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2011-12-14up
私は、漫画『がきデカ』の登場に驚き、笑いでお腹をよじりながら連載誌『少年チャンピオン』のページを繰る少年だった。ただ、その独特のタッチに、他のギャグ漫画とは違う暗さというか、「紙一重」のような世界の怖さも感じていた。
その作者、山上たつひこ氏はやがて漫画家から小説家へ転身を図る。それを機に私は山上作品とは疎遠になってしまったのだが、今回、初めて氏の(文庫化された)小説を読んで、むかし感じていた暗さを思い出した。
医療ミスと逆恨みした男が外科医とその妻を包丁で襲い、息子を誘拐して殺害するという富山県で起きた凄惨な事件が物語の核である。容疑者は逮捕されるが、末期の胃癌により未決のまま死亡。息子の遺体も発見されることはなかった。
それから二十三年後、金沢市で興信所を営む成瀬智久の下へ被害者の息子、そして加害者の娘が訪れる。前者は、死刑制度反対運動に関わっているらしい加害者の妻と娘の動向を、後者は事件後、加害者の家族である自分たちに金銭的な援助をしてくれた男性の素性を調べてほしいという。
被害者側と加害者側、しかもその子供たちからの依頼を受けた成瀬の地道な調査が始まる。過去の新聞を調べ、関係者を尋ね歩き、動機を想像し、その都度ダメ出しをする。そんな繰り返しのなかで、当初は結びついていると思われた糸が実はつながっておらず、予期せぬところで不可解な関係が浮き上がってくる。物語は複雑な謎解きだけにとどまらない。当事者たちの制御できない感情と行動が、自らの意図から大きく逸脱し、事件をあらぬ方向へもっていく。
本書は、成瀬が人間の精神の深奥を知るまでの長い旅だ。旅の最後の描写には思わず息を飲む。
『がきデカ』の作者は正統派ハードボイルドの書き手であった。ただ、本書が数多くの探偵小説と一線を画するのは、前半に取り上げられ途中で置き忘れられたかに思われたテーマが読後にじわじわと効いてくる点にある。
死刑制度は是か非か――。
すべての謎が明らかになった後、読者は「人間は人間を裁くことができるのか」という重い問いかけを抱えることになるのである。
(芳地隆之)
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