバイクの後ろに乗せて向かう瓦礫だけが残った被災地のシーンだ。ミツルとヨーコの前に2人の子供が現れる。子供たちは両親が好きだったビートルズのアルバムを探しているというと、「一歩、一歩」という言葉を残してその場から消えてしまうのである。
あの子たちは死者の使いだったのだろうか? 白日夢のような映像がいまも脳裏から離れない。
本作品は、5月11日に亡くなった夏八木勲の遺作でもある。人間の崇高さや怖さ、いやらしさから凄味まで、様々な人間像を見せてくれた俳優だった。合掌。
(芳地隆之)
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